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2013-04-20

「汚点瓔珞(ようらく)」(田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』)

弁栄聖者の伝記、想い出話しには、
いつまでも記憶に残り、しかも、とても示唆に富む逸話が多く、

「応身仏」釈尊の実像を、弁栄聖者を通すと具体的に思い描き易くなるように思われます。

弁栄聖者は、仏画、書などを、よく結縁に利用されておられたようで、
現在でも御真筆を展覧会などでも見ることができます。

聖者の遺墨集として代表的なものとしては、
聖者六十回忌記念として出版された、
山本空外編『弁栄上人御遺墨集』(1980(昭和55)年、光明修養会版)。

最近、病身のご住職悲願の私家版として発行されたのが、
本泉寺発行の『弁栄聖者御遺墨画』

展覧会記念の図録としては、『山崎弁栄図録』(2010年、長良川画廊発行)は、
質、内容、価格等の面からみても、近年稀にみる「弁栄聖者遺墨集」の傑作。

その他にも、「弁栄聖者遺墨集」は出ていますが、
そのほとんどが入手困難で、しかも高額の値が付いていることが多いので、
現在入手可能なもので、私が存じ上げているものをご紹介します。

『弁栄上人90回忌記念遺墨画展 出展作品集』(弁栄上人讃仰会発行)

『如来光明・念仏の聖 「山崎 弁栄」』(2008年、柏崎市立博物館特別展パンフレット)

田中木叉上人編纂「弁栄聖者の御遺稿集」は、弁栄聖者を知る必読書ですが、
数々の御遺墨書、遺墨画なども、弁栄聖者を知る得難い機縁になろうかと思われます。


前置きが長くなりましたが、今回の本題に入ります。

今回取り上げます、聖者の逸話、「汚点瓔珞(ようらく)」は、
田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』に記されています。

弁栄聖者が結縁のために遺された数々の遺品は、
全ての仏画が、全て聖者の手のみになるものとは限らないようです。

「成仏するためには、なんでもできなければなりませんよ」

と聖者は言われ、侍者たちに、仏画を描く手伝いをさせることも多かったようです。

「ある日のこと、ご染筆中の観音様に、お手伝いを命ぜられた一女子、
こわごわ筆に墨を含ませて、おさしずの所に筆をはこぶ途端、

さ、失敗、ポタリ黒墨をおかきかけの観音様のご尊体の上に落した

青くなって泣かんばかりにしていると、お筆を一寸やめて、
こちららをお向きになり、これを気づかるるや、

なんとも仰しゃらず、やめた筆をこちらにはこんで、
落ちた墨の斑点の所を、
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と唱えながらお筆を使われていたが、
見る見るその墨の汚点は、吹き傾けられた瓔珞となって見事にでき上った
。」

「大悲の如来に統摂されるる物みなが、人の身の上の嘆きさえ、
よきえよきえに帰趣するすがたを、この無言のご説法で示して下さるるように。」


と、この日常の一つの出来事を、田中木叉上人は見事にえがかれておられます。

一般に、人の噂話、人物評、作品の批評などは、
そのものを「的確に批評している」ことは稀で、
むしろ、
その批評をする者の、「鑑識眼」、「人間観」、「人生観」などを、
計らずも露呈していまうことが多いように見受けられます。


今回のような「文章の引用」にしても、同様で、
HPに一般に公開する行為は、ある意味、恥かしいことでもあります。

田中木叉上人がお残しになって下さった、
弁栄聖者の逸話「汚点瓔珞(ようらく)」

書の達人としても、知る人ぞ知る山本空外上人という方がおられました。

空外上人は、惜しくも、弁栄聖者にお逢いになることはできなかったのですが、
あるいはそのためもあってか、あるいは、空外上人の個性によるものか、
聖者の直弟子達とはまた違った「独自の境地を展開された」ようにも思われます。

弁栄聖者は、「大ミオヤへの愛」への発露でもある「憶念口称念仏」を核に、
「霊格の形成」を説かれ、全分度生の御生涯を


山本空外上人は「生きられるいのちの根源である大ミオヤ」を生きる「口称念仏」を核に、
「無二的人間形成」をご提唱され、学問研究、書等芸術活動等の御生涯を


「無二的人間形成」とは、
「自分も最善をつくすが、相手も生かし切って、
ともに平和なうちに、人間の値打ちのあるような生活を実らし切っていく」
こと。


弁栄聖者こそ
山本空外上人がご提唱された「無二的人間」そのもののお方であったように、
私には思われます。
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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