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2013-02-03

「弁栄聖者の俤(おもかげ)」(弁栄聖者の日高丙子郎氏へのご教化)

私が、弁栄聖者をこよなく敬愛する点は、

「弁栄教学の比較宗教学的側面」における圧倒的な深さ広さは云うに及ばず、

「宗教家としての弁栄聖者の衆生済度の在り方」、
釈尊を彷彿とさせる、その「対機説法の自在さ」にあります。

光明主義関係の本をお読みになった方は、
笹本戒浄上人田中木叉上人への弁栄聖者のご教化の在り方を、
ご存じの方もいらっしゃるかと思います。

弁栄聖者の見事な対機説法には、
本当に感動するお話が多いのですが、
その中でも、特に私の印象に残る逸話がありますので、
今回ご紹介したいと思います。

日高丙子郎氏への弁栄聖者のご教化の在り方です。

聖者への初謁見時より、
日高氏は聖者への霊格には敬服されたが、
永年の禅の修行のため、念仏がどうしてもできなかった、
とのことです。

本堂での念仏の時にも称名せず坐禅をしており、
その後、二階で雑談をしている時、
聖者が来られ、

「日高さん、一寸」

といわれたので、後についていくと、

如来様のお掛け軸の前に線香が薫じられていて、
座蒲団が二つ並び木魚が置いてあった。

弁栄聖者は、日高氏にその一つの座蒲団をすすめ、
一言もなく、ご自身だけでお念仏を始められた。

ところが、日高氏は、後ろに座ったまま、

「念仏などするものか、それにあの本尊様のお顔はなんだ」

との心持でじっとしていると、

聖者は後ろを振り向いて、
「日高さん」といって、またそのまま念仏をされる。

そんなことが二三度重なり、
義理にも念仏せずにはおられなくなり、
弁栄聖者の声に声を合わせて木魚を打ちだすと、
しばらくにして我を離れ、
ふと気づいた時は、もう聖者はそばにおられなかった。

お念仏をやめて居間に伺うと聖者は、
「これをご覧なさい」と一冊のお経、『観無量寿経』を下さった。

その時初めて、しみじみと浄土経文の尊さを味わった、とのこと。

その翌日、本堂で朝の念仏がすみ、
居間に下がられ聖者に、
しきいの外で起立三拝ねんごろをきわめ、
また落涙しばし止まず、
それからお側で幾日かのご勧化を受け、
すっかり念仏行者となった。

もし二階で「お念仏しましょう」などと仰せを受けたなら、
即座にことわったに違いないこの当時の心地を観察して、
済度の方便を用いらるること実にあざやかなものであった。

田中木叉上人は、『日本の光(弁栄上人伝)』に記されています。

木叉上人は、

「仏道修行に、直線道などありませんよ。」

と言われていたようですが、
この弁栄聖者の「衆生済度の自在な方便力」を評されての言かと推察いたします。

ところが、一方で、
「三身四智の仏眼」を体得されていた弁栄聖者において、
初めてこの自在な方便力は可能である、
という側面がある点と、

大宇宙の究極目的、お悟りの究極「成仏」の内実、
つまり、「悟りには深浅があること」が、
弁栄聖者には認識されていたのであろうことも推察でき、

弁栄聖者を学ぶ者は、この両側面を、決して忘れてはならないと思います。

いうまでもないことですが、
方便力の目的は、真実に導くためである、からです。

ここで、「どうして、禅ではないのか?」

との疑問が生じるかと思います。

私は、禅について論じるほどの知識、参禅体験を持ち合わせていませんが、

弁栄聖者は、

「五眼明了に開き来て始めて円満なる仏教を信ずることを得べし」
(『弁栄聖者光明体系 難思光 無称光 超日月光』)

(注)五眼とは、肉眼、天眼、慧眼、法眼、仏眼のこと。

と、言明されています。

また、弁栄聖者は、お弟子の笹本戒浄上人が、
禅宗流の「無相法身を所期とする念仏」を突破できずに、悩みに悩んでおられた時に、

「能礼所礼性空寂 感応道交難思議 故我頂礼無上尊」

「座禅もここまで来なければ駄目である」


との極めて重要なご指南が残っています。


弁栄聖者が、「三身四智の仏眼」により明了に認識された円満なる如来(神)観、宗教観とは、

「超在一神的汎神教」

であります。
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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