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2012-01-22

「弁栄聖者と明恵(みょうえ)上人」

弁栄聖者が川べりを歩かれていた時、
急に立ち止まり、念仏をされたことがあったそうです。

侍者がその理由を聞くと、
「水底に死体がある」と言われた。

村人の話しによると、水死体が上がらず困っていたので、
半信半疑でその場所を探したところ、
水死体が見つかったという。

そのことを聖者にお伝えすると、「そうですか。」
と特に気にされていないご様子であったといいます。

明恵上人といえば、華厳宗中興の祖にして、
法然上人批判の書『摧邪輪』を著し、
また『夢記』を生涯に渡り記された「清僧」としても知られています。

その明恵上人に似たような印象的な逸話があります。

生涯禅定修行に精進された明恵上人には、不思議な力が備わっていたようです。
いわゆる「超」能力といった現象です。

そんな上人を、人々が「権者」と言っていると弟子たちが伝えると、

明恵上人は、慨嘆して次のように言ったと伝えられています。

「あら拙(つたな)の者共の云ひ事や。・・・
我は加様に成らんと思う事は努々(ゆめゆめ)無けれども、
法の如く行ずる事の年積るままに、自然と知れずして具足せられたる也。
汝どもが水の欲しければ水を汲みて飲み、
火にあたりたければ火のそばへよるも同じ事也」。

この明恵上人の逸話は、とてもありがたい。

私はこの基準を、真の宗教家と似非宗教家の判釈に採用しています。

また、ある時、釈迦大師の御前で夢想観を修していた明恵上人に、

「虚空カガヤクコトカギリナシ、ソノ光明ノ中二、
大聖マナアタリ現ジタマフ、歓喜勝計スベカラズ」と。

「皆に説法などできるのも、あの文殊顕現を見たおかげである」
と、晩年このことについて弟子たちに語ったといいます。

なぜ「見る」ことがそれほど重要なのかと、不思議に思われるかもしれません。

弁栄聖者は「見仏三昧」を生涯強調されましたが、

三昧定中における「見仏」においては、
「見る」ことが、五感でいう視覚のみにとどまらず、
「妙色相好身と智慧が不二」であるゆえに、
「身意を仏化する」ためだと憶測されます。

また、明恵上人は臨終の間際に、
「我、戒ヲ護ル中ヨリ来ル」と告げられたといいます。

明恵上人が批判した法然上人は、
実は晩年に三昧発得され、明恵上人同様「生涯不犯の清僧」でもありました。

法然上人にとっては、「戒ヲ護ルコト」が念仏三昧の中で、自ずと成就されていた。
弁栄聖者のご生涯を振り返り、そうとしか私には考えられません。

弁栄聖者と明恵上人の共通点として上述の他に、
華厳との因縁の深さ、釈尊への関心の強さにもあるように思われます。

※ 明恵上人に関心のある方には、河合隼雄著『明恵 夢を生きる』をお勧めします。
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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