FC2ブログ

2012-05-26

「御説法の詳細は忘れてしまったけれども、慈悲にみちた、温和で、柔和な笹本戒浄上人のお顔を忘れることができない。・・・あのような方が、本当の宗教家ではないかと思う。(中村元)]

「近年、弁栄という坊さんがおったが、これが偉かったで・・・」

と、中村元博士が第一高等学校時のドイツ語教授、
菅虎雄先生が講義の途中に語られたことがあり、

そのことに強く印象付けられ、
中村氏は、聖者の『お慈悲のたより』を読まれたとのこと。

その後、光明会の本を求め、
田中木叉上人のご自宅にも伺われたことがあったそうです。

中村氏が笹本戒浄上人にうかがった御説法。

正面にかけて光り照らされている阿弥陀如来の御絵図を指しながら、

「よく阿弥陀さまを見つめてお念仏を唱えなさい。
阿弥陀さまがお姿を現してくださいますよ」


と、また、

「笹本戒浄上人に、お目にかかったのは、その時、たった一度だけ。
それも御法話を伺った時だけ。
しかし、今なお忘れられぬ感銘を残しているのは、
ことばでは一々表現することのできない御高徳のゆえであろう」


とも。

時々意外なことに遭遇すると、
「縁の不可思議さ」に想いを馳せることがあります。

中村元博士が、笹本戒浄上人、田中木叉上人に出逢われていたことも、
印象深いそんな逸話の一つ。

さらに、付け加えますと、
中村博士は、周知のとおり、宗教特に仏教に大変造詣の深かった方。

そのような方が、光明主義の教義内容ではなく、
「笹本戒浄上人の御人格」に強く印象を残されていることに、
特に、そのことに焦点をあてられていることに、
私は、興味、関心をひかれました。


その宗教(家)の真偽を量る尺度は、

「教義内容以上に、その修行の結実である人格にある」

と、言われているようにも感じられる逸話です。

参考、 光明会本部聖堂刊『笹本戒浄上人伝』 。
関連記事
スポンサーサイト



trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめtyaiました【「御説法の詳細は忘れてしまったけれども、慈悲にみちた、温和で、柔和な笹本戒浄上人のお顔を忘れることができない。・・・あのような方が、本当の宗教家ではないかと思う。(中村元)]】

「近年、弁栄という坊さんがおったが、これが偉かったで・・・」と、中村元博士の第一高等学校のドイツ語教授、菅虎雄先生が講義の途中に語られたことがあり、そのことに強く印象付...

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

RSSリンクの表示
検索フォーム
カレンダー
08 | 2019/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
アクセスカウンター
プロフィール

syou_en

Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
twitter
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR