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2014-06-08

共時性(シンクロニシティ)、布置(コンステレーション)を巡る雑感

「共時性(シンクロニシティ)」、布置(コンステレーション)」については、
前回と前々回、でも雑感を記しましたが、
まだ、補足したい点がありますので、今回もこのテーマで。

どうしてこのテーマにここまで関心があるかといいますと、
「共時性(シンクロニシティ)」、布置(コンステレーション)」という視点は、
特定の宗教を信じているか否かを問わず、
「人間を超えた存在」を感知する貴重な契機、
また、現世での生活を意義深いものへと繋げる機会ともなりうるものと思われるからです。

「共時性(シンクロニシティ)」、布置(コンステレーション)」を考察する場合には、
『弁栄聖者ご遺稿集 無辺光』で詳述されておられる、
「大円鏡智」・「妙観観智」の如来無差別智が、大変有益な手掛かりとなると思われます。

また、同時に、ユング派の心理臨床家である河合隼雄氏の臨床的知見も重要な示唆に富んでいます。

「共時性(シンクロニシティ)」、布置(コンステレーション)」について考察する際、
特に留意すべき点は、次の二点

〇この現象が、極めて個人的な事柄に関わること。
〇この現象を意味ある現象と捉える際、その人間の意識が関与していること。

したがって、科学的(再現性)な検証が困難です。

そこで、こんな概念は、非科学的で、全く馬鹿げた考えだ。
という主張があっても、不思議ではありません。

河合隼雄氏は、
「コンステレーションー京都大学最終講義ー」(『こころの最終講義』)において、
「共時性(シンクロニシティ)」、布置(コンステレーション)」に関する極めて重要な観点、

それらは、その主体のコミットメントにも影響を受けること
また、それらを捉えるためには、「気配を読み取る」態勢が要請されること。

を指摘されています。

河合氏は、
「共時性(シンクロニシティ)」、「布置(コンステレーション)」の提示には、極めて慎重であり続けましたが、
おそらく、ご自身の心理臨床実践において、この不可思議な現象の解明の糸口を掴まれ、
そこには、主体者のコミットメント、つまり、主体者の意識が関与していることを突き止められました。
また、
「布置(コンステレーション)」に関しては、
「気配を読み取る」態度、つまり、「見えないものを感知する力」の重要性を指摘されています。

河合隼雄氏は、明恵上人と、イスラーム神秘哲学の権威でもある井筒俊彦氏に導かれ、
最晩年、「華厳思想」に、特別な関心を持たれていたようです。
おそらく、それは、「事々無礙法界」の風光ではなかったでしょうか。

河合氏の著作の中から、ご参考までに、
この共時性(シンクロニシティ)、布置(コンステレーション)に関して、示唆に富む箇所を若干引用します。

「要するにコンテレーションを見るというのは、いいときに後ろを見ないとだめなんですね。
・・・心理学者は、後ろからいろんなのが来ているのに全然見ない。
時々、非常に上手に、何にもないときに後ろを見るんですね。そして、言うんです。・・・
「後ろを見ました。完全に見ました。何にもありませんでした。・・・私は実証的にやっております」
と言うんだけれども、一番大事なときには後ろを向いていない。」
(「コンステレーションー京都大学最終講義ー」『こころの最終講義』河合隼雄)

「実際にぼくが遭遇している現実では偶然ということが多いんですよ。
ぼくはときどき冗談半分で「あなたは絶対に治らないだろう」と患者さんに言う。
しかし、偶然ということがあるから、ぼくはそれに賭けているからやりましょう」と言う。
そして実際にそうなるんです。
ぼくは何をしているかというと、偶然待ちの商売をしているんです。
みんな偶然を待つ力がないから、何か必然的な方法で治そうとして、全部失敗するのです。
ぼくは治そうとなんかせずに、ただずっと偶然を待っているんです。」
(『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』)

「小川 秘密を守らなくてはならないという先生のお仕事は、すごく苦しくて大変でいらっしゃるのでしょうね。
河合  ・・・僕はこの頃よう言ってるんですけど、「僕はアースされているから大丈夫」なんです。
・・・「うん、それで、最後は地球にお任せしてるってね(笑)。」
(小川洋子 河合隼雄『生きるとは、自分の物語をつくること』)

蛇足ながら、補足を付け加えさえていただきます。

おそらく、「共時性(シンクロニシティ)」、布置(コンステレーション)」という現象は、
日常的にありふれた現象、出来事でありながら、
私たちの意識からこぼれ落ちていることが間々ある、ということなのでしょう。

河合隼雄氏が心理臨床家であったということは、
面接室という「非日常的な空間」で、
しかも、それ故にこそ、「意識が特別な状態であり続けられた」ということを意味します。
つまり、「特別の意識状態」で、「強烈にコミットメントする他者の存在があった」ということです。

往々にして、自分のことは、盲点ともなりますので、
信頼でき、自分をよく知っている他者の存在(視点)が不可欠となるようです。

また、「共時性(シンクロニシティ)」、布置(コンステレーション)」は、
極めて個人的な事柄が絡むので、当事者の情報が不可欠であり、
これらの意味を考察する場合には、
単発的な事象の短絡的な早急な把握ではなく、
時系列的な「継時的な解明」が必要となることも多いようです。

夢の場合などもそうですが、
そのことを意識し、また、記録し始めると、
途端に記憶され始めることもありますので、

「共時性(シンクロニシティ)」、布置(コンステレーション)」に対するには、

〇 強烈なコミットメント、興味関心をいだき続けること。
〇 「気配を読み取る」よう通常の意識とは違った態度で努めること。
〇 それらを、「現実の生き方」に生かすように心がけること。

最後に、留意点。

「共時性(シンクロニシティ)」、布置(コンステレーション)」の読みには、
いわゆる「唯一の正解」などはなく、
当事者に、その意義付けが「腑に落ちる」といった感触が、一つの重要な手掛かりとなる
ように思われます。

表層レベルでの短絡的な性急な意義づけには、くれぐれもご注意を!
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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