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2017-11-07

「弁栄聖者の「宗教観」、”超在一神的汎神教”」について


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 【山崎弁栄聖者(1859年~1920年)】


「私は経文に依って演繹的に説くのではない。
帰納的に説いておる」

(弁栄聖者の笹本戒浄上人へのご教示)

「経典に依るのでなく、
御自身の体験せられた如来様の事実から
帰納的に光明主義の教学体系を組織せられた、

という意味である。
(笹本戒浄上人のご教示)


「御自身の体験せられた如来様の事実」とは、
「三身四智の仏眼」に依るご境界における認識。


「真生同盟」の提唱者土屋観道上人への
弁栄聖者のご教示は、より具体的、かつ、明確です。

キリストが此の世に出て説いたものが新約聖書となって、
それ以前のユダヤ教経典が旧約聖書となったように、
今後の宗教は光明主義経典を以て新約聖書となし、
従来の一切経をもって旧約となすべきである

と(弁栄上人が)おっしゃったことが、今尚私の心に遺っています。
「弁栄上人の思い出」『大悲に生きる 観道法話』)


「弁栄聖者の御霊格」「弁栄教学」を詳しく御存じない方は、
この見解は、”大胆な”あるいは”大変不遜な”見解だと、
反感または不信を覚えられるかもしれません。

誤解が生じかねない見解かもしれませんが、
弁栄聖者、光明主義を深く知りたいとの興味、関心のある方、
「大宇宙の真理」を、真摯に求めている方、
あるいはまた、
現在、将来の真の「菩薩、大菩薩、仏」のためにも、
敢えて、記録に留めます。


笹本戒浄上人、田中木叉上人は、
『弁栄聖者光明体系』を、「経典」として捉えておられたようです。

昭和十年代頃の或る時、
木叉上人曰く、
「御遺稿を編集していると、
弁栄聖者の光明主義は従来の仏教の概念を超えている。
否々、凡ゆる従来の高等宗教の概念を超えている。
それで弁栄聖者を会祖と呼ぶ人があるが、
断じて弁栄聖者は単小の会祖ではない。
光明主義の元祖である」と。
また、
「その典拠を示せと仰るなら、私は直ぐにでも示すことが出来ます」と。


「弁栄聖者の行状」、「弁栄教学」を学んでいきますと、
上述のことが、段々と信じられてくるように思われます。

”弁栄聖者の行状等”に関しては、
時代が比較的新しく、史実の裏付けがあり、
その事実に沿って考察した場合、
歴史上の”高僧”と伝わっている聖方と比較しても、
勝るとも劣らぬ程の”学行徳兼備のご霊格”、かつ、”霊的力”を具足”されており、
”大菩薩”以上の高僧であるとは、大方の見解かと思われます。


弁栄聖者の「新訳、旧約」といった表現は、
善導大師の「古今楷定」を彷彿とさせます。


大正時代に御遷化された弁栄聖者は、
大乗経典に関する文献学的知識もおありでした。

「大乗非仏説」に対しては、

「大乗経典とは、
三昧定中における”永遠の生き通しの”大乗釈尊による、
出世間の三昧を開かれた聖方への直説法である。」

と、弁栄聖者は喝破
されておられます。 

極めて重要な大乗経典である、
「如来寿量品第十六」『法華経』の真精神を、
実に的確にご指摘になっておられるように思われます。

「大乗経典」とは、歴史的文献学的には
応身仏であられた「生身の釈尊」の直(じか)の説法ではない
したがって、
大乗経典の「教相判釈」は、
経典成立史的な文献学的比較研究のみでは困難
である。」
ということを意味します。


「弁栄聖者の宗教観」を考察する場合には、
教学、学問研究上からは、
「宗派宗教の所依経典」に依るのみでは不十分で、
比較宗教学(比較思想)研究が不可欠だと思われます。

弁栄聖者、光明主義との「比較宗教学(比較思想)」研究においては、
山本空外上人、 河波定昌光明会元上首、前光明園主、東洋大学名誉教授の諸研究が、
ご参考になると思われます。


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  【田中木叉(モクシャ)上人(1884年~1974年)】

「光明主義は忠実にさえ研究すれば、
学問の上からだけでも信じられるが、
それには相当な学問が要る。」
(冨川茂筆記『田中木叉上人御法話聴書』)


東京帝国大学を首席で卒業されたほどの頭脳明晰にして、
深三昧証入者、「仏眼」体得者の、
木叉上人にして断言しうるご発言です。


弁栄聖者は、
二十歳代の頃、足かけ3年(実質1年9ヶ月ほど)で、
『一切経』を読破されておられます。
しかも、「仏眼を体得」されてからの『一切経』の読破
通常の順序とは真逆の読破であり
したがって、
『経典』読解の深さが、段違いに異なる筈です。


その田中木叉上人が、
「宗教は、99%は理性で納得できるが、
後の1%は飛躍が必要である。」

とも、ご教示されています。

ある御方が、木叉上人に疑問点を質問された時、
「弁栄聖者にそう云われたから、
(自分は云われたまま、その通りにしている)」

との木叉上人の予想外のこの意外な返答に、
この木叉上人にして、と大変驚かれたとのことです。


最後は、「信」。

「仏法の大海は、信を(以って)能入と為す。」
とは、龍樹大菩薩の『大智度論』聖句

通常は、当たり前過ぎて意識さえしないものですが、
「「信」なくして、日常生活は成立しえない。」
というのが、我々の偽らざる現実ではないでしょうか。

「信」と云えば、宗教に限るものでは、決してありません。

数学者岡潔博士は、
自然科学と宗教における信頼性を比較して、
「どちらも信」であるが、
「その相違は、”信じ易さの程度の差”に過ぎない。」
と鋭く洞察されておられます。


数学者 岡潔博士が、
弁栄聖者を「現代の釈尊」と尊称され、
弁栄聖者の『無辺光』と、
田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』を、
強くお勧めになられました。

数学者 岡潔博士が、
弁栄聖者、光明主義を信じ
”憶念口称念仏”しながら、数学の研究に専念し得たのは、
「三身四智の仏眼」に依る「弁栄聖者の仏身論」
それを深く信じられたから、だと思われます。


弁栄聖者光明体系『無辺光』には、
”自然界と心霊界”に働く「四大智慧」
つまり、
法身の「四大智慧」と、報身の「四大智慧」が説かれています。


数学上の発見に関しては、
法身の「四大智慧」に、その根拠を仮定されています。

参考図書:
岡潔著『一葉舟』には、
「科学と仏教」、「弁栄上人伝」等が所収され、
その解説は、
琴線に触れる”コトバ”で語られる批評家にして、
ご自身はカトリックの信者で、
岐阜の「山崎弁栄記念館」館長でもある、
若松英輔氏による「 岡潔と仏教の叡智」


田中木叉上人は、

「弁栄聖者光明体系『無辺光』(四大智慧)の研究から、
二十五人以上の博士が出る。」
と云われたことがあったそうです。

また、
「今度生まれ変わったら何をなさりたいですか」と問われ、
医学をやってみたいと思います」と。

如来様の四大智慧は、
例えば病人を診るのに、
先ず、大円鏡智で、その人の全体を観る
次に、平等性智で、その人になりきる
そして妙観察智で、何処が悪いのかを知る
さらに成所作智で、その病に応じた薬を盛る」と。

三昧証入の達人による法身「四大智慧」の分り易いご教示。


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  【笹本戒浄上人(1874年~1937年)】

無生法忍とは
大自然(物心両面の自然)の理法を悟るという悟りの位」
( 「独創とは何か」『岡潔 日本の心』 )

であると岡博士は解説しておられます。


笹本戒浄上人の直弟子杉田善孝上人は、
「無生法忍」について、更に詳しく解説されています。

「無生忍では認識できなかった相対・絶対の現象面の差別の理法
その差別の理法と平等法身の理法とが総合統一調和している
甚深微妙の状態を直観」


「相対・絶対両界の根本仏としての報身の
いっさいの理法と合一した境界である」


光明主義二祖戒浄上人はいわれた。
(岡潔『情緒と創造』「無差別智の世界 杉田善孝」)


○ 「三身即一、本有無作の報身全体と合一した境界、
「開示悟入」の入の位

(光明主義上の)無生法忍の境界が、
一切の宗教の中心真髄、一切の学問の核心である。」


○ 「(光明主義上の)無生法忍における真理認識を、
自然科学的真理の認識の基礎認識、根本認識とする。


この立場に立てば今後いかように自然科学が発達しても、
光明主義によって科学を統一総合することができる。
自然科学のみならず一切の学問、芸術等に就いても同様なことが言える」

『笹本戒浄上人全集 中巻』
(『光明主義玄義(ワイド版)』)


これ等の宗教観は、初めて聞かれた方には、
ピンとこない方もいらっしゃるかもしれません。

弁栄聖者が提唱された「光明主義、純粋宗教である浄土門」には、
「慈悲」の法門である「救済」的側面
「智慧」の法門である「智慧」の開発・神化
この両面が、包含されているためです。


光明主義上、重要な書の一つに、
『光明会趣意書(大正3年、56歳 一枚刷頒布)』があります。

「この教団は如来という唯一の大御親を信じ、
その慈悲と智恵との心的光明を獲得し、
精神的に現世を通じて永遠の光明に入るの教団なり。」

と、光明主義、光明会を定義されていますが、

まことに不思議なことに、
「阿弥陀仏」という仏名がなく、
「如来」、「大御親」と表現
されています。

此処に、弁栄聖者の「仏身観」
宗派宗教を包超する、
即ち、宗派宗教がそこから生起するその根源から創出された宗教観、
つまり、”超在一神的汎神教”

その宣言であると推察いたします。


「「大ミオヤ」
日本語にはなかった。弁栄聖者が初めて発明された。
辞書にのらねばならぬ。
世界に於ける最も完全なる言葉。
宗教的にこれより以上の表現はない。」(田中木叉上人)



「三身(法身・報身・応身)説」については、
古来から多様な解釈、議論がなされてきたようですが、

○ 「仏の体と相と用とは一体の三面、
本来同時同体の三方に過ぎず。」

(『弁栄聖者光明体系 無量光寿』)

と聖者は喝破されています。
(※ 弁栄聖者光明体系『無量光寿』は、聖堂で購入できますが、
最近、初版の復刻版が出版されたとのこと。
「一般財団法人 光明会」、または、 「光明園」で購入可かもしれません。)

また、
従来から説かれてきた「報身論」に対して、
「弁栄聖独自の報身論」を展開され、
「弁栄聖者の仏身論」の真骨頂

○ 「大霊に体あれば必ず用あり
法身は先にして報身は後にありと云うべからず」

(弁栄聖者御遺文『大霊の光』)
あるいは、前述の(『弁栄聖者光明体系 無量光寿』)にも、所収。


「法蔵菩薩」の酬因感果身、「報身阿弥陀仏」は、
浄土教系の根幹を成す、往生のための根本原理である仏身でありますが、


「絶対大霊界には重々無尽の霊徳具備して
其の内容は真善微妙にして有らゆる万善万美の極致である。
其の中心本尊の神尊は一切真理の本源一大霊力の原動にして
因果の法則より成立したものに非ず。・・・

矢張り本有無作の報身と信ぜざるをえぬ。」
(『弁栄聖者光明体系 難思光 無称光 超日月光』)

「本有無作の報身」と、弁栄聖者は喝破されました。

ただし、弁栄聖者は、
「法蔵菩薩」を「神話」に過ぎないとして、
否定されたのではなく、
真の「脱神話化」を説かれました。

○ 「法蔵菩薩神話は、
釈尊の正覚が宇宙の根源的な真如力として
単なる神話的なカテゴリーを突破して
しかも不可避的にその神話的表象において
直接にわれわれに語りかけるところのものに他ならない。」

(河波昌著「法蔵菩薩神話をめぐって」『大乗仏教思想論攷』)

○ 「法蔵菩薩は、神話にして最高の哲理を示す。」(田中木叉上人)
この木叉上人の表現以上の簡潔で的を射た「法蔵菩薩観」を知りません。

更に、また、

○ 「報身の報とは、「報ゆる」のことではなく、
「こたえる(応答)のこと。
これは、弁栄聖者の卓見である。」


○ 「「法蔵菩薩は応身」とお説きになったのは、弁栄聖者だけである。」

この二つは、冨川茂筆記『田中木叉上人御法話聴書』。


これらの弁栄聖者独自の「三身(法身・報身・応身)観」は、
伝統的な仏教における「仏身観」とは似て非なるものであるため、
特に、仏教の通念である「報身観」は、
かえって「聖者独自の報身観」理解の障礙となる
ように思われます。
是非、『光明主義玄義(ワイド版)』をご一読ください。 


また、参考図書として、
佐々木有一著『近代の念仏聖者 山崎弁栄』は、
「光明主義の本質、核心」に迫るものであり、
真摯に宗教的真理を追及する求道の「在家者」でないと書けない勇気ある書でもあります。
浄土宗に属する僧侶、あるいは、仏教学関連の正統的な学術研究者には、
諸般の事情により、この種の著作を執筆することは、残念ながら困難であるように思われます。
この書は、厳密な意味での学術研究書というよりもむしろ、
氏の求道上における「弁栄教学」研究、執筆時点でのこれまでの求道上の総括の書。

この書の特徴点の一つは、
「弁栄聖者光明体系」において難解とされる、
『無辺光』「四大智慧」にも果敢に取り組んでおられ、
『無辺光』「四大智慧」の解説に、二百数十頁もあてられています。

極めて重要な「弁栄教学」の真髄でもある、
弁栄聖者の「四大智慧」論と「唯識」のそれとの相違を、明確に指摘されています。

なお、
「財団法人 光明会」のHPによりますと、
佐々木有一氏は、この書の執筆の後に、
光明園にて、「起行の用心」の講話を開始されています。

この「起行の用心」の重視の姿勢に、
佐々木氏の「弁栄聖者独自の仏身論」の深い理解とその洞察を、
垣間見る思いがいたします。
また、遠くに灯され燈台を頼りに目的地にたどり着こうと懸命に精進されておられる、
佐々木氏の真摯な求道精神にも敬服いたします。


「釈尊、善導大師、法然上人、徳本行者は、
「三身四智の仏眼」を体得されていたが、
それを外部に漏らされずに、入寂された。」

(弁栄聖者の笹本戒浄上人へのご教示)

※ 幅広い信奉者のあった江戸時代末期に御入滅された、
  念仏行者「徳本行者」は、今年、200回忌となります。
 「徳本行者」ゆかりの東京の「一行院」 。
 また、 「特別展 念仏行者徳本-200回忌記念-」が、
 和歌山の有田市郷土資料館で開催中です。


以下は、
「浄土宗乗上の法然上人観」
「善導大師・法然上人の真精神(真髄)」
に関する弁栄聖者のご見解

土屋観道上人が、
法然上人の”只信口称念仏”と、
”念の心をさとりて申す念仏”として捨てられた”観念の念仏”について、
弁栄聖者が勧められている”見仏三昧”との関係について問われた時、

「「弁栄、鈍なりといえども、
七百年も前に法然上人が捨てられたものを、
今更またとって来るほど愚かではない」
とキッパリ仰しゃいました。」



弁栄聖者の「見仏三昧」の顕彰、
その深意を受けた笹本戒浄上人の「見仏三昧=成仏への直線道」への
確信をもった確固たるご教示。

弁栄聖者、笹本戒浄上人ご在世中から、
この「起行の用心」の強調は、
「異安心」であるとの批判が絶えなかったようです。
更に云えば、現在に至っても、その批判は続いているように思われます。

「弁栄聖者の「見仏三昧」論は、
「聖者独自の仏身論」と相即不離の関係にある」。


つまり、
弁栄聖者の「見仏三昧」論は、
「弁栄聖者独自の仏身論」から必然的に導かれてきたもの
であり、

「成仏の暁まで、信念の変更を要しない」

という意味で、
「弁栄聖者の「見仏三昧」のご指南が成仏へと直結している」からです。

詳しくは、是非、(『光明主義玄義(ワイド版)』)をお読みください。

弁栄聖者、戒浄上人の深意は、此処にこそある
と拝察いたします。


また、善導大師の「指方立相」のご指南に関しても、
弁栄聖者は、その深意を独自解釈しておられるように拝察されます。

弁栄聖者が開顕された「大ミオヤ」、「大宇宙の真相」から推察いたしますに、

一見したところは、従来の「指方立相」と似ているようですが、
実は、根本的な質的相違があるように思われます。


「凡夫だから「指方立相」に依るのではなく、
すべからく全ての者が、
「見仏三昧」に依らねば、”終局目的である”「成仏」は不可能である。」


と、このような意図に基づくご指南であると。

【弁栄聖者御垂示(抜粋)】
「仏を念ずる外に仏に成る道なし。
三世諸仏は念弥陀三昧によりて正覚を成ずと南無」


この聖者の御垂示は、
『般舟三昧経』に依っていますが、
留意すべき点があり、
この「弥陀」とは、
宗派宗教を包超した仏(神)身、
”超在一神的汎神”の「弥陀」
つまり、
”無始無終、本有無作の三身即一の「大ミオヤ」”に依っている

という点です。


ただし、この「指方立相」は、不思議なことに、

「人をして欣慕(ごんも)せしむる法門は、
暫らく浅近に似たれども、
自然悟道の密意は極めて是深奥なり」


との法然上人「大原談義」の深意に、
奇しくも沿っており、
この信念は、成仏へも直結してもいます。

なお、ご参考までに、
最晩年の河波定昌 元光明会上首、元光明園主は、
弁栄聖者の「択法覚支」との関連で、
山本空外上人が、ご指摘された「点化」(P・ナトルプ)
に深い関心を寄せられていました。
なお、この「点化」と、クザーヌスの「縮限」との関係をご指摘。
「点化」とは、「存在が一点になる(集まる)」、
あるいは、「神が一点に集中する」とも。

(「点化について 河波定昌」(『如来さまばかりと成り候 念仏の極まり』河波定昌 講義録)



ただし、、
弁栄聖者の「全分度生」の伝道の御姿から拝察いたしますに、

このご指南は、「仏道修行における修道論」においてであり、
「「度生論」においては、「善巧方便」が欠くべからざるものであります。」

この両面は、慎重に留意すべきであるように思われます。

更に、云えば、
「全分度生」は、「三身四智の仏眼」においてであり、
より厳密には、
「三身四智の仏眼」の満位である「認識的一切智」においてである
と笹本戒浄上人はご教示されています。

これらの点を射程に組み込んだ、
正道で緻密、かつ、実践的な「修道論」と「度生論」を、
改めて、再確認しておく必要があるように思われます。


今回は、長い記事となり、
ここまでお読みいただきありがとうございます。

最後に、是非触れさせていただきたいことがございます。

  2017110504.jpg

【山下現有大僧正(1832年 ~1934年 世寿103歳)】

近代の高僧として知られた
浄土宗管長知恩院第七十九世山下現有大僧正。

弁栄聖者の大正5年の知恩院での「宗祖の皮髄」のご講述は、
山下現有大僧正ご在世の時です。

田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』には、

「祖山別時 門跡猊下」に、
山下現有門跡猊下と弁栄聖者との特別なご関係の有様が記されていますが、
この記事を裏付ける資料がございますので、
ご紹介させていただきます。

昭和九年、知恩院寺務所発行、
「第三編 御追悼 老猊下のお徳を慕ひ奉る 桑田寛随」『孝誉現有大僧正』

桑田師は、次の様に記されています。

猊下が非常にお歓びなされたように私が感じました事を述べますと、
頃は大正八九年の頃かと存じますが・・・
次の一つは、近年の或有徳の上人が山上に於ける別時の修行が終りて、
お暇乞ひに謁見せられたときの事
です。
謙恭の猊下にはいつも我々が拝謁する時でも、
我々が次ぎの間へ伺候御挨拶せんとせば、
必ず同座せねば御承知ならず、
我々の不遜遠慮なる強て御辞退申しては却て御老懐を煩さんものと勝手に考えて、
奥に進むと初めて御辞があるのが例である、
此の上人も亦私が案内して、次の間まで伺候して居ると
猊下は自ら境の襖を開き、
例の如きご挨拶もなくて、早速に次の間へすべり出でられた、
面もいつもの如き謙譲の中に自ら持せらるゝ謹厳の御態度は無くて、
寧懐しき旧友を迎へて喜ぶという風に、
正座も少し崩して右手をつきて其上人の方へ倚り凭る様、
如何にも嬉しそうにして話しかけられた。

私が時々種々の階級の人をご案内した中で、誠に異様に感じた
然し他の上人の方は矢張り尊者に対する礼儀を乱すことなく、
暫時対話
せられたるは双璧の美とおもひたり、・・・」


弁栄聖者直弟子の熊野好月氏の述懐によりますと、

「祖山の御別時
来る十月十六日より二十二日まで五日間、
総本山知恩院勢至堂に於て山崎弁栄上人指導の下
別時行儀三昧会を修業致可候間
参会御希望の御方は
左記の各項御承知の上申込下され度この段御案内申上候也

大正九年九月 主催者 桑田寛随

一、道場の静粛を保つ為人員を制限致候間御望の方は十月五日迄に
   総本山知恩院事務所桑田寛随宛に御申込之有候事
二、以下略

とのことです。


次は、
現有大僧上の日常生活の或る逸話です。

「(現有大僧上の)お部屋に蟻が入ってきたことがありました。
(大僧上は)気にされないどころが、砂糖のかたまりをあげ、
その黒山の蟻を見て、面白がっておられていたそうです。

或る時、侍僧が見かねて、箒で掃き出そうとした時、

手荒なことをするものではない
あなたがたが、御本堂でお経をあげているとき、
赤鬼が来て、鎗箒で掃きたてたら、どうなさる。
蟻がうるさければ斯うなさい。」

といって、砂糖のかたまりを掴んで、縁側に据えさせられた
蟻は一匹残らず、家から出て、
砂糖のかたまりの方に行ってしまった
そうです。」

弁栄聖者のお姿が想起せられ、
山下現有大僧上のご遺徳も偲ばれる逸話で、
目頭が熱くなる思いがいたします。


最後に、
柴武三氏の弁栄聖者の逸話です。

その山下現有大僧上が、
弁栄聖者に「あとを頼みます」と仰られた
ことが2~3度あったそうですが、

「自分は、釈尊の御教えを皆さんにお伝えをする身でありますから。」 
と堅く固辞された
とのことです。

福田行誡上人に対しても弁栄聖者の似た逸話があります。

弁栄聖者が深三昧定中において認識しておられた、
「超在一神的汎神」の仏身(神)観に基づく信念からのご発言で、
その認識に於いては、
「宗派宗教の各々の宗乗、組織は、狭い枠である」
と感じられていたからだそうです。

柴氏がご逝去されてから、早40年程が経過しており、
この山下現有大僧上と弁栄聖者とのやりとりのニュアンスを、
詳しく確かめる術がないのがまことに残念です。


田中木叉上人御晩年の頃の逸話

「笹本上人が亡くなられ、やがて私も死ぬ。
すると光明会はやがて従来の宗乗の枠内に
引き入れられてしまうかも知れない、
いやきっとそうなる」
と。

「それは困ります。そうなった時どうしたらよいのですか。」

すると、木叉上人は、
「また弁栄聖者が出て来て下さいます」と。
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syou_en

Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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