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2016-10-03

福岡県八女市星野村「浄源寺」、第二十六世 中川察道上人(後篇)


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風情のある、歴史を感じさせる由緒ある茅葺の山門

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山門を通り過ぎると、
直ぐ斜め左前方に、歴代上人のお墓があります。
その一番手前に、中川察道上人のお墓があります。

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「浄源寺」 第二十六世 中川察道上人(1885~1945)
昭和二十年九月二十九日 示寂  世寿六十歳
法名 仁蓮社義誉上人観阿弘徳察道大和尚



前回の記事でも、察道上人の逸話を幾つかご紹介しましたが、
今回も、察道上人に関するその他の逸話をご紹介したいと思います。


○「四十恰好の農夫風の人
醤油で煮しめた様な手拭いを頬冠りして、しきりに雑草を刈っている。
形振り構わぬ上人で、仏前奉仕、子守、蒔取り、庭の手入れ等と、
下男の如く黙黙と働き
其の上、憶念の念仏は申すに及ばず、十数年の間、一心専念、
念仏三昧の実修は驚くべき証人となったのである。」
堺静道上人談

「光明主義より念仏三昧という事に引かれて行った。
すると察道上人が第一線に座し、三昧仏様の御前で木魚を鳴らして
真剣に念仏三昧に入っていられる後姿に寸分の隙がない
剣道で言えば有段者か否名人に近い態度である。
これを見て念仏三昧に何かあると感じた
それから、初めて木魚を打った。」
(大庭伝蔵氏談ー氏は「知る人ぞ知る、念仏に徹した稀に見る妙好人( 菅野真定上人談)」)

※ 剣豪の白井亨が徳本行者と出逢った時の逸話を彷彿とさせます。


次は、「八女光明会」の生み、育ての親ともいうべき、
松延陽氏の察道上人の思い出。

○「亡くなられたお母さんが大層喜んでおられます」

察道上人のお別寺に何回か就かれた時に、上人からかく言われ、
松延氏は、その後、察道上人をご自宅に招かれ、
毎月のように松延家にご法話にお出ましであった
ようです。


ある時、察道上人のご法話がすみ、廊下を歩きながら、
「いつも察道上人のお話しばかりだから、
時には別の上人にお願いしようか」
思った途端
察道上人は、後を振向かれて、
「松延先生、この次はほかの上人をお願いしてあげましょうか」と言われた。
”お見通し”の察道上人に、度肝を抜かれた。


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八女光明会の生み、育ての親、
松延陽氏の菩提寺、「無量壽院」。
「八女光明会」の発足は、昭和十六年とのこと。


実兄の中川弘道上人は、
事務的にも堪能で、説教も大変上手で、
「本山の名高い説教師、機関銃と称えられた能弁家」(中井常次郎氏談)
でしたが、
肉弟の中川察道上人は、大変機根の優れた方でしたが、
最初のうちのご法話の在り様は、

「汚いタオルを片手に握ってお話下手で、
涙ばかり流して、そのタオルで拭いておられました」が、

「中川察道上人は念仏三昧の内容は充分に出来ておられるから、
いっとき辛抱してやってください」

と、 大谷仙界上人が言われるので、お呼びしていました。

それが一年位すると、
”舌爽やかで立て板に水”の様に成られ、
中国、関西、近畿、関東と引張凧に成られ、
お話が大変感情的で特に婦人向きでありました。」(横尾熊彦氏談)

ある時、若手の僧侶が説法がうまくできず、悩んでいたのを見かけ、
「お念仏をしっかり申していれば、そのことを気にすることはない」と。
おそらく、”弁才智を得ておられた”察道上人のことを、
横尾氏は思い出しながら励まされたのではないかと推察いたします。


後年、察道上人は、「熱導師」として、尊崇を集められ、
”生き仏”とさえ囁かれるほどの、大導師となられました。

※「伝道とは饒舌に喋ることではない。
心の内にはたらくものが相手にはたらくこと。
故に弁栄聖者は「伝燈」とも云われた」(田中木叉上人)



○弁栄聖者の御教示を聞かれたある方で、
憶念口称念仏”はとても自分にはできそうもないので、
唯信口称念仏”の道で行こうと思われた方が、
数年後、中川察道上人に再会し、
人格があまりに立派になっていることを目の当たりにし
憶念口称念仏”をすべきであったと後悔されたとのこと。


○「中川察道上人は、以前は大変政治に関心がありましたが、
出世間の三昧が開けた後は、政治に淡泊になられました。」
(杉田善孝上人談)


「将来は在家の方々も伝道する様になるでしょう」
(察道上人の吉松喜久造氏へのご教示)
 


山口県善生寺の熊野宗純上人の後を継がれた、
熊野忠道上人は、中川察道上人の御子息ですが、

「おかしいと人は言うかもしれないが、
私が尊敬する恩師は、
弁栄聖者の弟子である、我が父、中川察道上人です。

と、ご述懐されていました。

これは、特に肉親に対しては、なかなか言えないことと思われますが、
察道上人に関しては、さもありなんと思えます。
察道上人の御霊格の高さに思いを馳せ、感銘深く、記憶に残る逸話。


○「大ミオヤの大慈悲を熱涙もて説き給いしあの御姿、
彷彿として眼前に在し、
深き御内証より湧き出でた御慈教、今尚心耳にひびきます。」


この”察道上人観”は、真に、簡にして要を得ているように思われます。
おそらく、杉田善孝上人によるものかと推察されます。


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第二十七世、第二十八世ご住職のお墓。

「南無阿弥陀仏」の御名号は、察道上人の筆になるものと思われます。


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中川察道上人の筆になる書が、拝見できます。

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『如来光明礼拝儀』もあり、
光明主義の伝統が続いていることが、嬉しく思われました。


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察道上人には、
念仏三昧による霊化の余光として、優れた、書・御道詠が遺っています。
その一部をご紹介したいと思います。

 「察道上人は、特に和歌の勉強はされていないが、
弁栄聖者が御遷化の後、大正十年頃から次々と多くの歌を詠まれています。
書は多少自分で勉強されたようですが、
弁栄聖者に値遇の後、急にいい字を書くようになりました。」
(「浄源寺」檀家の古老談)


○「色もなく香もなき智慧のみ光りは、
色香を添えて子等をまねきつ」

「色もまた」とも伝えられているようです。

この御道詠は、
田中木叉上人が、弁栄聖者の御道詠にあるはずと思われ、
調べられましたが見付けられなかったという逸話が残っている、
察道上人を代表する御道詠


○「なんのかんのとゆふひまおしみ
口のたへ間に南無阿弥陀佛」


○「あくがれて至心不断にいのりなば
いつしか匂ふオヤのうつり香」


○「世のちりにけがれそみにし我衣
しらずも今日は法(のり)のはれぎぬ」


○「朝な夕なおもひこがるゝ雲の上(へ)の
いとなつかしき慈悲のおもかげ」


○「法の水こころのおくにすみぬれば
いつもさやかに照す月影」


○「すみわたる無為泥恒の秋の空
有無をこへたる月ののどけさ」


○「古(いにしえ)に説かれし文(ふみ)と思ひしを
今示される法(のり)の尊さ」


○「御仏に捧げまつれる人の身は
生(せい)をつくして布施の行なり」


○「何時の世にか還来穢国とおもひしに
覚りてみれば今もそのとき」



最後に、
これも、是非ご紹介しておきたい察道上人に関する逸話があります。


○「信仰の進んでいる事を爪の垢ほども出してはいけない。」
これは、笹本戒浄上人の察道上人への真に厳しい戒め

おそらく、察道上人が、大導師として、信者方から尊崇され、人気がうなぎ上り、
”生き仏”とさえ囁かれ始めていた時分かと推察されますが、
察道上人は、「(あの戒めは)とてもこたえた」と、後年洩らされていたようです。
(横尾熊彦氏談)


報身阿弥陀仏に対し、
「この木偶の坊!」
という暴言が思いがけず口を突いて出てきて、
散々苦労されたのが、戒浄上人ご自身でした。

笹本戒浄上人は、とても謙虚な人格者で、しかも、ご霊格も高かったようです。
中村元博士が、
学生時代に戒浄上人に出逢われた時の興味深い逸話
が残っています。

戒浄上人ほど、”慢を戒められた”弁栄聖者の直弟子はいなかったように思われますが、
それは、戒浄上人ご自身が謙虚であられたから、というよりもむしろ、
「信仰上における”慢”の弊害、危険性」を、
戒浄上人が痛いほど熟知されていたからだと推察いたします。

笹本戒浄上人の中川察道上人に対する、
”不動明王的なお慈悲の、頂門の一針”
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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