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2012-01-14

「乱れざる一心凝りて感性も 理性も眠り光る霊性」(田中木叉上人)

「乱れざる一心凝りて感性も 理性も眠り光る霊性」(田中木叉上人『じひの華つみうた』)


数学者岡潔博士は、講談社版『無辺光』の「まえがきー無辺光と人生」に、

「仏道の修行は五感を閉じてせよ」

との釈尊のご指南を紹介しています。


また、法然上人は、

『一枚起請文』に「知者のふるまいをせずしてただ一向に念仏すべし。」

と記されています。

ここでご紹介した釈尊、法然上人は言うに及ばず、
聖者のご遺稿を編集された高弟の一人田中木叉上人(1884~1974)も、
「私の頭脳には五万冊の本が蔵せられている」と述べられたことがあったといいます。
河波定昌「まえがき」『田中木叉上人 御法話聴書 冨川茂 筆記』
「天皇陛下より銀時計を下賜された」東大文学部首席卒業の秀才中の秀才でした。

弁栄聖者は『宗祖の皮髄』の中で、
「智慧の法然房」と言われた法然上人でさえ、、
その真価は、三昧発得後の霊的人格にこそあるとご指摘されています。

「知者のふるまいをせず・・・」とはそんな法然上人の御言葉です。


ではなぜ、「一心凝る」、「ただ一向に」、でなければならないのでしょうか?

釈尊が指し示された月(心霊界、お浄土)とは、
感性、理性、つまり、肉眼で認識できる自然界とは次元が異なり、
肉眼では原理的に認識不可能であり、
そこには飛躍を要する超越的な境界であるからだと思います。

私が思い出すのは江戸時代に紀州に出られた徳本行者です。

「徳本行者のお悟りは、深くして深かった」

とは、弁栄聖者の徳本行者観です。

徳本行者は「学の人」ではなかったようですが、
その念仏修行は凄まじく、その念仏の功積もり、
そのご内証から発っせられる御言葉は、
経典の内容と不思議と符合していたと伝えられています。

浄土真宗には「妙好人」と言われる方が出られますが、

お浄土の悟り、救いが、
感性、理性的次元の事象ではなく、如来様から賜りしものである、
この事実を伝えていることの証左であると思われます。

もちろん、弁栄聖者にご指導を受けられた在家者の中にも、
他宗の中で指導的立場にある者が、
思わず襟を正すお悟りを得た方もおられたようです。
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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