2016-09-05

福岡県糟屋郡篠栗町「珠林寺」 第二十八世住職 中川弘道上人


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福岡県糟屋郡篠栗町にある「珠林寺」

前回記事にしました「西林寺」からもほど近い距離にあります。

弁栄聖者ご在世の大正期、
福岡県糟屋郡篠栗町
「西林寺」 橋爪実誠上人と、
「珠林寺」中川弘道上人のご住職当時の妙好人
前者が「荒巻くめ女」 、後者が「西島三十七」氏。

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門前の水路に、鯉が泳いでいたのが、印象的でした。


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九州の光明会にご縁のあるお寺は、
山本空外上人ともご縁があるお寺が多い、
という印象があります。

この書体、空外上人の書ですね。

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中川弘道上人は、
大正元年に、
福岡県八女市星野村、「浄源寺」の第二十五代住職として着任。

大正六年に、
肉弟の中川察道上人に住職を譲られ、
「珠林寺」第二十八世住職に着かれました。

中川弘道上人といえば、
明治四十五年に、
弁栄聖者が筑後善導寺の広安真随僧正にご招待され、
初九州入りされた時、
久留米駅で、聖者に善導寺までのご案内をされた方。

特記すべきは、
大谷仙界上人とともに、
九州光明会の基盤を築かれた方。


更に、光明主義上、極めて重要な役割を果たされました。

光明主義の永遠の課題ともいうべき、
「見仏」を巡る問題提起を、

弁栄聖者ご在世中の最晩年の、
大正八年十二月発行の『みおやのひかり』に、中川弘道上人のご質問が、
大正九年一月発行の『みおやのひかり』に、聖者のご返答が掲載されました。


「私は今夏以来、一意専心御念仏に勇猛精進して来ましたが何等得る所がなく
見仏三昧の境地に進むことが出来ません、
私共の様な鈍機は一生かかっても達する事が出来ないものであると自覚しました。
見仏は一部上根の機に限定せられ万機普益でないと存ぜられます。
・・・何卒本誌上に之の見解の誤りであるか何うかをご教示頂きましたら有難く存じます」

中川弘道上人のご質問は、
念仏修行に邁進される真剣さからの発露で、
念仏修行上、後世の我々大多数の者が煩悶するであろう悩みを代表されたようなご質問で、
弘道上人御一人のご質問とは思えません。


弁栄聖者のご回答は、次の様な内容でした。

「みおやの光に清められたる中川上人よ、
吾人が主張する光明主義の御質疑に対して
安心の大意を陳べて主義を明かさんとす

と前置きをされ、

如来は見と不見とに係らず真正面に在すことを信じて
其照鑑の下に精神指導されつつあることを信ずべきである。
如来の慈悲心は我等が心に入り、我等が信念の心は如来の中に入り、
見と不見とに係らず一心に念仏して如来の慈悲に同化せられんことを要す
尚、号を追て明すべし

と。

詳しい事情はわかりませんが、
その後、この公開質疑に対する弁栄聖者の正式な御回答はなかったようです。

ただし、
極めて重要な御葉書が、
大正九年一月二十一日付で、笹本戒浄上人宛に届きました。

みおやの光の中川弘道氏に対する答は本月のには
只通じて光明主義の安心の要領をのべて
来月の起行の用心として
見仏は本宗の宗とする処結帰する処の見仏にある
ことをのぶることにいたし候」と。

参考文献: 『笹本戒浄上人全集 Ⅰ 起行の用心』


「頂は高く聳え、麓は広く一切を載(の)する富士山のごとく、
三昧証入の頂と、万機普益の麓とに、
いづれの一にも偏せず、二を含んで一に立つ中道に在りて、
随類応機の法輪を転じ
「普遍的に」定と散と利と鈍とのあらゆる機根の「すべてを摂取」するのが、
上人の光明主義であった。
それが伝道の普及とともに導かるる機類が多様となるにしたがって、
ますます鮮やか
になった。」
(田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』)

「大宗教家」としての弁栄聖者の御精神を、
これ程見事に表現された言葉はないかと思われます。

したがいまして、
弁栄聖者御遷化後に、聖者を学ばんとする私達には、
「簡択」する眼、智慧が、必然的に求められます。


笹本戒浄上人が強調された「直線道」とは、
三身四智の仏眼を体得された弁栄聖者大ミオヤの真相を三昧直観された、
三身即一の大ミオヤの仏身論から、
必然的に導かれた聖者の修道論の真髄を表現
されたもので、
必然的ゆえに、修道論上、「成仏まで、信念の変更を要さない」という意味での、
「直線道」


衆生済度に不可欠な方便智の発露である「応病与薬」、「対機説法」
これらの度生論においては、「直線道」はありえません


「直線道」の定義には、慎重さが求められるように思われます。


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第二十八世住職 中川弘道上人(1881年~1939年)

法名 徳蓮社仁誉上人誠阿転法弘道大和尚
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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