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2014-12-08

弁栄聖者のお墓参り(神奈川県相模原市 「当麻山 無量光寺」、長野県諏訪市 「唐沢山 阿弥陀寺」)


12月8日は、釈尊が悟りを開かれたと伝えられている成道(じょうどう)の日

釈尊の多くは伝説に包まれており、
ご生誕の日すら確定できないようですが、
釈尊は、弁栄聖者のような方であったと思っています。

前回は、

【柏崎市 極楽寺】、【柏市鷲野谷 医王寺】、【松戸市五香 霊鷲山善光寺】、【文京区千石 一行院】

を記事にしました。

今回は、
【神奈川県相模原市 当麻山 無量光寺】と【長野県諏訪市 唐沢山 阿弥陀寺】

〇【神奈川県相模原市 当麻山 無量光寺】



「光明学園 相模原高等学校」&「光明幼稚園」

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光明学園 相模原高等学校の学祖は、弁栄聖者。 

     
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【時宗 当麻山 無量光寺】

古くは当麻派本山として栄え、「根本道場」と呼ばれていただけあって、
広大な土地と厳かな雰囲気があります。

開山は、時宗の開祖、一遍上人

一遍上人といえば、 柳宗悦著『南無阿弥陀仏』でも知られます。

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市指定の有形文化財でもある、趣きのある「二脚門の山門」

春夏秋冬、いづれの時季も目を楽しませてくれそうですが、
紅葉の時季は、また格別ですね。

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一遍上人の銅像は、
明治26年に全焼し、現在、旧本堂跡は空き地となっているところに建っています。

此処にも、徳本行者の「南無阿弥陀仏」の名号碑があります。

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弁栄聖者が、大正7年(1918年)7月に、入山。
10月22日、晋山式。当麻山無量光寺第六十一世法主となりました。

また、弁栄聖者によって、その徒弟養成のための学校が庫裡に設けられ
大正8年4月に、境内地に、光明学園が建てられました。
学校法人光明学園相模原高等学校の前身

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↑ 「六十一世」が、弁栄聖者

「どうして、他宗の弁栄聖者が時宗のお寺の法主に?」
と疑問を持たれる方も多いかと思いますが、
末寺には浄土宗のお寺もあり、過去にも浄土宗からの法主もおられ、
それほど珍しいことではなかったようです。

また、明治期に火事により本堂が焼けてしまい、
その再興を弁栄聖者に期待した向きもあったようです。

ところが、弁栄聖者には、
浄土宗、時宗の本山から制約を受けずに、
光明主義の布教ができるだろうとの想いがあったようです。
聖者にとっては、
光明主義の伝道と子弟の教育育成しか念頭にはなかったようです。

↓ 「六十二世」が、弁栄聖者のご高弟の一人笹本戒浄上人(1874~1937)

時宗では、一遍上人以外は、「他阿」号を世襲。

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〇【長野県諏訪市 唐沢山阿弥陀寺】

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弁栄聖者を尊崇する者にとっては、聖地中の聖地である、信州の「唐沢山 阿弥陀寺」。 

開山上人は、尾張の弾誓(たんぜい)上人

安土桃山時代から江戸時代初期に、諸国を行脚され、
浄土宗「捨世派」の聖として知られています。

JR上諏訪駅から、バスかタクシーで、数キロほど。

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↑ ここの駐車場まではタクシーで行けますので、

↓ ここから本堂までは、徒歩で、あと10分ほど。

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既に、お気づきの方もおられるかもしれませんが、
同じく、弾誓(たんぜい)上人が開山である、
京都市左京区「古知谷阿弥陀寺」
唐沢山阿弥陀寺の雰囲気と、とても似ていると思います。

どちらも、紅葉がとても美しい。

此処では、
徳本行者のご名号が岩壁に刻まれ、
弾誓上人の御加持水があります。

この場所は、特に霊気が漂い、とても雰囲気があります。
              
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この場所には、弁栄聖者の直弟子の土屋観道上人のお墓があります。

観道上人は、増上寺山内の多聞室に聖者を迎えて、寝食を伴にされました。
「聖者の家」の表札を掲げ、中島観琇師らと念仏会を開かれています。
聖者ご遷化後は、「真生同盟」の運動を起こされました。

なお、
『観道法話 大悲に生きる』 (1975年)
土屋 観道 (著), 土屋 光道 (編集), 森島 真逸 (編集)

には、観道上人による弁栄聖者の想い出話が記載されており、
聖者の貴重な記録ともなっています。

現在は、東京芝増上寺近くに、「真生同盟 観智院」があります。

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此処、唐沢山阿弥陀寺においては、
特に夏に時期に研修、修行等に訪れる人々があるようですが、

「真生同盟」では、8月の上旬に、
「光明会」では、8月の下旬に、

一週間ほどのお別時(念仏修行)が、長年行われています。

唐沢山阿弥陀寺でのお別時(念仏修行)の始まりは、
1919年(大正8)8月18日より一週間、弁栄聖者により、第一回別時念仏会が行われました。

特別な事情により短期間休止になった他は、
現在に到るまで、毎年行われています。

なお、此処での修行は、念仏の他、

「原則として、私語禁止」

という大変厳しいもの。

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阿弥陀寺の庫裡からの眺めは素晴らしく、諏訪湖が一望できます。

庫裡を左手に、諏訪湖を右手に見ながら、山を登って行きます。

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数分登って行きますと、右斜め上方に、
弁栄聖者のお墓があります。

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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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