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2012-01-04

「月影の・・・(法然上人)」

「月影のいたらぬ里はなけれども ながむる人の心にぞすむ(法然上人)」


「すむ」に深意あり、と弁栄聖者は注意を促された。

聖者の高弟の一人田中木叉上人は、「すむ」に掛けられた深意を、
「霊応身が心に住む」→「心が澄む」→「成仏へと済」んでいくと解釈された。
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テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

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syou_en

Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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