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2015-11-04

『近代の念仏聖者 山崎弁栄』(佐々木有一著 春秋社)を読む(その1)

  
『近代の念仏聖者 山崎弁栄』(佐々木有一著 春秋社)

目次
序 章 信仰の皮肉と骨髄
第一章 光明主義と山崎弁栄
第二章 光明主義の七不思議
第三章 大ミオヤの発見
第四章 四大智慧の真実
第五章 無礙の恩寵
総 結 光明主義の正法・像法を期す

   20151103.jpg

本書の内容のご紹介に入る前に、
幾つか気づいた点に触れておきたいと思います。


1点目は、弁栄聖者の写真について。

通常見慣れている聖者の写真の何点かは、
最晩年の円熟された御姿の写真ですが、

カバーの写真は、大正2年(1913年)54歳
本の中の写真は、明治41年(1908年)49歳のもので、
まだ若く、しかも、正面像ではありません

弁栄聖者40歳代後半から50歳代前半の時期は、
光明主義の黎明期ともいえる時期で、
この写真が、正面像ではなく、横または斜めに視線が向いているのは、
聖者が光明主義の将来を思惟されておられるようでもあり、

著者である佐々木有一氏が、これらの写真を、意識的に選ばれたというよりも、

「わたしどもは光明主義の遠い未来から眺めて
初期光明主義の時代にあると覚悟する責任があります。
尖兵として後代への使命を背負っています。」

と「総 結 光明主義の正法・像法を期す」に、
御齢70歳代後半とは思えない気概と気骨が示されておられるように、
意図せずに、佐々木氏の無意識が選ばれたという気がしています。


2点目は、著者である佐々木有一氏の経歴についてです。

佐々木氏は、かつて経済界で活躍された元ビジネスマンである在家。
現役退職後の66歳の頃に、
弁栄聖者を信奉された数学者の岡潔博士の本を通して、
聖者とのご縁をいただかれたこと。

佐々木氏は、田中木叉上人にご縁の深い、
東京練馬の光明園の園主であり、
また「一般財団法人 光明会」上首でもあられる河波昌先生並びに、
東洋大学学長であられる竹村牧男先生の学恩を被られているとはいえ、
基本的には独学であり、
光明主義にご縁をいただかれてから、本書の出版まで、十数年足らずであり、
本書の執筆を思い立たれた頃は、まだ十年に満たない頃かと思われます。

第二章 光明主義の七不思議 に掲載の(光明体系図)は、
2010年の作成で、今から5年前、
著者には、この頃既に、光明体系の概念図が出来上がっています。

著者の篤き求道心熱き学求精神には、敬服いたします。

著者が、在家で、
光明会の歴史に詳しくないこと(光明会の内部事情から自由でありえたこと)、
更に、経済界(ビジネス)界で活躍された経歴をお持ちであること。

も、本書の成立に好条件であったようにも思われます。

本書で著者は、光明会内での暗黙の「タブー」にも果敢に挑んでおられます。


3点目は、本書の形式、文体等についてです。

本書は、「純粋な」学術書といった類の書というよりも、
著者が尊崇する弁栄聖者の「光明体系」を研究され続けている者が、
そこから得られた知見を、共に学ぼうとする者に、

「ここの箇所、こんな読み方はできませんか。
また、こんな風に読むと、こんな風に理解すると、
弁栄聖者の言わんとすることの理解が深まると思うのですが。」

と語りかけてくるような書であり、

求道者佐々木有一氏の現時点の途上での知見であり、
もちろん完成形ではなく
これからも更に、佐々木氏の理解が深まっていかれるような気配が感じられます。

また、佐々木氏は、一人でも多くの方に、
弁栄聖者の御遺稿集そのものに直接触れてほしいと祈願されており、
本書は、聖者のテキストとしても利用できるように、
聖者の本からの引用が数多くあります。

これほどまでに、「弁栄聖者の教学上における髄」を抽出された
そのご労苦と求道心、そして、菩薩行に頭が下がります。


4点目は、本の構成についてです。

本書の目次をみると、

序 章 信仰の皮肉と骨髄
第一章 光明主義と山崎弁栄
第二章 光明主義の七不思議
第三章 大ミオヤの発見
第四章 四大智慧の真実
第五章 無礙の恩寵
総 結 光明主義の正法・像法を期す

となっていますが、

第四章 四大智慧の真実 には、
実に、本書の4割強、220頁程があてられています。

この第四章は、
「弁栄聖者光明体系」の中でも難解の書としてつとに知られ、
「敬して遠ざけられる傾向」があるようにも見受けられる『無辺光』に、
果敢に挑んでおられます。

先ず、その勇気と決意に、敬服いたします。

この第四章を読まれれば、
『無辺光』の精髄を読まれたことになる、
と言っても過言ではないほどの密度の濃い内容となっています。


5点目は、佐々木氏が「日課念仏の傍ら光明主義教学の研究」をされていることについて

本書を読まれた方は、著者の論理的な理詰めさに、目を見張るかもしれませんが、
著者が、日課念仏をされていることは、決して忘れてはならないと思います。

一見理詰めな理解を支えているのは、
日課念仏による功徳「如来智慧光」による恩寵でもあると思われます。


だいぶ長くなりましたので、
本書の内容のご紹介は、次回としたいと思います。
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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