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2012-10-06

「南無十二光仏」(弁栄聖者『如来光明礼拝儀』)

「至心に讃礼す」

南無無量寿仏
本有法身阿弥陀尊  迹を十劫に垂れ在し
本迹不二なる霊体の 無量寿王に帰命せん

南無無量光佛
十方三世一切の   法報応の本地なる
独尊統摂帰趣に在す 無量光を頂礼す

南無無辺光仏
如来無辺の光明は  四大智慧の相にて
徧く法界照しては  衆生の知見を明かすなり

南無無礙光仏
如来無礙の光明は  神聖正義恩寵の
霊徳不思議の力にて 衆生を解脱し自由とす

南無無対光仏
絶対無限の光明に  摂化せられし終局には
諸仏と等き覚位をえ 大般涅槃に証入す

南無炎王光仏
衆生無始の無明より 惑と業苦の際なきも
大炎王の光にて   一切の障り除こりぬ

南無清浄光仏
如来清浄光明に   我等が塵垢は滌がれて
六根常に清らけく  姿色も自づと潤ほるれ

南無歓喜光仏
如来歓喜の光明に  我等が苦悩は安らぎて
禅悦法喜微妙なる  喜楽極なく感ずなり

南無智慧光仏
如来智慧の光明に  我等が無明は照されて
仏の知見を開示して 如来の真理悟入るれ

南無不断光仏
常恒不断の光明に  我らが意志は霊化せば
作仏度生の願みもて 聖意現はす身とはなる

南無難思光仏
甚深難思の光明を  至心不断に念ずれば
信心喚起の時いたり 心の曄曈とは成ぬべし

南無無称光仏
如来の慈光被むれば 七覚心の華開らき
神秘の霊感妙にして 聖き心によみがへる

南無超日月光仏
智悲の日月の照す下 光の中に生活す身
聖意を己が意とし  三業四威儀に行為なり


『如来光明礼拝儀』の十二光礼讃は、
礼讃しやすように、それぞれ四行となっていますが、
『如来光明讃の頌』では、十六行となっており、
より詳しい内容となっています。
(弁栄聖者著『光明主義玄義(ワイド増訂版)』所収)

弁栄聖者出世の本懐は、
この「十二光」の開顕にあったようです。

「空拳を以ていかでか千重の鉄関を打破することを得ん。
この大鉄関を開くの妙鍵は即ち十二光名によりて其体を発悟するにありと。
古来千聖出て名を以て体を獲得すべき径路を示したまへども
いまだ之を開きて十二名を以て諦かに
如来の体・相・用を窺ふべきの真理をのこし給 しは深意あり、
後昆をしてこの霊名により広く深く細に微に
如来の聖徳を獲得せよとの聖意ならむ。

世間文化大に発達せり。宗教のみは独り開発せざるの理あらむや。
ここに於て如来ひそかにこの愚昧なる小弟子をえらみて、
之を開くべきの宝鑰を授与し給へるなり。

故に撰ばれたる小弟子自ら不敏を顧みず
十二光によりて如来の霊徳を密かに開くの命を奉ず。
自ら感謝措くことを知らざるなり。
宇宙の真理は悉く十二光によりて示せり。」(『弁栄聖者光明体系 お慈悲のたより 上巻』)

と一女子に宛てた書簡に記されています。

十二光礼讃のある『如来光明礼拝儀』は、
聖者御遷化の直前まで、何度も手を加えられたと伝えられています。

一例を挙げますと、

南無無対光仏
絶対無限の光明に  摂化せられし終局には
諸仏と等き覚位をえ 大般涅槃に証入す

は、聖者御遷化の年の9月(12月4日に御遷化)に、
笹本戒浄上人が稿本全文を墨書下書されたものに、
聖者御自身加筆され、

「摂化せられし人はみな」を、

→「摂化せられし終局には」

に修正されている、と山本空外上人は指摘されています。


ご案内のとおり、
「十二光」は何も、弁栄聖者の発見、発明ではありません。

「古来千聖出て名を以て体を獲得すべき径路を示したまへども」

と聖者自ら言われているとおりです。

『無量寿経』で十二光が明記され、
曇鸞大師、善導大師、恵心僧都源信、興教大師覚鑁、法然上人、親鸞聖人、一遍上人も、
十二光にふれておられます。

しかし、これほどまでに体系的で、しかも、御自身の体験から、十二光を開顕し、
十二光を開けば全仏教、全宗教が納まるほどの含蓄さえもある御遺稿集。
私は奇蹟、奇書、人類の貴重な遺産だと感じています。

言うまでもなく、「十二光」を詳細に解説できる力量が今の私にはないので、
今回は、この程度の、ほんのさわりのご紹介にとどまることをお許し願いたいと思います。


【参考文献】
〇弁栄聖者『如来光明礼拝儀』
〇『弁栄聖者光明体系』
〇弁栄聖者著『大霊の光』
〇弁栄聖者著『仏教要理問答』
〇『弁栄聖者光明体系 お慈悲のたより 上巻』
〇弁栄聖者著『光明主義玄義(ワイド増訂版)』
〇笹本戒浄著『礼拝儀講話』

〇山本空外著『哲学體系構成の二途ープロティーノス解釈試論ー』
〇山本空外著『念仏の哲学』(両二著は近年再刊されました)

〇山本空外著『弁栄聖者の人格と宗教』
〇山本空外編『弁栄上人書簡集』
〇山本空外著『十二光』
〇河波昌共著『浄土仏教の思想 14-清沢満之・山崎弁栄』
〇河波昌著『如来光明礼拝儀講座』
〇河波昌著『光の現象学』


残念ながら、弁栄聖者研究に不可欠な著作でありながら、
品切れのものも多く、一般の書店ではまず入手できず、
ネットでも入手されにくい状況ですが、
大きな図書館では閲覧可能かと思われます。
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Re: No title

お役に立ててよかったです。

今後とよろしくお願い申しあげます。

> ご丁寧に疑問に答えてくださり、誠にありがとうございます。さっそくアマゾンで購入させていただきました。
>
> これからもこちらで光明主義について学ばさせていただく所存ですので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

No title

ご丁寧に疑問に答えてくださり、誠にありがとうございます。さっそくアマゾンで購入させていただきました。

これからもこちらで光明主義について学ばさせていただく所存ですので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

Re: No title

まずは『礼拝儀講話』から、お読みになってください。

今回のご質問の件ですが、
「真実の自己」には、幾種類かの筆記録
(ご法話の内容、場所等の違い)があり、
岐阜光明会のHPにある「真実の自己」は、
『笹本戒浄上人全集 中巻』収録されています能見氏の筆記録で、
現在出版販売されている『真実の自己』は、橋本氏の筆記録です。

また、『礼拝儀講話』は、ネットでアップされていないと思われます。
私は存じあげません。

以上です。


> お忙しい中、お答えありがとうございます。さっそく『礼拝儀講話』を買ってみます。
>
> 岐阜光明会のHPにある「真実の自己」は、出版販売されている「真実の自己」と同じものでしょうか。『礼拝儀講話』もネット上で読むことはできますか。
>
> 図々しい質問ですが、お許しください。

No title

お忙しい中、お答えありがとうございます。さっそく『礼拝儀講話』を買ってみます。

岐阜光明会のHPにある「真実の自己」は、出版販売されている「真実の自己」と同じものでしょうか。『礼拝儀講話』もネット上で読むことはできますか。

図々しい質問ですが、お許しください。

Re:貴重なブログですね。

初めまして。

ご訪問ありがとうございます。

このブログがお役に立てて、嬉しく思います。

さて、ご質問の件ですが、
『礼拝儀講話』は、光明主義の概説となっていますので、
まずは、こちらから読まれることをお勧めいたします。

今後とも引き続き、よろしくお願い申し上げます。


> いつもありがとうございます。大変参考になっています。
> 一つ伺いたいことがあるのですが、今、笹本上人の『礼拝儀講話』を買おうか、『真実の自己』を買おうか迷っているのですが、まず読むとしたら、どちらを読むべきでしょう。お答えいただけたら嬉しく思います。

貴重なブログですね。

いつもありがとうございます。大変参考になっています。
一つ伺いたいことがあるのですが、今、笹本上人の『礼拝儀講話』を買おうか、『真実の自己』を買おうか迷っているのですが、まず読むとしたら、どちらを読むべきでしょう。お答えいただけたら嬉しく思います。
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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