--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2017-03-20

山口県山口市古熊「善生寺」、弁栄聖者愛弟子、熊野好月(旧姓徳永あい子)女史

【山口市古熊 善生寺】

  20170319-00.jpg  20170319-01.jpg

 20170319-02.jpg


 2017031900.jpg  2017031901.jpg

20170319.jpg

前回は、全国光明会連合会 二代目総監 熊野宗純上人
について、記事にしました。

今回は、熊野上人のご令室、熊野好月(旧姓徳永あい子)女史。

 2017031912.jpg

【熊野好月女史(行年八十歳 ~1975)】

弁栄聖者を「現代の釈尊」と仰がれておられた中川弘道上人とのご縁によって、
好月女史は、弁栄聖者にお逢いできました。

弁栄聖者五十回忌の際に結成された全国婦人部。
その初代会長が、好月女史。
弁栄聖者は、信仰教育上におけるご婦人の役割を大変重要視されていたようです。

二代目が、足利千枝女史。

また、好月女史は、岡潔博士の妻、みち氏のよき相談相手でもありました。


弁栄聖者の最晩年に聖者に御随行された熊野好月女史には、
幾つかの著作がありますが、
聖者の御教化の在り方、聖者の御人格を知るのに欠かすことのできない貴重な逸話が、
記されています。

示唆に富む逸話を幾つかご紹介したいと思います。

「世間の人は水の上を歩いたとか、お酒にかえたとか、手にふれて病気をなおしたとか、
こういう事を大へんな奇蹟として驚くがそれは大した事ではない、
それよりも悪の心を善心に立かえらせる。これ程大きな奇蹟は外にない。
と常々仰っていらっしゃいました。」


「お上人様を特別のお方、不思議なお方と見られておるようでした。
実際、常人のなし得ない事も何でもないもののように仕てしまわれます。
時々は両手に筆をもち同時に異なった歌を書かれたり、
お米ひと粒に般若心経一巻を書かれたり、
それは人を驚かせる為でなく、如来様のお慈悲を知らせたさに、
口でいうだけではよりつかないので
何とかしてとのやるせない心から方便としてお用いになった。


と、好月女史は、『さえらぬ光に遇いて』に記されていますが、
弁栄聖者の奇蹟に対する、この両面からの理解は、実に的確なご指摘だと思います。


「宗教家は奇蹟を現わさなくてはつまりません。
釈尊のお弟子でも多くの人が釈尊の教理に服して入道したのではなく、
釈尊の奇蹟に驚嘆してお弟子になっております」。


また「予言ができるとか、病気がなおるとか、
そんな奇蹟がなんの価値がありましょう。
凡夫が仏になる。これほど大きい奇蹟がまたとありましょう」。


と、 田中木叉上人も『日本の光(弁栄上人伝)』に、併記されています。


熊野好月女史が、弁栄聖者にご随行の汽車の中でのこと。

「歳は八十位の老爺。
眼が見えぬらしく、ただれつぶれ、
手の甲など鶏の脚のような色で見るも気味の悪い汚いなり。」

弁栄上人をはじめ私達が色々と世話をしていると、
乗客の一人がソッと女史に、

「あの人は梅毒の第三期で伝染するから気をつけなさい」とささやいた。

好月女史は、気が気ではなく、そのことを告げても、
弁栄上人は尚平気で何くれとなく世話をやいておられた。

その世話をやいてくれたことに対する謝意を込めて、
その老爺は、懐から餡パンを取出して、
その汚い手でわしづかみしたパンを弁栄上人と私達に差し上げた。

((注)時期は、大正時代のこと、
弁栄聖者には当時の医学的知識もおありになったようですが、
感染経路等について現在のように解明なされておらず、
ペニシリン普及前のこと。)

その老爺の側に座っておられた上人は、
相変わらず何の屈託もなさそうに小さいいびきをかいて寝ておられたが、

私は、そのパンの処理に、ほとほと困り果て、
とうとう、蟻や魚の餌食になって呉れるように念じつつ、
洗面所の窓から、投げてしまった。

明け方近くになって、

例の老爺も起き、懐から紙袋の口を開いて例のパンを取出して食べ始めた時、

それをご覧になっていた弁栄上人は、どこにしまっておられたのか、
昨夜貰ったパンをいとも敏速にそっと彼の懐にある紙袋の中に入れられた。


もちろん、眼の見えぬ彼は何も知らずパンをムシャムシャと食べていた。

そのさりげない所作を見られた好月女史は、
自分の行為を大変恥じ、後悔の念で、涙ぐんでいた時に、
弁栄上人が声をかけられました。

「時機を待つのですね。」

後年、好月女史は、この時のことを回想され、

「パンはおじいさんの心もきずつけず、袋にかえったのが一番生きるのです。
お上人様はふれる事もふれるものも大事も些事も、
丁度水が流れるように任運無作に事をさばかれ、
そのものは自由に生かされ、いのちを吹きこまれ、
何一つの無駄もありません。
事毎にねばりつき考えぬいた挙句が人をきずつけ物を殺し勝ちであります」
と。


田中木叉上人の熊野好月女史への御教化も、
とても示唆に富むと思われます。

「自分のようなものは・・・」と後悔ばかりしている好月女史に対し、

「あなたはいつも自分の悪い所ばかり見つめて
背負いきれない重荷と感じている、
それは卑下しているようで自力をたのみすぎている、
なぜ南無と如来様に背負い切れぬその荷(業)をささげて仕舞わないのですか、
自分で出来る事や自分の長所はお救いを求める必要はない、
どうにもならぬ点こそ、そのすべてをさし上げおあづけして、
如来様に清めていただく、ここが一番大切なところです。」


木叉上人は、
「本願ぼこり」はもちろん「凡夫ぼこり」も戒めておられます。

「凡夫ぼこり」とは、「凡夫を看板にしてなまけることの言い訳」とも。

「私のようなものは、とても・・・というのは、
如来様に対する不遜な態度である。

それは、謙遜ではなく、如来様の御力を見くびっているのだ」
と。

木叉上人は、、
「私ではなく、如来様に目を向けるように」
と、いつも注意されていたようです。

とてもありがたい木叉上人の御説法です。


 20170319-03.jpg  20170319-04.jpg

【清涼院弁誉好月普照大禅定尼】


【山口サビエル記念聖堂】

 2017031905.jpg  20170319-09.jpg 

山口の大内氏は、
文化を尊重された方としても知られていますが、
日本最初の教会があったこともとても興味深いです。

 20170319-08.jpg 

 20170319-07.jpg

 2017031906.jpg
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

RSSリンクの表示
検索フォーム
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
アクセスカウンター
プロフィール

syou_en

Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
twitter
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。