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2014-10-06

「常陸国筑波山麓より一里ばかりか山頂より二丁許南の方に立身石てふ巌窟あり 此に在って凡そ一ヶ月・・・身に纏ふ所は半素絹 食物は米麦そば粉などにて」(田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』)

 
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筑波山は、西側の男体山(標高871m)と東側の女体山(標高877m)の双峰からなります。

「立身石巌窟」は、男体山にあります。

ケーブルカーで、「宮脇駅」から「筑波山頂駅」まで、8分ほどで行けます。

御幸ヶ原コースからの登山コースもありますが、
ハイキング気分で行こうとは思わない方がよさそうです。結構キツイです。
筑波山とは、「岩、石の山」という印象。


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「立身石巌窟」は、「筑波山頂駅」下車後、男体山頂方面、左へ進みます。
ちなみに、女体山頂へは、右へ。

1~2分ほど進むと、男体山頂方面(右)へ進む案内札がありますが、
直進、 自然研究路 、方面へ。


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2~3分ほどすると・・・

ここから、 もうすぐです。

「立身石巌窟」までは、平服、運動靴でも大丈夫かと思います。


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立身石は、男体山頂近くにある神霊石
その昔、親鸞聖人がこの場所で念仏を唱え、餓鬼を救済したという伝説があり、
また、間宮林蔵が13歳の時、武士として立身出世を祈願した場所。

左手に巌を見ながら、少し先に進むと、
立身石の案内板があります。


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進行方向、左側へ(写真では右側)へ、降りて行くと・・・
              
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目的地の「立身石巌窟」

さすがに、此辺り一帯は、周囲の空気が違います。

左下が、親鸞聖人の石碑、
右下が、間宮林蔵の石碑。

一日も早く、「弁栄聖者 念仏三昧発得の石碑」と、
観光案内、HP,ブログ等に掲載されることを祈っています。


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「常陸国筑波山麓より一里ばかりか山頂より二丁許南の方に
立身石てふ巌窟あり 此に在って凡そ一ヶ月 次に場所をかいて一ヶ月
身に纏ふ所は半素絹 食物は米麦そば粉などにて
(次の場所は北斗石と伝うる人もあり決して確ならず)
(田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』)

立身石に一ヶ月籠り、次に場所を変えたのは、
この山に係りがいて、もっと長くいるにはまた届け直さねばならぬため、
その煩雑さを避けてのこと。
     
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は、窟の中で念仏。

は、巌の上で礼拝されていた。


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階段があり、巌の上に登ることができます。

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関東平野が見渡せ、眺望も素晴らしく、
自然との一体感が味わいやすい環境かとも思えました。

この景色、環境も、念仏上の心境に影響を与えたと思われました。

また、巌上の広さですが、
睡眠不足と疲労のため、倒れたとしても大丈夫なほどの広さで、
安心して念仏ができそうでした。

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お気づきになりましたか?

筑波山は、修行のための霊山。
おそらく、この鎖は、修験道の修行のための鎖かと。


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(弁栄聖者 念仏三昧発得偈)

「弥陀身心遍法界  衆生念仏仏還念
 一心専念能所亡  果満覚王独了々」



「明治十五年二十四歳の時一夏六十日間筑波山上に入山修行、
深三昧の岩床に称名日々十万遍、
王三昧円かに成就して、如来の真境了々と現前。」

(田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』)

ついに、念仏三昧を了々と発得されました。

このご境界について、貴重な逸話がありますので、
是非、ご紹介したいと思います。

「弥陀身心遍法界  衆生念仏仏還念
 一心専念能所亡  果満覚王独了々」

この三昧発得の境地について、

既に成仏と言われるべきところですか」との問に対し、

いまだし、天台の六即をもって云えば、まだ観行即とも云うべき所だ

と、弁栄聖者は答えられた。
「大谷上人 顕現極楽」(「大谷上人極楽の巻」『ミオヤの光』)


この記事を読まれた、杉田善孝上人の法友、和田真澄氏の

あの御境地がまだ観行即でいらっしゃいますか

との問に対し、

「弁栄上人が其の様に申されたのであれば私達が何とも申上げられませんが、
恐らくは御謙遜で居らせられませう
大正七年神奈川に御越しの節は、
私に、『大智慧の光明十方を照らして嬉しかった』と仰せられました。」

と、笹本戒浄上人は答えられておられます。
(『笹本戒浄上人 しのび草』)

筑波山上で弁栄聖者のこの境地は、
戒浄上人によりますと、

「開示悟入」の「悟」の仏眼(釈尊は「入」の仏眼)のご境界、とのこと。
(仏陀禅那弁栄聖者著『光明主義玄義(ワイド増訂版)』)

出世間の三昧の眼である「慧眼・法眼・仏眼」のそれぞれにおいて、深浅あり

前回の記事でも触れましたが、
この筑波山上での念仏三昧発得までの弁栄聖者の御精進の在り様を、
決して忘れてはならないと思います。


それまでの難行苦行を捨てられ、禅定に入られ、ついに、悟りを開かれた釈尊に対し、

「難行苦行は決して無駄ではなかった。
そのことによって、釈尊は、精進力を得られた。」


と、東大名誉教授の故玉城康四郎氏は、かつて指摘されました。

さすがに、ご自身も学行双方に努められた方だと、痛く感銘を受けたことがありました。


もう一点、どうしても触れておきたいことがあります。

「食物は米麦そば粉などにて」 田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』)

と記されています。

「断食念仏」ではなかった、という点についてです。

弁栄聖者の筑波山での御修行等を記事にしながら、
是非記しておきたいという想いが強く頭をよぎったのは、この点のことで、
吉松喜久造氏がご生前、とても危惧されておられていたことです。

当時、弁栄聖者にあやかって、
「断食念仏」(誤解!)を実践され、心身を害された方が、いたようです。

吉松氏は、若かりし時、「断食念仏」をされたことによって、体調を崩され、
大変苦労された時期があり、
『光明三昧(信心を養う方法)』
という、田中木叉上人からの「御慈悲のたより」に救われたことがあったとのこと。

杉田善孝上人は、ご法話の中で、

「仏道修行も、『合霊性的』でなければいけない。」(笹本戒浄上人のご教示)と。

この点は、是非、触れておきたいと思っていました。


実際に筑波山に行ってみて改めて気づいたこと、また、疑問が生じたことは、

弁栄聖者の御修行中の生理的側面について、でした。

先ずは、「水」、飲料。次に、食物。
そして、排泄、行水、衣服等について、
日常生活では当たり前過ぎて、ほとんど意識さえしないこれらの点についてです。

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道も少々分かりにくいのですが、5~6分ほど歩きます。

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「水」、この点については、
聖地と言われる処には、必ずと言っていいほど、清浄な「湧水」があるという事実。

また、それ以外にも、肉体を持った生物としては、
実際に、「水」は、絶対に不可欠です。

やはり、 「立身石巌窟」の近くに、
「御海(みうみ)」という湧水の場所がありました。

約1200年前に、徳一大師によって発見されたと伝えられ、
親鸞聖人が餓鬼済度に用いられた霊水で、
万病に効くといわれているようです。

ただし、残念ながら、
現在は、ほどんど枯れているようです。

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帰りは、来た道とは反対の路を、5~6分ほど登って行くと、

驚いたことに、「立身石巌窟」の真下に出ました。

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「立身石てふ巌窟あり 此に在って凡そ一ヶ月
 次に場所をかいて一ヶ月」(次の場所は北斗石と伝うる人もあり決して確ならず)

(田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』)


弁栄聖者は、筑波山における具体的な御修行の在り様に関して、

「御照会の入山」修道の事については、これはと申すこともこれ無く候。」

と、直弟子の山崎辨誡師へのお手紙に、さらっと記されている程度で、
詳細は、現在までほとんど伝わっていません。

「次に場所をかいて一ヶ月」(次の場所は北斗石と伝うる人もあり決して確ならず)

と、田中木叉上人は記されていますが、

山本空外上人は、

弁栄聖者の御遺稿集の、実証的、学問的研究書ともいうべき『辨栄上人書簡集』において、

「その夏筑波山入山、立身・北斗両石上各一ヶ月の三昧証入となり」と、
断定されておられますが、

次回は、この点を、考察してみたいと思います。
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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