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2012-07-27

「いともいとも大いなるかな天地に みち足らひたる大みすがたの」(跡見花蹊)

前回少しふれましたように、
花蹊女史は、笹本戒浄上人のご指導のもと、
法華信仰から光明主義の三昧念仏に精進され、
大変尊くして尊い「霊夢」を体験されました。

『笹本戒浄上人全集 上巻』には、
「見仏無生」の証得体験として、この御歌が解説されていますが、

大正12年(1923年)八月二十七日の日記
(『跡見花蹊日記 第四巻 自 大正三年 至 大正十四年』)には、

「此朝二時頃、夢に宇宙一はいなる大 的なる御仏を見奉る。
御体御肉ハ清くふとき奇麗なる御肉にて御座体にて、
かしこしとも有りかたしとも言語に堪えたり。

御名を呼て逢奉るみすかたは宇宙全体満ち足らひたる

と記されています。

ここで、注目されることは、

「念仏→無生」

つまり、禅でいわれる「見性体験」が得られていることです。

最晩年の『日記』を読んでいきますと、
霊夢を頻繁にみられています。

また、驚くべきことに、この見仏体験は、
光明主義の(憶念口称)念仏三昧の修養をされ始めてから、
まだ一年程しか経っていません。

これには、女史のそれ以前の熱心な法華信仰などの功徳あってこそと思われます。

「霊夢」といえば、
鎌倉時代の『明恵上人夢記』が知られています。

ユング心理学者の河合隼雄著『明恵 夢を生きる』が、
大変興味深く、また示唆にも富んでいます。

ある時、釈迦大師の御前で夢想観を修していた明恵上人に、

「虚空カガヤクコトカギリナシ、ソノ光明ノ中二、
大聖マナアタリ現ジタマフ、歓喜勝計スベカラズ」


「皆に説法などできるのも、あの文殊顕現を見たおかげである」
と、晩年このことについて弟子たちに語ったといいます。

三昧定中にお遇い奉る如来の妙色相好身は智慧態であり、智慧と不二ゆえに

この点については、弁栄聖者は、「歓喜光」、「智慧光」に詳述されています。


花蹊女史の指導者であった笹本戒浄上人は、
女史の霊夢に対して、

「人には話さぬように」

と、誡められていたようです。(熊野好月著『み手にひかれて』)

善導大師も同様に、

「内証みだりに漏らすまじ」

と訓戒されていたようです。

信仰の大敵の一つ、「慢」の因となりうるからだと思われます。

笹本戒浄上人は、この点については、かなり厳しかったようで、
戒浄上人から、弁栄聖者の難解な書『無辺光』を理解されていると認められた、
東京の中井とき女史にも同様の訓戒をされていたと、
杉田善孝上人の御法話でお聞きしたことがあります。

また、花蹊女史は、最晩年に光明主義に縁をされ、
如来の霊育を蒙られ、
人格から角がとれ、円満になられたとのことです。

法華信仰が「法本尊」であるのに対し、
弁栄聖者が三昧直観された
「三身即一の大ミオヤ」が、人格的な「仏本尊」
であるためではないかと推察しています。


なお、『跡見花蹊日記 第四巻 自 大正三年 至 大正十四年』には、
弁栄聖者の『人生の帰趣』を宮中に献上されていたこと、
花蹊女史の田中木叉上人への御態度の変化、
聖者が妹といわれた新潟柏崎の極楽寺の籠島咲子の想い出話などもあり、
とても大変興味深い本となっています。
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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