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2011-10-03

「如来は、…いつもましますけれども…衆生は知らない…(弁栄聖者)」

「如来は、……いつもましますけれども……衆生は知らない……それを知らせに来たのが……弁栄である」
(田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』)



弁栄聖者は、新潟県柏崎の極楽寺でご入滅されましたが、
その臨終間際の言葉。

聖者には、”如来の使い”という自覚があられたと思われます。
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テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

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syou_en

Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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