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2016-11-28

福岡県福岡市城南区東油山 「鎮西上人霊蹟と鎮西国師学寮跡」と久留米市御井町「安養寺」


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「油山観音」

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「浄土宗第二祖 鎮西上人霊蹟」

鎮西上人は筑前の国香月の庄(北九州市)の出身で、
寿永2年(1183年)22才のときに
比叡山に登り8年間修学の後帰郷された。

その頃この油山の地は360からの僧坊があり、
九州第一の学問の道場であった。
30才の若さで油山学頭になられると、弟子たちが争ってその門に集まったといわれている。

建久8年(1197年)京都に登り、浄土宗を開かれた法然上人に出会われ、
8年間修行をし、正統を受け継ぎ、
浄土宗第二祖として、元久元年(1204年)43才の秋、
九州に帰り、筑後の国(久留米市)の浄土宗大本山善導寺(国指定重要文化財)をはじめ、
九州、四国、中国の各地に48ヶ寺を建て、大いに念仏の法を弘め、
嘉禎4年(1238年)2月現在の大本山善導寺の地で入滅された。
時に77才。

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入口から、数分ほど登ったところにあります。


「鎮西上人霊蹟」

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顕彰碑の完成は昭和4年で、

題字「鎮西上人霊蹟」は、
当時の知恩院門主 山下現有上人の筆。

裏面の銘文は、望月信亨博士の撰。

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「鎮西国師学寮跡」

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油山展望台から、福岡市街が一望できます。
特に夜景が綺麗のようです。


油山といえば、
本年6月に西化された、田中木叉上人のお弟子の一人、
工藤眞徹上人の油山如来光明園がある地。


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久留米市御井町にある、「安養寺」

浄土宗第二祖鎭西国師(聖光房弁阿弁長上人)による、
建久3年(1192)頃の開山。

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山門には、「鎭西国師千日別時念仏感應道場」の碑があります。

「千日別時念仏」の後に、
筑後の大本山「善導寺」を開山。

起行派として知られる鎮西上人ですが、
千日間の御別時とは、驚嘆です。

鎮西上人は、比叡山で学ばれ、
30才で油山の学頭を務められた程の大秀才でした。

鎮西上人が法然上人に邂逅されたのは、
法然上人65歳、鎮西上人36歳で、
法然上人の下で学ばれたのは、8年間ほど。

師匠と弟子との関係を考える場合、
お互いがいつ出逢われたのか、どのよう学ばれ方をされたのか、
ということは、とても大事なことだと思います。

『醍醐本法然上人伝記』「三昧発得記」には、
法然上人66歳時に、三昧を発得されていたことが記されています。

比叡山で天台教学を学ばれた大秀才鎮西上人が、
学行の円熟期の法然上人に、学行を学ばれたことになります。

『浄土仏教の思想』(講談社)のシリーズには、
『浄土仏教の思想 14 清沢満之 山崎弁栄」(脇本平也 河波昌 著』がありますが、

『浄土仏教の思想 10 弁長 隆寛』(梶村昇 福原隆善 著)には、
梶村氏の、鎮西上人(聖光房弁長)に関するとても興味深い記述があります。

教相判釈(略して教判)には、知的教判信仰的判断があると思われる。
法然、弁長の教判はまさにその後者であることは明らかである。
・・・弁長が法然に師事し、法然の教判を踏襲したのは、理としてのこともあったであろうが、
それよりも三十六年間の眼前の事実による判断があったと思う。」

弁長の『徹選択』で説かれる、

「念仏三昧とは、不離仏、値遇仏の義である。
・・・値遇仏の義とは、・・・刹那片時も仏を遠離すべからず。
喩へば嬰児の母を離れざるが如し。」


「仏を離れざるが故に仏を忘れず、
仏に値遇するが故に常に仏を念ずるなり。」


梶村氏は、弁長のこの論法を評して、

「たしかにこれは念仏の論理ではある。しかし、これは観念の論理ではない。
弁長が千日の別時を行い、四十八日の別時を行ったことと思いあわせると、
これはまさしくかれの体験から得た経験論理と言われるべきものであろう。」

鎮西上人が、三昧発得の聖者であられたことを思いあわせ、
大変興味深い、ご指摘だと感銘を受けました。


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「鎭西国師(聖光上人)御分骨の御廟」

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以下は、鎮西上人のご遷化近くのご様子です。

極楽の聖衆が来迎して空中に満ちている
恵心僧都の来迎讃に”念仏三昧現前す”という句があるが、
この句は肝要である」と看病の弟子に告げ、念仏の功徳を説いた。
それはまったく平常と変わることはなかった。」

今憶念すると、まったくお誓いどおりに実行してきた
善導堂の釈尊の霊像が光を放って私を照らして下さっている。」

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鎮西上人のご生涯も、「結帰一行三昧」のご一生でした。

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テーマ : 宗教・信仰
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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