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2017-06-26

山口県大島「西蓮寺 藤本浄本上人」、「久賀 阿弥陀寺住職 松尾真善師」と弁栄聖者


前回の記事は、
山口県大島の「西蓮寺 第十九世住職」藤本浄本上人と弁栄聖者とのご邂逅が中心でした。

弁栄聖者と聖者直弟子との逸話には、
とても示唆に富みかつ興味深いものが多いですが、
藤本浄本上人に関しても、まだ幾つか記しておきたいことがあります。

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先ず、意外だったのは、
西蓮寺が、石造りの頑丈そうな建築だったことでした。

後でわかったことですが、
浄本上人ご在世中に、お寺が火事で焼けてしまう惨事があり、
そのお寺の再建に、浄本上人は大変ご苦労されたとのことです。

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一見したところ、
本堂内は、伝統的な浄土宗のお寺の雰囲気でした。

現ご住職は、第二十一世の藤本浄彦師。
浄本上人のお孫にあたられる御方。

額の書は、
向かって左が山本空外上人、右が藤本浄本上人の書。

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門をくぐって、本堂の向かって左側に、
藤本浄本上人のお墓はあります。

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浄本上人のお墓の裏側には、
浄本上人のご内室であったテル子氏のお名前が明記されていたのが印象的でした。

浄本上人は、最晩年まで、日本中を布教して回られました。
それを支えられたご内室のご理解とご協力があってこそだと思われます。

弁栄聖者も、直弟子方のご内室へ、
感謝とご苦労をねぎらわれたお手紙を幾つも差し出されていました。


【藤本浄本上人】(1879年~1971年西帰 仁寿 93歳)
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(法名 信蓮社寂誉上人向阿専念浄本大和尚)

弁榮聖者のご遷化後に、
聖者と出逢われたことを人生最大の宝として、感謝の念を胸中に、
御一生を東西奔走された直弟子方は、
意外にも、現世での聖者とのご縁は大変短いように思われます。

浄本上人は、一年と数か月ほどです。
弁栄聖者の影響力が甚大さの証左かと思われます。

◎【弁栄聖者の俤(おもかげ)」(藤本浄本上人談)】

(弁栄聖者の浄本上人へのご教示)
○「お説教などで教壇に立っても
一々その用意などはしてゆかぬ。
如来様が真正面に在してチャンとご指示下さるから


○「光明主義は善導法然の真意を現したものである」
※ 藤本浄本上人は、
内証の円満し給へる(弁栄)上人は、定めて三昧境中に、高祖や宗祖に直参して仰せられたことと思います」と。
 笹本戒浄上人は、
最晩年に三身四智の仏眼を体得され、そのご境界を外部に漏らされることなく御遷化された善導大師と法然上人。真意とは、その最晩年におけるご境界について」と。

(浄本上人)「お浄土はどのように拝めますか
(弁栄聖者)「肉の目を開くと娑婆が見えますが、
お念仏するとみ仏の相(すがた)が拝まれる。
その相約一丈余り、それに沿って荘厳が拝まれる


(浄本上人)「(弁栄上人が前もって送って下さった三昧仏様の開眼供養をして下さい
(弁栄聖者)「私は絵かきのように想像して書いたのではない。
事実在す如来様をそのまま画いたのだから開眼の必要はない
※ 杉田善孝上人のご教示によるものですが、
お別時で三昧仏様が必要になり、ある方が、浄本上人にお借りにうかがった時のこと。
浄本上人は、弁栄聖者直筆の三昧仏様が、しばしの間もお手元から離れてしまわれるを大変寂しがられ、
目に涙を浮かべられながらも、許可されました。
その浄本上人の三昧仏様へのご心情を別時参加者に伝わり、その別時は大変身の引き締まったものとなり、
二度と、浄本上人から三昧仏様をお借りすることはなかったとのこと。

(浄本上人)「十二光の説法のより処(すなわち見込み)は何処ですか」
弁栄聖者は、それを示している本(それは真言宗関係の御経である)を教えてくださったが、その本の名は失念されたとのこと。

以上、 参考文献は、『阿弥陀佛の信仰 藤本淨本遺文集 上』。


その他、浄本上人に関する逸話を少々。

○弁栄聖者にお逢いしたばかりの宗乗学者の浄本上人がご説法される前に、
聖者にご随行されていた聖者直弟子の佐々木為興上人がご説法される際に、
佐々木さん、やわらかにお説きなさい。」との聖者からのご注意。

○浄土宗乗の学者でもあり、法然上人への篤き信も深かった浄本上人でしたが、
当麻曼荼羅の権威でもあったようです。
一方、弁栄聖者の直弟子であり、聖者の御遺稿を編纂された田中木叉上人は、
これからは、お浄土は、四大智慧(無辺光)で説かねばならない」とご教示されていたそうです。

○筑後善導寺第六十五世の藤堂俊章上人は、お若い頃から、
笹本戒浄上人をとし、藤本浄本上人をとして慕われていたそうです。

○浄本上人ともご縁の深かった長野県鉢伏山お別時の導師も長年務められました。
長野県松本光明会の生み育ての親多田助一郎氏が整備された聖地の一つ。
浄本上人は椎尾弁匡博士とも親交があり、そこに椎尾博士の碑も建っています。
残念ながら、鉢伏山お別時は現在実施されていません。

この項目の最後は、杉田善孝上人のご教示によるもの。

弁栄聖者直弟子の系譜(光明主義の受け取り方)を大別すると、
「安心起行(只信口称念仏)派」
「起行の用心(憶念口称念仏、見仏)派」に分けることができる。
前者の代表格は藤本浄本上人であり、
後者の代表格は笹本戒浄上人といえる。
聖堂(杉田上人主管)は、後者である。
しかし、浄本上人は、生涯一貫して聖堂を擁護してくださった
その御恩を我々は決して忘れてはならない

藤本浄本上人の御人徳が偲ばれる逸話として、是非記しておきたかったことでした。


最後に、
「仰ぎ惟れば内証甚深く外用亦広大に、
全分度生の無我の力が
無作の精進に顕れ給ふ弁栄聖者の御一生は、
如来光明のさながらの反映に在せば、
誰か大慈悲の霊応を仰がざらむ。
誰か光明の摂化を信ぜざらむ。」
(田中木叉上人作「弁栄聖者略伝」)


まさにこれこそ、
藤本浄本上人の御生涯にわたる”弁栄聖者へ篤き信”の信仰告白。


【久賀 阿弥陀寺】

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大島にある「久賀 阿弥陀寺」。

数世代前の住職 松尾真善師の弁栄聖者の逸話も是非ご紹介したかったもの。

松尾真善師とは、
弁栄聖者の朝鮮布教時に、聖者のご説法の通訳にあたられた御方。

以下は、笹本戒浄上人「しのび草」よりの引用。

「これは私が松尾真善上人から直接承った事でありますが、
弁栄上人が朝鮮満州を御巡教中にこういう事がありました。
当時松尾上人は京城の京城学堂という学校で半島人子弟の教養に携わっておられましたが、
一日弁栄上人に講演をお願い致し松尾上人自ら通訳の任に当たることになりました。
御講演の始まるに先立って松尾さんは弁栄上人にお願い致しました。
『通訳という事は大変難しいものでありますから、
なにとぞ御講演を少しずつ区切って頂きとうございます。』と。
然るに弁栄上人の講演は、前もってお願いしたにもかかわらず、
のべつ幕なし、だらだらと、何処が頭やら尻尾やら容易に区切って下さらない
ーこれは、松尾さんが私にお話下さった時の言葉をそのまま申したのでありますー
そのため講演の要旨を箇条書きにして覚えているつもりでも
つい、大切な箇所を一つ二つ通訳し洩らしてしまいます。
すると続く御講演のまっ最初には、必ずその洩らした点を繰り返されました。
初めのうち、二度三度はさほどにも思っていなかった松尾さんも、
講演の続きを初められる度ごとに必ず今の通訳漏れの箇所の補いをされるので、
ついにはその度ごとにゾクゾクッと背に冷水を浴びる思いがしたと申します。
私が考えますのに、弁栄上人は朝鮮語をご存じなかったものと思われます。
然るに上人が、今申したように松尾さんの通訳漏れの箇所を一々補足せられたのは、
松尾さんの通訳した講演の言葉を聞いて不足を補われたのではなく、
松尾さんの念頭に浮かび来たり、浮かび去る一切のものを
上人はちゃんと直観しておいでになったという証拠
になります。
これは先ほどのパーラヤナに載っている釈尊の御内観の力と同じく
人が心の中に思うような事に至るまでのいっさいを知ろしめす
大円鏡智、妙観察智の御働きであります。」

戒浄上人のこのご記述を裏付ける参考資料があります。

「松尾は,1912年5月(※補足 閉域学堂の)校長となり,その後も長期にわたって在職した。
1921年当時の記録に,
現校長松尾真善は明治三十七年の夏に同校の教務主任として就任し,
四十五年の五月より校長となったので既に十数年の間子弟の教導に努め
」云々とある。」
(稲葉 継雄「浄土宗の旧韓国における教育活動 : ー日本語教育を中心としてー」
(『雑誌名文藝言語研究. 言語篇 巻16 67-77頁 1989-08発行))

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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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