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2019-04-30

山崎弁栄『百回忌記念 墨跡仏画集』(編集・解説 金田昭教)

山崎弁栄上人百回忌記念事業の一つとして、
山崎弁栄『百回忌記念 墨跡仏画集』が、
平成31(2019)年4月に刊行されました。

なお、近日中の山崎弁栄上人百回忌事業関連イベントは、


〇「山崎弁栄上人百回忌音楽法要
特別記念講演とシンポジウム」


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日時:5月12日(日)、13時から17:30
場所:神奈川県相模原市光明学園

音楽法要・特別記念講演とシンポジウムは、入場無料
詳細は、こちら。


〇「山崎弁栄上人百回忌記念遺跡参拝ツアー」

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日時:5月13日(月)、7時~16:30


〇「行誡と弁栄展」

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開催期間:5月11日(土)~19日(日)
開館時間:平日は、14時~19時、土日は、10時~17時
場所:東京両国「回向院」
拝観料無料



【山崎弁栄『百回忌記念 墨跡仏画集』】

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◯「現代で、真に和解を生む可能性が残されているのは、
真によってでも、善によってでもなく美によってである。」

(若松英輔著『岡倉天心『茶の本』を読む』)

◯「美の中に、真と善が籠もっているのが、極楽の功徳荘厳である。」
(冨川 茂筆記『田中木叉上人御法話聴書』)


初めに、
約六百頁の労作、山崎弁栄『百回忌記念 墨跡仏画集』を編集された、
金田昭教師にお礼を申し上げます。

今回の大作、山崎弁栄『百回忌記念 墨跡仏画集』のご紹介は、
なかなか容易ではありません。

今まで、弁栄聖者の『遺墨集』といえば、
山本空外編『弁栄上人御遺墨集—六十周年記念— 』が知られていました。

また、弁栄聖者関連の調査資料としても、
価値が高かった書籍として一般に知られていたのが、
〇田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』
〇山本空外編『弁栄上人書簡集』
でした。


今回の山崎弁栄『百回忌記念 墨跡仏画集』は、
一般的な図録の範疇には、とても収まり切らず、
画期的な様々な趣向が凝らされています。

それらの特徴点を列挙し尽くすことは、とても出来ませんが、
幾つかの特徴点を列挙し、その補足説明をいたします。

〇「山崎弁栄上人の墨跡仏画が1000点も掲載されている。」
平成26年1月~31年2月まで、
主として、231ヶ所もの実地調査を基にしたものであること。
おそらく、空前(であり、絶後であって欲しくはない)であろうと思わわれます。
「編集後記」によれば、これでも、
まだ未調査の地域、諸事情によって未調査の寺院等があるといいます。

弁栄聖者の光明主義の教義内容を、
書籍等から学ぶのはなかなか容易なことではありませんが、
今回の多種多様の墨跡仏画を眺め、感じ、
参考として解説を読んでいくことで、
例えば、光明主義の教学上極めて重要かつ難解な用語の一つである、
「超在一神的汎神教」。
これらの光明主義の教義内容も、
墨跡仏画を通して、直感的に、おおよその把握が可能
となるのではとも考えられます。

山崎弁栄『墨跡仏画集』は、
「言葉で説かれていない現代のお経。」
とさえ云い得るかもしれません。

理性と感性を峻別し、理性を偏重する現代の風潮は、
現代社会の偏向に過ぎない
のかもしれません。

また、
山本空外編『弁栄上人御遺墨集—六十周年記念— 』の様な、
いわゆる"弁栄聖者の遺墨仏画の傑作選"ではなく、
多種多様な、敢えて言えば、まことに不遜ながら、
芸術的観点からは決して優れた作品ではないものも掲載されています。
正にその点も、今回の優れた趣向の一つと考えられます。
金田師の「染筆の念い」と「編集後記」に記されていますが、
弁栄聖者の「結縁」の意図を汲み取られてのこと。


〇「多種多様な興味、関心等に応じ得る墨跡仏画集である。」


〇「墨跡仏画には、それぞれ詳細な解説が付されている。」
ここに収録された弁栄聖者の墨跡仏画は、
眺めているだけでも、とてもパワーが感じられますが、
詳細な解説が、それぞれの遺墨に記されており、
「弁栄聖者の染筆の念い」を受け取る上で、
直接的、あるいは、間接的に参考になると思われます。
もちろん、編集者とは違った捉え方も当然ありえます。
唯一無二の正解はないからです。
ここに記されたエピソードには典拠が明示されており、
しかも、その典拠資料が、現在ではほぼ入手不可能な類いのものも多く、
この点からも大変貴重な本。


〇「詳細な資料に基づき作成されている。」
根拠となっている資料等をご覧になれば、
この資料収集とおそらくそのデータ化だけでも、
膨大な労力と時間を要したことは容易に推察されます。


〇「学術的研究書としての価値のある資料でもある。」

実証的文献記録資料としても位置付けられる点。

田中木又著『日本の光(弁栄上人伝)』は、
名著として知られており、
また、山本空外編『弁栄上人書簡集』は、
弁栄聖者、光明主義研究における重要な学術研究書ではありますが、
やはり、その一部であり、
『ミオヤの光』、田中木叉編纂『弁栄聖者光明体系』等も、
あたかも親鳥があちこちで生んだ卵を、
大変な時間と労力をかけて、
全国から木叉上人が収集された弁栄聖者の遺文集
であり、
光明主義、弁栄聖者研究における必読書ではありますが、
その遺文の成立年代が判断し難く、
諸事情により、その人物が明確ではなく、
しかも、ごく簡潔に記されている点がありました。
ところが、
今回は、弁栄聖者御遷化後百年の『墨跡仏画集』であり、
金田師を中心とした調査員方によって、
また、現地の方々の協力等によって詳細が判明しつつあり、
個人名が特定され、今回発表されたことにより、
その方とゆかりのある方はもとより、
田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』 等が、
より身近に読めるようになるのではと思われます。

弁栄聖者の直弟子方、聖者に直接お会いした方々、
その直弟子方にお会いした方々も
ご高齢になっておられる現状等
を勘案しても、
今回の様な趣向の本が、弁栄聖者百回忌の折、出版されたことは、
まことに百回忌記念に相応しく、また時期相応でもあり、真に喜ばしい限りです。

更には、
福田行誡上人渡辺海旭上人の新資料発見などは、
浄土宗及び近代仏教史上における、
弁栄聖者の位置付けを再考する契機
ともなるでしょうし、
また、数々の新資料も記載されていますので、
弁栄聖者、光明主義理解の上からも、益すること大です。


〇「弁栄聖者遺跡巡り(巡礼)の手引書」
この『墨跡仏画集』には、
弁栄聖者関連のエピソードが豊富に記載されています。
その記述の中に、弁栄聖者の遺跡巡り(巡礼)に役立つ情報も含まれています。
この度、東京両国で開催される「行誡と弁栄展」には、
特別記念の御朱印を用意されているようです。


〇「山崎弁栄『百回忌記念 墨跡仏画集』も、一里塚であること。」
空前の大作、労作ではありますが、
これを機縁として、
この『墨跡仏画集』をご覧になった方が、
「今度は、各々のやり方、在り方で、
この『墨跡仏画集』を更に深化、発展させていかれること。」

このことが、編集者である金田師の願いでもありましょう。
更にまた、
新たな弁栄聖者に関する情報等が金田師に寄せられ、
この第二弾が発刊されたら素晴らしいことだと念願いたいします。


主たる特徴点は以上の点かと思われますが、
信仰実践上等に関することにつきまして、若干補足いたします。

〇「多種多様な仏画、特に三昧仏画があること。」
弁栄聖者のご指南に従い、実際に念仏をする際に戸惑うことの一つは、
「どの三昧仏画を、自分の念持仏として定めたらよいか」
ということかと思われます。
今回の『墨跡仏画集』には、多様な三昧仏画が掲載されており、
しかも、比較的鮮明で大きいので、
各人が念仏し易い、お慕い申し易い三昧仏画を選び、
カラーコピーしての個人活用
が可能な点があります。

実際には、念仏を一人で実践するのはなかなか難しいものだと思われますが、
先ずは、光明主義の概略を知りたいという方には、
山崎弁栄『人生の帰趣』をお勧めします。

また、光明主義の主要な特徴点がまとめられた、
一般に入手可能な本としては、
光明主義を熱心に研究されている在家信者佐々木有一氏の、
佐々木有一著『近代の念仏聖者 山崎弁栄』を、
念仏実践の方法論、念仏による霊育過程等を知りたいという方には、
弁栄聖者の高弟である笹本戒浄上人のご指南等を中心に佐々木氏が考察された、
佐々木有一著『山崎弁栄 弥陀合一の念仏』の本が、
光明主義の奥深さを垣間見ることの出来る書としても、
ご参考になるかと思われます。
なお、
"念仏による霊育過程等"に関する本では、
弁栄聖者が自内証に基づき、
法然上人の霊育過程等を説かれた"稀有の書"
山崎弁栄述『宗祖の皮髄』は、特にお勧め。

また、
阿弥陀如来を大ミオヤ(御親)と云いながら、
どうしてこのような多種多様な御姿があるのだろうか?
という疑問を持たれた方は、
弁栄聖者著『無辺光』の「成所作智」を是非お読みください。
更にまた、
超在一神的汎神教と云いながら、
「描かれている画は、仏教の仏菩薩の姿が主ではないのか?」

「仏教徒が、その瞑想的ヴィジョンにおいて、
キリストやマドンナをみないのはなぜだろう、
とカッバーラー学の権威ゲルショム・ショーレムが問うている。」

(井筒俊彦著『意識と本質』)

と同様の疑問を持たれた方もきっとおられるかと思われます。

「報身仏には本より人格的の御姿在します」の真意とは、
「私共の心念に応じて、目的論的に自由自在に、
隠顕出没する無限の変化極まりない、
※ 無量無数の御姿を持った、
絶対無規定の不識的絶対的精神態
。」


※ 「無量無数の御姿を持った絶対無規定の不識的絶対的精神態」とは、
「無量無数の御姿を顕現される御力を本来お持ちの、
他から規定されず独立自存である本有無作の妙色相好身」
と一応定義できると考えられます。
弁栄聖者の大ミオヤ観の最大にして最高最深
「本有無作の三身即一の仏身論」。

したがって、
大ミオヤは、キリスト教徒にはキリスト教的な心霊差別現象を顕現されますが、
応身仏釈尊を教祖と仰ぐ仏教徒には、
その私共の宗教的信念等によって、
大ミオヤが、インド風、東洋風に、
"釈尊と即一の阿弥陀如来の尊相"を以って、
心霊差別現象を顕現されるのは、
理にも適い、心情的にも受け入れ易い
と思われます。

【参考文献】
『辨榮聖者 光明主義玄談 巻三 笹本戒浄上人述 泉虎一記』
2019年4月8日発行、二千円(送料別)。
一巻~二巻は既刊。四巻まで発行予定。
hirasawa@hanzomon-m-clinic.jp 宛にメールでも、注文可。


後日、この本もご紹介したいと考えています。
光明主義または宗教の"奥義"が説かれた書であるゆえ難解、
かつ、特に、通仏教、浄土宗乗に精通した方には、返って躓きとなりうる書。
また、読解に、文体のなれとある種の技術が必要な書との印象があります。


〇「弁栄聖者の利他行の在り方」

「最深の神秘的人間はまた最深の行動的人間である。」
(「神秘主義の形而上学」『吉満義彦全集』第四巻)


「上人は「知識(みちびくひと)は月を指す指です。
月さえ見れば指に要はない。とかく月を忘れて指に眼をつける、
月に目をつけねばなりませぬ」
といって雲上の如来尊像を書いてくださった。」

(田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』)

まことに、ご教示の通りです。

一方で、
「法いかに尊くとも伝弘人を得ざれば大法は泯絶せん。」
(「指月録」『笹本戒浄上人全集』下巻)


今回の『墨跡仏画集』に描写された、
弁栄聖者と、直弟子、信者方との交流のエピソードを拝読しますと、
「月を指す指」の果たす役割が、
"伝道家との関係性"が、いかに重要であるか

という点にも気付かされます。

"弁栄教学"については、
最近、関連本が出版され始め、
少しずつ、光明会以外の方にも入手可能となり、
光明主義の教学内容が普及され始めたことは、
真に喜ばしいことですが、
一方で、
"弁栄聖者の利他(度生)の在り方"への言及、関心の高まりは、
これからの重要な課題である様に思われます。

この"弁栄聖者の利他(度生)の在り方"においても、
今回の『墨跡仏画集』は、大変重要な意義があると考えられます。

弁栄聖者、光明主義の教学理解においては、
光明主義関連の出版書籍等以外では、
例えば、 井筒俊彦氏の著作等が、とても参考になると考えられます。
一方、
弁栄聖者の宗教家としての在り方(度生論)に関しては、
神戸大学名誉教授の中井久夫氏の著作
また、医師としての中井氏の在り方が、
とても参考になると考えられます。

中井久夫氏は、
現在ではエッセイスト、詩の翻訳者として、
広く知られているかもしれませんが、
1995年の阪神淡路大震災時の、
"災害時のこころのケア"を主導された中心人物で、
"トラウマ"関係の良書の翻訳等を通じて、
後の災害時の"こころのケア"の基礎を提供された方。

中井久夫氏は、現代知性の中で最も尊敬し、
「中井氏なら、この問題についてどう考えられるのかな?」
と内的対話を繰り返してきた御方。

宗教家としての弁栄聖者の在り方と、
医師としての中井久夫氏の在り方には通底する部分が多い、

と考えてきました。

"臨床医学界における弁栄聖者"
とひそかに尊敬していた時期もありましたが、
後には、周囲が放っておかず、
中井氏の活躍範囲は医学に留まらず、
更に更に人間の諸活動全般に広がっていかれました。


"臨床の天才職人"とも称すべき神田橋條治氏。
氏は、ご自身の仕事を通じて、
「患者の身になる技術(法)」を身に付ける過程で、
六神通(宿命通・天眼通・天耳通・他心通・神足通・ 漏尽通)のうち、
その一部を体得されたと推察される方。
なお、六神通のうち「漏尽通」以外は、
仏道修行以外の他の修行法によっても、
体得可能だと聞いたことがあります。

「その人の身になってみるというのが、
実は批評の極意です。」(小林秀雄)

(小林秀雄、岡潔『人間の建設』)

その神田橋氏をして、

「中井久夫先生はウルトラマンである。」

と感嘆せしめています。
(文藝別冊『中井久夫 精神医学のことばと作法』
(『中井久夫著作集 第Ⅱ期 精神医学の経験』パンフレット/『「本」を遊ぶ』収録))

一見、ふざけた様な、"神田橋節"のきいた表現ですが、
極めて的確で、深い洞察に満ちた"中井久夫観"と推察いたします。

中井久夫氏の精神医学臨床の真髄を、
正確に理解され、かつ、伝達可能な言葉で表現ができ、
しかも、自身が同様の臨床レベルにおられる治療者は、
神田橋條治氏をおいて他に見出し難いのではと思われます。

その神田橋氏が、
中井久夫氏を評して、いわく、

・「光の国からぼくらのために、ぼくらの世界に来てくれた、
超常的現象なのではないかと空想してしまう。」


・「まず博覧強記風の知識の奔流に圧倒される。
だが、そうした物知り的な知識の物量は
中井先生の知の世界の本質ではないことがわかる。」


・「・・・そのようにして提示される新たな視点・新たな視界が、
先生の知の光である。
ぼくらに眩しさとめまいの超常感覚を起こさせる高次情報である。」


・「・・・四次元の構造がいつも見えている超常視覚
というのがあるのではないかと空想してしまう。」


・「知の光や感性の冴えがウルトラマンの特徴ではない。
そうした能力を駆動しているありよう、
「仁」と「義」を中心に置いたありようが、
ウルトラマンの特徴であり、
ぼくらが「ぼくのウルトラマンだ」と
心を寄せ声援をおくるゆえんである。」


・「だが、そのありようゆえ、
ウルトラマンは限界まで力を出し尽くしてしまう。
・・・しばしばカラー・タイマーが点滅する痛々しさが、
声援を切ないものとする。」


・「「ウルトラマン!もういいから、
早く、光の国に帰って、エネルギーをもらって、
またぼくらのところにかえってきて」とこころの中で叫ぶ。」


まさに、
弁栄聖者が体得された、法身と報身の「四大智慧」の内、
"報身"の四大智慧と相即した"法身"の四大智慧の、
すなわち、自然界に働く「大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智」
体得者、実践者としての特性(徳性)を、
中井久夫氏に見る思いがいたします。

また、
中井久夫氏の治療理論は、体系化され難いと言われています。
この点も、弁栄聖者、光明主義教学の特徴を彷彿とさせます。

中井氏は、現在、八十五歳で、
既に臨床の実践からは身を引いておられますが、
古来から敬愛の情を込めて云われる"名医"とは、
正に、この様な方を指すのではないでしょうか。

「教養とは、生活秩序に関する精錬された生きた智慧。」
とは、小林秀雄氏の言葉。


中井久夫氏と同様の感触を抱かせる人物として、
作家の司馬遼太郎氏が想定されます。

お二人に共通した最大の特徴点は、
"人間通"ともいうべき深い人間洞察に基づく、
その在り様
かと思われますが、
弁栄聖者の直弟子の中では、
田中木叉上人が思い起こされます。

臨床心理の領域においては、
大正大学カウンセリング研究所特別顧問、
"臨床心理界の中井久夫"とも称すべき村瀬嘉代子氏。
医師の様な守りが少ない分、
とても"肌理細やかな行動の人"

村瀬氏は、
ご自身の心理臨床を、"統合的心理療法"と定義されています。

中井久夫氏とも通底すると思われる点を列挙しますと、

・「理論と実践、かつ、生き方が高次の次元で一致。」
・「智に即した慈悲の実践者。」
・「教条的な理論からではなく、現実を重視する臨床姿勢。
つまり、"事"から"理"を導く帰納的思考の重視。」
・「患者、クライエントの症状、問題行動の中に、
建設的な意味を読み取り、それを活用しようとする姿勢。」
・「真の意味でのリアリスト。
現実の真(深)相を透徹する眼力、臨床眼を持つ。
特に中井氏の場合は、透徹した観察眼に基づく、
精神現象、身体現象、出来事等の
年表、グラフ、表、図等の緻密な作成、比較等によって、
布置、共時的現象を可視化させ、
その意味を読み取り、
柔軟に、創意工夫、発想・着想する姿勢。」
・「人として誠実にして、謙虚。
人間にはどうしても避け難い増上慢・卑下慢という、
治療者、セラピストのナルシシズムが極めて希薄な稀有な存在。」


既にお気付きの様に、
弁栄聖者ともかなり重なり合う特性(徳性)。

更に、もう一点付け加えるとすれば、

中井久夫氏、村瀬嘉代子氏とも、
料理が上手である
という点が挙げられるかと思われます。

弁栄聖者の最晩年に約一年あまり随行され、
聖者の御法話記録等を残された、
中井常次郎氏の書名は、『乳房のひととせ』

若松英輔氏は、
イエスの最後の晩餐、ミサにおける葡萄酒とパンと、
料理研究家の辰巳芳子氏の活動に着目されています。

ちなみに、中井常次郎氏と中井久夫氏とは、
何らかの関係がありはしないかと。。。

中井氏の専門書はかなりの量ですが、
中井氏が患者さんに出された手紙、ハガキ等は、
その量を上回るとさえ言われています。

弁栄聖者の『お慈悲のたより』を彷彿とさせますが、
何よりも驚くのが、
患者さんが、伸びやかで萎縮していない(星野弘談)という点です。
治療者⇔患者関係に不可避的に伴う“不平等性“への、
意識的無意識的な配慮
をされているのでしょう。
また、興味深いことに、
往診先(村瀬氏の場合は訪問先)で、
その家のペットがなつく
ことです。
中井氏が、真の法身平等性智の体得者、体現者と表現した所以です。
なお、弁栄聖者の場合は、ねずみ、子犬、猿、蛇などでした。

ここ数年の間に、"中井久夫入門書"が、出版されています。
〇『中井久夫の臨床作法』
〇文藝別冊『中井久夫 精神医学のことばと作法』
中井久夫氏をまだご存じない方で興味関心を持たれた方は、
ご覧になってみてください。


なお、
大正大学学長を務められ、
また、大正大学カウンセリング研究所を創立、初代所長でもあられた、
知恩院第86世門跡 中村 康隆上人が育ったお寺は、
静岡県静岡市清水区の「實相寺」

中学生の時に、祖母に連れられ、弁栄聖者ご指導の唐沢山別時に参加され、
「生意気盛りの私は、当時の社会風潮のまま、
坊主など葬式法事屋にはなりたくないと思っていたのであるが、
・・・暗中かすかな蝋燭のあかりに、
上人が後光に包まれている様を感見し、
生涯私も念仏専修の僧になろうと決心したことであった。」

(参照:山崎弁栄『墨跡仏画集』の293頁)

清水区の「實相寺」とは、
慧月夫人が、弁栄聖者のご指導を受けられ、
聖者から頂かれた三昧仏様をじかに畳の上に置いて、
それを眺めながら念仏をしていたお寺。

その時の、聖者の慧月夫人へのご指導内容とは、

「御絵像を何時も何時も放さず持って居て
間がな隙がな慈悲の御顔を拝んで
お念仏を絶やさぬ様になさい。
尊い如来様のお姿だからと云って
仏壇に仕舞い込んで仕舞ったりしては
返って勿体ないことになります。
喩え畳の上にじかに置いても、
何時も身近に持って居て拝んで居る様になさいませ。」


この慧月夫人の弁栄聖者のご教示を聞かれた笹本戒浄上人が、
「これはもう実に三昧証入の大達人にして初めてなし得る
慈悲の籠った見事な御済度である」
と感嘆されたという逸話はよく知られています。

また、弁栄聖者と大正大学との因縁は深く、
現大正大学の前身である浄土宗本校の設立は、
弁栄聖者の勧進による貢献が大きいです。


最後に一点、是非付け加えておきたいことがあります。

2011年3月の東日本大震災以降注目されつつある、
東北大学の岡部健医師の念願であった、
「臨床宗教師」に関することです。

医師である岡部氏の往診先の看取り時における、
「お迎え現象」の体験が基になっているようです。

浄土宗史上、災害時の救助活動の実践者としては、
「布施の行者」颯田本真尼が知られています。
(参照:『墨跡仏画集』の340頁)

「臨床宗教師」の理解について、
詳細な内実を存じ上げませんので、
誤解等があればお許し頂きたいのですが、
『墨跡仏画集』に描写されている数々の、
宗教家としての弁栄聖者の在り方が、
重要な"モデル"となりうる
と考えています。


「人間は悲しいことに出会ったとき、
悲しみをともに分かってくれる人がそばにいないと
本当に悲しむことができないものである。」(土居健郎)



〇 「超在一神的汎神教」に基づく仏神観であること。
→ 最高最深の三身四智の仏眼に基づき、
宗派宗教の現出する根源における仏神観であるため、
宗派宗教の特徴を真に生かし得ること。

〇「自他不二の在り様(自覚)に基づく活動」であること。
→ "自他不二性"の自覚無しには、他者の援助等はできないと考えられるため。
ただし、"自他不二性"とは、理想的な援助者の在り様である。
との絶えざる自己内省的自覚を伴いつつ。

〇 「援助者自身が深い宗教性と繋がっていること。」
→ 災害時の援助で配慮すべき重要事項の一つは、
援助者の無力感と被援助者に対する罪悪感よる、
援助者の心身が被る傷への配慮。

援助者の心身の健康性の維持のためには、
援助者自身が心身のエネルギーの供給を受けていることが大前提。
つまり、援助者には援助(者)が不可欠であること。
弁栄聖者にとっては、「大ミオヤ」からの心身魂霊性への「霊養」。

〇 「人力に依る救済ではなく、被援助者自身の宗教性を活性化させる点」
→ 弁栄聖者が伝道上、最重要視されたのは、
各人が、「大ミオヤ(如来)」と直接に結び付くための「お使い」
であるとの自覚でした。

〇「一人一人に個別に寄り添う忍耐強い在り様」
現代の‘’効率性、有用性偏重”の風潮から最も縁遠い活動ゆえ。
専門性が必要とされるのは、この専門技術ゆえかと推察されます。

〇 「現世と来世」、現当二世を見通す眼力が求められること。
→ 宗派宗教の教義等に基づく「来世観」ではなく、実体験に基づく深い確信に基づくものであること。
ただし、宗派宗教に基づく、個別性、特殊性には自覚的抑制的に。


あまりにも高過ぎる理想と映った方も多いかと思われます。
確かにその通りかと思われますが、
弁栄聖者の様な“理想像を具体的に思い描いてみること”も、
大切な事かと考えます。


この『墨跡仏画集』が、
様々な連想を刺激しますので、
記事がだいぶ長くなってしまいました。

編集者の金田昭教師は、
弁栄聖者、光明主義の資料の収集等、
田中木叉上人、吉松喜久造氏をはじめ先達からの
バトンを引き継ぐ役割を果たされ続けておられるようです。

今回の大作、山崎弁栄『百回忌記念 墨跡仏画集』のご紹介を終えるにあたり、
金田師が最後に記された言葉で結ばせていただきます。

「大恩師父仏陀禅那弁栄聖者百回忌上酬慈恩」
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テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

2019-04-03

『辨榮聖者 光明主義玄談 巻二 笹本戒浄上人述 泉虎一記』について


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『辨榮聖者 光明主義玄談 巻二 笹本戒浄上人述 泉虎一記』
2019年1月11日発行、二千円(送料別)。
順次、三巻~四巻を発行予定。
hirasawa@hanzomon-m-clinic.jp 宛にメールでも、注文可。

巻一については、以前ご紹介しました。

本書は、弁栄聖者、光明主義の「奥義書」とも言うべき内容の本ですが、
劇薬ともいうべき内容、表現が含まれているため、
「服薬の際の使用上の注意」が必要な、
"取扱注意の書"に類する本と云えるかもしれません。


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【笹本戒浄上人(1874~1937)】

田中木叉上人は、

「華厳絶対法相相対」

と、戒浄上人を批判されたことがおありになったそうで、
このことが、心の片隅に引っかかっていましたが、
本書を読み、胸のつかえが取れた気がしました。

戒浄上人ご生前中のご説法は、
「真実の自己」を中心とした、
如来四大智慧の一面である「平等性智」を、
ご法話上ではよく説かれており、
その在り方が、
弁栄聖者の御遺稿を編纂されていた木叉上人の眼には、
「師匠と弟子との相違」と映られたと推察できました。

ちなみに、
戒浄上人は、自覚的にその様にされておられました。

一つは、
弁栄聖者から、
「笹本の「覚(わか)り」は、
如来の平等性智を説いたものだ。
よくぞやった。」
とお褒めの印可をいただかれたこと。

二つめは、
修道論上からで、
五根五力の修行から択法覚支へ移る時の念仏が、
正しく容易にできるようにするために、
極めて大切なところ、
「自然界と心霊界をつなぐ唯一の橋渡し」のため。

また、
泉虎一氏の執拗な確認、問いに答えられ、

「私も弁栄上人の真似をさして頂いて
適当に方便を用いております。」

と、戒浄上人ご自身仰られています。

蛇足で恐縮ですが、
「方便」とは、
「うそ」ということでは勿論なく、
"真理"に導く為の、
その導かれる方にとって、その時点における"最善の真実"の意。


ここで、思い出されることがあります。

弁栄聖者の御遺稿を編纂された木叉上人が、
「弁栄聖者の方便説を除き、真実説のみを残した方がよいか。」
とお尋ねになった際、
「両説を残しておかれるように」
と戒浄上人は御教示されたとのこと。

方便説、方便説と真実説の混合説、真実説のみ、
この三種類の説が混在して説かれている弁栄聖者の御遺稿
を拝読する際に、
「見性の眼」(真実説を選び取る択法の眼)を得る様に努めることにより、
真実説が末永く残ることになるからとのこと。


本書に記されている戒浄上人の泉虎一氏への口伝、直授
"戒浄教学"を学ぶ際には、
"戒浄上人ご在世中のご自身の在り方、在り様"と、
"純粋戒浄教学(主義)"

この両側面に留意して、学んでいく必要があると痛切に感じました。

戒浄上人御在世中の実際の御教化の在り方、
即ち、衆生済度の在り方は、
必ずしも、「直線道」一辺倒ではなかった。


つまり、
戒浄上人ご自身も、
弁栄聖者とご同様、"宗教家"の側面がおありであった、
と本書で詳しく知ることができました。

ここでいう"宗教家"とは、
自内証の"真理"を説くことを最重要視するのではなく、
衆生済度の為に、"方便"も説く在り方(在り様)。

このことは、
本書の読者には、特に強調し、ご留意して頂きたい点です。
本書における泉虎一氏の表現、その劇薬への懸念ゆえ。


更にまた、本書により、
杉田善孝上人の御法話から受ける戒浄上人の印象と、
泉虎一氏から受ける戒浄上人の印象との差、

この違和感の謎もとけた気もいたしました。

とはいえ、
戒浄上人には、
弁栄聖者の真精神を伝えるという使命がおありになったので、

「木叉先生はよく
「(弁栄)聖者の皮肉骨髄の髄を承けていられるのは戒浄上人だ。
しかし上人は髄ばかりを説かれる。
もっと応病与薬のご説法をして下さるとよいのだが」
と昭和三十年代終わり頃までよく仰言った。」
(「戒浄上人と田中木叉先生」『「笹本戒浄上人伝」笹本戒浄上人全集 別巻』)

という木叉上人の逸話からも、
戒浄上人は、「弁栄聖者の念仏の真髄(見仏」)を強調されていたことが推察されます。


本書の特徴として、
更に、興味深いことは、
光明主義を信じる困難さ、難点の理由が率直に述べられている点です。

「現代の原始仏教の学者が
誰一人として異存なく釈尊の直説法を正しく伝えたと信じております
成立の最も古い原始経典のどこにも、
弁栄上人の御教え通りの三昧を釈尊が得ておられた事実は
明記してありません。」
し、

また同様に、
「善導大師、法然上人が最晩年に三身四智の仏眼を得ておられた事実も、
御自身の著述、直弟子への直説法のどこにも明記されていません」。


「しかし真相は弁栄上人の御教え通りであります。
弁栄上人の真精神通りに念仏して仏眼を得れば、
一切の人々が、真相は弁栄上人の御教え通りであることを認識できます」
と。

この戒浄上人の御教示の真偽の判釈には、
判釈者が、「仏眼」を得ていることが大前提となります。

より厳密には、「三身四智の仏眼」です。


「私は経文によって演繹的に説くのではない、帰納的に説いておる。」

この言葉は、弁栄聖者の戒浄上人への、
光明主義の理解上、極めて重要な御教示ですが、
本書にはそのことを証する逸話が記されています。

専門家の歴史的研究によりますと、
『仏説無量寿仏名号利益大事因縁経』は後世の偽作である、
偽経である、といわれておりますが、弁栄上人は、
「偽経であっても如来様の御教えを正しく伝えておるものは用いる」
と申されて引用なさいました。」


また、本書には、
文献学的にはうかがい知る事の出来ない法然上人の御境界に関する記述もあります。

「法然上人が最晩年(御遷化の数年間)に三身四智の仏眼を得ておられた」。

このことは、
『選択集』及び『三昧発得記』を法然上人が執筆した当時は、
三身四智の仏眼の境界ではなかったことを意味し、
法然上人の二祖聖光(鎮西)上人への直授は、
法然上人が『選択集』、『三昧発得記』を記された時期とほぼ重なることになります。

したがいまして、
光明会内にも、
伝統的な浄土宗乗から、更には、原始経典等の研究者からも、
必然的に、戒浄上人への批判が起こったようです。

本書には、
光明会内の、原始経典を重要視する某(K)博士の批判が引用されています。

その某(K)博士は、
文献学的、学問的観点等から、
通仏教の「縁起」、「空」を最重要視され、
したがって、必然的に、無相法身を最終根底とするお立場から、
弁栄聖者が最重要視された「見仏」を相対化されたようです。

本書では、某(K)博士を批判されていますが、
某(K)博士のご見解は、
通仏教の知識を持つ、大方の現代人の常識的見解であるとも考えられます。

弁栄聖者は「見仏」を強調され、
また、その「見仏」の意義を深く悟られた戒浄上人

「見仏」とは、
通仏教で説かれる、
"無相法身を悟るための善巧方便"では全く無く、
大宇宙の真相である、"本有無作の三身即一の大ミオヤ"と三昧合一する為の、
三身四智の仏眼に於ける三昧上の認識から帰納的に導き出された、
即ち、最深の仏身仏土論から必然的に導き出された"絶対中心道"。

本書で説かれる「直線道」の真意と思われます。

"「直線」道"という誤解を与えかねない言語表現に関しては、
表層的な印象、理解にとどまることのなきよう、切に望みます。

木叉上人は、
「光明主義は忠実にさえ研究すれば、学問の上からだけでも信じられるが、
それには相当な学問が要る。」(冨川茂筆記『田中木叉上人御法話聴書』)

と仰っています。

木叉上人の云われる「相当の学問」とは、
自然科学、哲学、思想、宗教学等の最先端の領域の学問的知識であり、
大部分の者には大変困難であると思われます。

光明主義が信じうる宗教かを検証するための、
一般に接近可能な方法の一つは、
弁栄聖者の行状記等の研究が推奨できます。
幸い、聖者の伝記には、 田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』があり、
御遷化が大正期であり、史実に基づくもので、
この事実だけでも、大変貴重な書だと思われます。

もちろん、「十二光体系」の研究は不可欠ですが、
大変奥が深く難しいものですので、
弁栄聖者がどれほど信じるに値する方であるかを確かめるには、
聖者の伝記を読まれることをお勧めします。


本書を読まれる際の留意点は、
まだある様に思われます。

本書を注意深く拝読しますと、
微妙な表現がなされていることに気づかされます。

例えば、
「開示悟入それぞれの満位」の項目において、
「慧眼、法眼。仏眼の無量無数の三昧世界に
便宜上一往の区切りをつけて、」

また、
「私共の信念に報いて目的論的に私共をお育て下さいます事実を、
私共の方から見て自作自受といいます。他作自受とは申しません。」
などの表現があります。

前者は、
「仏眼における開示悟入」と「七覚支」の関係について、
を、定覚支、感覚的啓示の満位、
を、捨覚支、写象的啓示の一往の満位、
を、念覚支、理想的啓示の満位、
を、三身四智の仏眼、その満位を認識的一切智。超日月光位。

と、大ミオヤによる霊育過程を説かれています。

ところが、
「示を捨覚支、写象的啓示の一往の満位」と表現されているように、
写象的啓示の一部は、喜覚支において明確に自覚できると推察されますが、
その満位は、厳密には捨覚支であるとは云えないということが、
この「一往」には含意されていると推察されます。

また、法眼と慧眼とは認識機能上、区別されており、
無称光位の七覚支における霊育の内、
主として、喜覚支と軽安覚支において顕在化される認識機能であり、
喜覚支と軽安覚支における法眼と慧眼の霊育過程は、厳密には判別し難いと推察されます。
喜覚支、軽安覚支それぞれにおいて、
法眼と慧眼が、それぞれ全く独立してお育てを頂くとは考え難いです。

大ミオヤの真相が、
無相即有相、有相即無相であり、
自然界と心霊界の両面を統摂する絶対中心である、
大宇宙全一の重々無尽の絶対的現象態
であるため、
心霊差別現象を認識する法眼のお育てを頂いている三昧状態においても、
慧眼のお育ても、同時に不識的に頂かれているからこそ、
光明主義の「起行の用心」に基づく念仏では、
心霊差別現象である「霊応身」をご勧請するという信念に基づく念仏により、
無差別平等を認識する慧眼が自ずと開かれ、
先ず、慧眼満位となり、次に法眼満位となり、
慧眼と法眼が一致融合し仏眼が開かれ、
更なる大ミオヤの霊育により、
大宇宙の終局目的である「大ミオヤのお世嗣」の境界、
認識的一切智を究めていくという、
極まりなき無限向上へと導かれる、
という自然法爾の仏道
がそこに展開されると、
光明主義では説かれます。

また、別の表現では、

釈尊が説かれた人生の終局目的は、
「完全円満な霊我実現主義」、
即ち、人間に開発可能な認識機能である五眼(肉眼・天眼・慧眼・法眼・仏眼)を円満に開発・霊化し、
完全な霊的活動をする身と成ること、

にあると説かれます。


先ほどの後者に関しては、
「私共の方から見て、自作自受といいます。他作自受とは申しません。」
と、「私共の方から見て、」という表現をされています。

大ミオヤの「自発的、能動的」働きという側面から見た場合には、
「自作自受」との表現が適切であるかどうかは、検討の余地が大いにあり得ると思われます。


本書には、
弁栄聖者が戒浄上人に仰っられた、
弁栄聖者の遺言ともいうべき言葉が記されています。

「弁栄上人はこの完全な体系の中心真髄と骨格をはっきりとお教え下さいました。
そして、その肉と皮は私共が付けるように、と申されました。」

「弁栄教学」の中心真髄が説かれていると推察される、
「戒浄教学」において究明されるべき課題として、
不勉強、不遜であるとの誹りを覚悟の上で、
特に以下の点を挙げておきたいと思います。

〇「直線道」の厳密な定義と適切な表現について
〇「自作自受」の厳密な定義と表現及び、
「回向」との関係の究明について
〇「名体不離」の宗教哲学的究明について
〇「開示悟入」と七覚支及び
「度生論」との関係の究明について
〇「開示悟入」と「観念的一切智、認識的一切智」との厳密な関係について
〇弁栄聖者が三身四智の境界に到達された時期
(三十歳頃と想定されている)の解明について
〇「(浄土における)一時的な有余涅槃」の境界の究明について
〇三身即一の大ミオヤと「無明」との関係、特にその意義について



なお、念の為に追記しておきたいのですが、
今回の記事の雰囲気から、
本書に批判的であるのでは?
との印象を受けた方がおられたかもしれませんが、
全くそうではありません。

本書の価値は計り知れないものであると認識しているからこそ、
泉虎一氏のこの記述の表現形態が、
本書の熟読を妨げはしないかとの強い懸念から、
今回の様な書きぶりとなってしまいました。

掘り出し物の中から発見されたお宝の様な本書を、
熟読されることを切に願っています。

テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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