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2013-03-02

「真実の自己」について(笹本戒浄上人ご指南)

禅とも因縁の深かった、
弁栄聖者のご高弟笹本戒浄上人のご法話等には、
同じく聖者のご高弟田中木叉上人とはまた違った有難さがあります。

一般書として出版された笹本戒浄述『真実の自己』なる書があります。

戒浄上人は、東大で心理学を専攻し、
催眠術の研究を、元良勇次郎教授の元でされました。

その実験結果から、
催眠術における不思議な現象は、
仏教での「三昧」の状態での現象であることを確信されました。

そこから得られた有益な戒浄上人の知見があります。
現代の私達にとっても、役立つ情報だと思います。

①「催眠現象」は、「三昧」の状態であるが、
 五眼のうち「天眼」のレベル。
 したがって、広義の自然界(いわゆる「心霊現象」を含む)を認識できる。


②「天眼」であり、「我」が残っているため、
 精確に事象を認識できないことがある。
 また、極度の「精神集中」を要するため、
 いつもいつも「三昧」に入れるわけではないこと。


この2点はとても重要なご指摘で、
その適用範囲と留意点に言及していることになります。

つまり、

〇「催眠状態」で、大宇宙(自然界と心霊界両面)の全てが認識できるわけではないこと。

また、

〇「催眠現象」は、科学的実験の定義、再現可能性の点で、立証面で困難があること。
 これは、催眠術で有名になった方々の不正が明るみになり、
 非難を浴びる要因ともなっています。
 つまり、「精神集中」が持続できず、
 それに反し、周囲の期待が高まり、それに応えたい気持ちが昂じ、
 つい不正を行ってしまう。
 または、自我を通すため、事物の認識の精確さ欠くことが避けがたいこと。


以上が、「三昧」の一種である「催眠状態」の説明ですが、

仏教の理想とする「三昧」は、
「出世間の三昧」で、「慧眼」・「法眼」・「仏眼」です。


前置きが長くなりましたが、

「真実の自己」

笹本戒浄述『真実の自己』には、
「統一的主体に関する笹本上人の御教示」の章があります。

そこで、戒浄上人は、「真実の自己」にも深浅があることをご指摘されています。

戒浄上人は、ご生前、ご法話でよく「覚(わか)り」の話をされたようで、

「あなたの「覚(わか)り」は、よう「分からん」から、
他の話をしていただけないか」

と言われながらも、「これは私の病気ですから」
と平然と言ってのけておられたようです。

さらには、田中木叉上人の

「(弁栄聖者の)華厳絶対、(戒浄上人の)法相相対」

といった手厳しい批判(後日誤解であったことが判明)があったほどです。

これには、もちろん、戒浄上人の深意があったわけです。

一つは、
弁栄聖者から、
「笹本の「覚(わか)り」は、如来の平等性智を説いたものだ。よくぞやった。」
とお褒めの印可をいただかれた点。


二つめは、
修道論上からで、
五根五力の修行から択法覚支へ移る時の念仏が、
正しく容易にできるようにするために、
極めて大切なところで、

「自然界と心霊界をつなぐ唯一の橋渡し」

であるためとのこと。


「真実の自己」についての差別(深浅)に関する、
笹本戒浄上人のご教示をお示ししますと、

『臨済録』は、慧眼で体大法身と合一した時の如来の大我。
『瑜伽(ゆが)論』は、仏眼で体大法身と合一した時の如来の大我。


光明主義は、
三身四智の仏眼で法身の中心である絶対の報身と合一して、
その体大法身の最も深い部分、
法身の最も重要な面と合一した時の如来の大我。


「我といふは絶対無限の大我なる無量光寿の如来なりけり」(弁栄聖者)

「吾人の全身が絶対なる如来の妙身を形成す。」
(「平等性智」『弁栄聖者光明体系 無辺光』)


最後に、一言。

とはいうものの、
この笹本戒浄述『真実の自己』といえども、大ミオヤの真実説ではなく、
方便説(完全な説ではないということで、ウソという意味ではない)。

「真実の自己」、「統一的主体」が自己でありながら、
「不一不二」でありながら、
そこには、如来(大ミオヤ)と衆生との差別という、歴然とした事実がある。

この「差別」の事実、「無明」の発現については、

笹本戒浄上人によりますと、
三身四智の聖者がご自身のご内証から、そのことを文章に遺されたのは、
歴史上、弁栄上人が初めてである、

と言われています。

その検証は、私の力量を遥かに超えたものですので、
戒浄上人が云われた事実のみを、ここに記します。
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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