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2012-02-10

「自然数の一を知るためには、無生法忍(むしょうほうにん)を得なければならない。(笹本戒浄上人)」(「独創とは何か」『岡潔 日本の心』)

「数学は一とは何かを全く知らないのである。」(岡潔)


評論家小林秀雄氏との対談『人間の建設』で再び注目され始めた数学者岡潔氏。

新聞に掲載された岡氏の随筆(のちに『春宵十話』として出版)を、
小林氏が強い関心を持ったことが対談のきっかけであったといいます。

対談の中でも光明主義について若干ふれていますが、
「数学的発見と念仏修行との関係」に興味を持ちました。

「無生法忍とは大自然(物心両面の自然)の理法を悟る
という悟りの位」( 「独創とは何か」『岡潔 日本の心』


であると岡氏は解説しています。

笹本戒浄上人の弟子杉田善孝上人は、

「無生忍では認識できなかった相対・絶対の現象面の差別の理法、
その差別の理法と平等法身の理法とが総合統一調和している
甚深微妙の状態を直観」。

「相対・絶対両界の根本仏としての報身の
いっさいの理法と合一した境界である」


と光明主義二祖戒浄上人はいわれたといいます。(岡潔『情緒と創造』「無差別智の世界 杉田善孝」)

なお、この境界は仏眼でも最も深い境界であり、
ここまで到達された方は、釈尊の他にはほとんどいないといわれています。

なお、この境界については、『弁栄聖者光明体系 無量光寿』に、
「理の無量光」→「事の無量光」として書き記されています。

数学と仏教、一見相反することのように思われますが、
この偏見は全くの誤解で、
「無生法忍」の境界を想定すれば理解し易いと思います。

一般に宗教とは、救済的側面、または、精神修養の次元で捉えられがちですが、
それらを含みさらに「智慧面の開発」という点にも力点を置かれた、
その点が、弁栄教学の特徴点の一つだと思います。

岡氏は念仏修行により境地が深まったことが、
数学上の発見に役に立ったと明言されています。

岡氏は、肉眼のみに拠る現代の誤った風潮を正すためにも、
『弁栄聖者光明体系 無辺光』の復刊を念願し、実現されました。

また、現代に蔓延する「小我」の末路を憂慮され、
田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』を薦められていました。

ちなみに、岡氏が弁栄聖者を知るきっかけとなったのは、
岡氏の親類の働きかけが縁で、
終戦がきっかけとなりましたが、

弁栄聖者の高弟の一人田中木叉上人との出逢いも、
忘れてはならないと思います。

木叉上人「私にだまされてください。」
岡潔氏「だまされましょう。」

岡氏が念仏へと踏み切られた印象に残る逸話が残っています。

岡潔氏の数学上の発見、思想を理解するためには、
弁栄聖者、光明主義の念仏理解が不可欠です。


※ 岡潔氏関連の主な参考文献等としては以下のとおりです。

「岡潔』関連書籍
「岡潔文庫」
〇高瀬正仁氏の緻密な岡潔研究の著作、
『岡潔―数学の詩人』『評伝 岡潔―星の章』『評伝 岡潔―花の章』
「日々のつれづれ」(高瀬氏のブログ、岡潔氏関連の記事は興味深い)
岡潔の研究者・横山賢二氏の関連記事
帯金充利『天上の歌―岡潔の生涯』
河波昌「岡潔と光明主義ーその数学と宗教」『形相と空』


なお、岡潔氏は、晩年、憂国の士といった相貌を色濃くされましたが、
平成24年2月18日に、
『日本民族の危機―葦牙よ萌えあがれ!』出版記念の講演、
情報交換会が開催される
ようです。


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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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