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2012-08-25

「すべてを大ミオヤに御任せ申し上げて常に大ミオヤを念じ大ミオヤはいつも離れずあなたの真正面に在まして慈悲の面を向けて母の子をおもうごとくまします。・・・」(「弁栄聖者より大谷仙界上人に賜わりしお慈悲のたより」)

「すべてを大ミオヤに御任せ申し上げて常に大ミオヤを念じ
大ミオヤはいつも離れずあなたの真正面に在まして
慈悲の面を向けて母の子をおもうごとくまします。
あなたはそれのみをおもうて専らにしてまた専らなる時は、
だんだんと心が統一できて、
あなたの心はみだのお慈悲の面にうつり
お慈悲の面はあなたの心にうつり、
而するとそれがだんだん深く入るに随いてあなたのこころはなくなりて、
唯のこる処はお慈悲の如来さまばかりと成り候。」
(「弁栄聖者より大谷仙界上人に賜わりしお慈悲のたより」)


弁栄聖者の「起行の用心」の最大の特徴点は、

「真正面に如来様が在します」

という一貫した信念に尽きると思われます。

財団法人光明修養会上首で、宗教法人光明園の園主であられる河波昌上人の
論文等
、(例えば「山崎弁栄上人ーその生涯と宗教芸術ー」は、ネットで読むことができ、
聖者の特徴点が幅広い観点から論述されています)を読んでいますと、
特に最近の論文等においては、

〇「如来様の正面性」
〇「三相(諸根悦予、姿色清浄、光顔巍々)五徳」


の二点に焦点を絞られてきておられるように思われます。

また、最初に引用しました聖者の御言葉を、
特に修行実践上、ことのほか重要視しておられるように思われます。

「如来様の正面性」については、善導大師の金言がございます。

「仏身円満無背相(仏身円満にして無背の相なり)
十方来人皆対面(十方より来る人、皆対面す)」(善導大師「般舟讃」)


「平面に描かれた雲上の三昧仏様」

の有意味性について何点か考察してきました。

(参考)
「弁栄聖者が描かれた「三昧仏様(お絵像)」についての一考察」
「雲上半身の三昧仏様について」の考察
「弁栄聖者が三身四智の仏眼により三昧直観された、大ミオヤの御姿(霊相)の真相について」

まだ忘れてはならない点があります。
その一つが、修行実践に関わる重要な点です。

示唆に富む逸話を思い出しましたので、記します。
杉田善孝上人のお話しです。

伝統的な浄土宗のお寺のご住職で、光明主義に好意的な方が、
全てお任せしますのでどうぞご自由にお使いくださいと、
お別時用に本堂を貸してくださったことがあったそうです。

お別時の準備が始まりますと、
本堂のご本尊である仏像の前に幕を張り、そのご本尊を隠し、
そこに、弁栄聖者が描かれた

「平面に描かれた雲上の三昧仏様」

をお掛けしたから、大変です。

その行為に驚かれたご住職は抗議的な行動に出られたそうですが、
「全てをお任せする」と言った以上、
気の毒なことに、ただ、黙ってみている他なかったそうです。

お別時が始まり、
その「平面に描かれた雲上の三昧仏様」を御本尊様として仰ぎ、
お念仏していたところ、その意味が腑に落ちたというのです。

お分かりになりますでしょうか。

立体的な仏像を、真正面以外から拝すると、
その拝む者にとってはその仏像を「真正面に拝することができない」のです。
しかも、立体的な仏像には「陰影」があります

そのどちらも、「生きた如来様」の実態に即さないことになりますし、

何よりも、光明主義念仏の特徴である

「真正面に如来様」をお慕い申しながらの「憶念口称念仏」

がなかなか容易にはでき難いのです。

ここでご注意していただきたいのは、
立体的な仏像の価値を低く見ているというのではありません。

実際に「実験」されてみられると合点がいかれると思います。

「平面に描かれた雲上の三昧仏様」

もさすがに、善導大師の金言のように、
四方八方から「真正面」には拝むことはできませんが、

「三昧仏様の大きさ」とその「三昧様との距離」にも左右されるとはいえ、
立体的仏像に比べると相当な範囲において、
その「三昧仏様」を拝む者がそれぞれに、

「如来様を真正面に拝する」ことができます。

このことは、弁栄聖者の実にお慈悲の配慮に満ちたものであったことが分ってきました。

最後に大事な点を少々。

「「凡てを大ミオヤに、おまかせ申し上げる」という気持は
よほど発達してからでないと出来ん。」
(『田中木叉上人御法話聴書』冨川茂 筆記)


「弁栄聖者より大谷仙界上人に賜わりしお慈悲のたより」の
「うつり」には、「写り」、「映り」、「移り」という意味がかけられている。
(河波昌上人)
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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