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2012-09-08

「我がみほとけの慈悲の面 朝日の方に映ろにて 照るみすがたを想ほへば 霊感極りなかりけり」(「孝明皇帝の霊夢に就いて」『弁栄聖者光明体系 不断光附仏法物語』)


芦屋の光明会本部聖堂発行版『如来光明礼拝儀』には、

「我がみほとけの慈悲の面
 朝日の方に映ろひて
 照るみすがたを想ほえば
 霊感極りなかりけり」


と、「憶念の歌」として掲載されています。

弁栄聖者のご遺稿集を読まれる時に、留意すべき点があります。

編集された本、または、版により表記が異なることがある点です。

今回引用のお歌では、「映ろにて」と「想ほへば」の二箇所です。

「想ほへば」と「想ほえば」は、特に問題はないように思いますが、
「映ろにて」と「映ろひて」は、いかがでしょうか。
私は、「映ろひて」のことだと捉えていますが、
弁栄聖者は、聖者のご生誕地(下総国)の訛りをお使いになっている箇所もあるようで、
この点、注意を要します。

と言いますのも、聖者のご遺稿集には、漢字にルビがふられていまして、
そのルビのふられ方に、聖者の思想、想いが込められていることがあるからです。
同じ言葉に聖者独特の意味が込められていることがあるのです。

常識的に、この言葉はこう読むべきだろうと思い、
聖者のご遺稿集を理解したと思い込んでいると、
とんでもない誤解をしていた、ということも時にあるのです。

さて、前置きが長くなりました。

「我がみほとけの慈悲の面
 朝日の方に映ろにて
 照るみすがたを想ほへば
 霊感極りなかりけり」


この御歌は、「孝明皇帝の霊夢に就いて」『弁栄聖者光明体系 不断光附仏法物語』の文中にあります。

続けて、

「凭(か)く心の宮殿に如来を本尊として信念する時は
 尊とく辱(かたじ)けなさを感ず。
 斯く如来と離れざる親密の因縁の宗教を中心真髄と為す。
 有(あら)ゆる霊の力は是より発動す。是が道徳の原動力である。」


と、弁栄聖者の自内証の上から、
光明主義上、弁栄教学の上からも、極めて重要な解説を加えておられます。

「真の生きた宗教には、道徳を根底から規定する働きがある」

と明言されているのです。

聖者は『宗祖の皮髄』において、
長年の念仏三昧により自ずと成就されていった、
法然上人の豊かな霊格形成を見事に説き明かされています。

田中木叉上人は、

「道徳は救いの条件にあらず、その結果なり」

『田中木叉上人御法話聴書』において、端的にご指摘されています。

この御歌の前の自内証の吐露も極めて重要ですので、引用します。

「後二十四の時に東京駒込の吉祥寺学林に於いて
卍山上人の五教章の聴講に列なりし時
田端の東覚寺に寄宿して吉祥寺に通う往復にも
口に称名を唱え意(こころ)に専ら弥陀の聖容を想ひ
専ら神(こころ)を凝しけるに
一旦蕩念(とうねん)として曠廓(こうかく)極まりなきを覚え、
其時に弥陀の霊相を感じ、慈悲の眸(まなじり)丹花の唇等、
其の霊容を想ふ時身心融液にして不思議なるを感ず、
其後は常に念に随て現ず。」


この御歌を巡る自内証の吐露のこの箇所だけを拝読しても、
弁栄聖者の御悟りの深さを直観できる気がいたしますが、
更に、笹本戒浄上人の解説が素晴らしいのです。

(参考文献:仏陀禅那弁栄聖者著『光明主義玄義(ワイド増訂版)』)

「一旦蕩念(とうねん)として曠廓(こうかく)極まりなきを覚え、
其時に弥陀の霊相を感じ、慈悲の眸(まなじり)丹花の唇等、
其の霊容を想ふ時身心融液にして不思議なるを感ず、」


この箇所は、戒浄上人によりますと、
厳密には仏眼の一歩手前、「法眼が満位」になった境涯

出世間の三昧の眼(心霊界を認識する機能)には、
「慧眼・法眼・仏眼」がある
と言われています。

私は、「慧眼」・「法眼」の順番にかつて疑問をいだいていた時期があり、
「法眼」・「慧眼」の順番の方が適切なのだと考えていたのですが、
それは誤りでした。

「大ミオヤ」による霊育過程は、過去の因縁により、
「法眼」が先に開ける者、「慧眼」が先に開ける者がいるようですが、
仏眼が開けるためには、
必ず、「慧眼」が先に満位になり、次に「法眼」が満位になるという過程を辿り、
「慧眼と法眼」が「即の状態になった境涯」が「仏眼」
である。

ということなので、「慧眼・法眼・仏眼」の順番が正しいらしいのです。

第二点目は、

「其後は常に念に随て現ず。」の箇所です。

この「心霊的自由を得る」のは、正しく「仏眼の境涯」で、

弁栄聖者は、

「仏眼は自受用にて自ら現じ自ら感ず。能感と所感と自己にあり。」

と、 「成所作智」『弁栄聖者光明体系 無辺光』において、仏眼の解説として記されています。

弁栄教学上、特に、「戒律」の捉え方としても、
極めて重要な箇所ですので、
長くなりましたが、解説いたしました。

何らかのご参考になれば、幸甚です。
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No title

岡潔先生は、晩年に、神道に強い関心を持たれました。

自然を通じて、神聖なものに触れる心性、
日本人には、馴染みやすいのかもしれませんね。

No title

江戸時代末期の黒住宗忠(1780 – 1850)という人の信詠に、

・限りなき天照神とわが心へだてなければ生き通しなり

・天照らす神の御心人心ひとつに成れば生き通しなり


という歌があります。「生き通し」とは、永遠の生命のこと。

日本では昔から「お天道様」を拝んできましたし、天照大神はなじみ深い神です。

黒住宗忠は、およそ天地の間に万物が生まれ、生育するのはみな天照大神のお陰であり、天照大神の御心と一つになる時、生き通しの人間になれると説きました。

「天照」からは、そうした神道の教えやお天道様を拝むことが連想され、朝日の方に慈悲の面を憶念することにつながっているのでは、と思った次第です。

No title

日の出、日の入りの時、何か神聖な気持ちになりますよね。

神話は、遠い過去の物語ではなく、現代にも生き生きと働き続けていますよね!

No title

憶念の歌について、初版本『宗祖の皮髄』・口絵裏では、
「朝日の方」という所が、「入留日乃加多」(入る日の方)となっている。
朝日と入日という、朝と暮の歌があるのも興味深い。

また、「映津呂辺天照留」(うつろえててる)のところに、「天照」(アマテラス)の二文字を当てているのも、面白い。
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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