2016-08-22

福岡県糟屋郡篠栗町「西林寺」と”野の聖花”荒巻くめ女



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福岡県糟屋郡篠栗町にある「西林寺」

当時、橋爪実誠上人が住職で、弁栄聖者を尊崇され、
聖者を「日本一偉い坊さん」と紹介され
心ある人に聞法を勧められていました。

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本堂の隣りには、「称名堂」があります。

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荒巻くめ氏。

一般には、”荒巻くめ女”として知られています。

光明会内では、”妙好人”の代表格として知られ、
九州光明会内では、”筑紫の聖母(聖女)”とも綽名されていたようですが、

”野の聖花”(堺静道上人)の別称が、
”荒巻くめ女”の生涯に、似つかわしいような気がしています。

”荒巻くめ女”に関しては、
橋爪勇哲著『妙好人 荒巻くめ女』
が現在入手可能で、今回の記事もこの書を主に参考にしています。


「弁栄聖者の御済度をいたゞいた妙好人が全国に多い中に、
口では法を説かずに、御つき合ひの方々を念仏にみちびかれた
報恩行のありがたい荒巻さん」


とは、田中木叉上人による、
この書の「巻末に添えて」にある”荒巻くめ女の人物評”。


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二列目中央(左から八人目)が、弁栄聖者。
左から三人目が、橋爪実誠上人。
左から五人目が、熊野宗純上人。
左から六人目が、笹本戒浄上人。
左から七人目が、藤本浄本上人。
向かって聖者の右隣りが、丹波円浄上人。
向かって丹波上人の右後ろが、佐々木為興上人。
向かって為興上人の右隣りが、大谷栄氏。

一列目、丹波上人の前が、荒巻くめ女。

弁栄聖者が、大正八年、広島県廿日市にて、
聖者のご高弟の一人佐々木為興上人の潮音寺で別時念仏会を指導をされた時に、
「念仏三十七道品」を講述されました。
その時の記念写真。
錚々たる方々が参集されています。

このお別時には、わざわざ神奈川県横浜から、ご高弟の笹本戒浄上人を呼ばれたほどの大事なお別時でしたが、
まことにありがたいことに、
丹波円浄、橋爪実誠両上人による筆記録が残されています。

 
荒巻くめ女は、1854年~1925年の方ですので、
ほぼ弁栄聖者とは同時代を生きられた方

55歳の時には、
西林寺にて、山下現有大僧正による五重に参加し、受戒を受けられました。

61歳の時、大正2年に
西林寺にて、聖者とご邂逅

「法の親の乳房を分つ篠栗の
わがともだちのなつかしさ」(弁栄聖者)


65歳の時には、
ご縁の深かった中川弘道上人の殊林寺の本尊一千日朝詣りを始められました。


また、くめ女は、
西林寺の住職の橋爪実誠上人と専福寺住職の丹波円浄上人ともご縁が深かったようです。

佐々木為興上人からは、十二光の礼拝を教わり、一人でよく行じられたようです。


”念仏婆ちゃん”くめ女は、”文盲無学”と云われていますが、
信仰に関する歌が数多く残されており、
くめ女の悟境の深さをうかがわせる歌、逸話は、
とてもありがたいものがあります。

くめ女と大谷仙界上人との御法縁は、ことのほか深く、
お二人の法縁の在り様、個性の色濃い逸話をご紹介したいと思います。

くめ女の茅屋で、念仏三昧堂でもあった「常称庵」

(後、西林寺の境内の裏山に移されましたが、
くめ女13回忌の時に、
横尾熊彦居士の私財を以って、三昧堂大修理がなされましたが、
残念ながら、現在は残っていませんが、)

その庵に、大谷仙界上人が、気楽な気持ちで訪ずれた時のこと。

「お上人お出直しなさいッ!!」と、
くめ女に、大声で、一喝されました。

「私の家はお見かけの通り、此所ひと部屋です。
それでも、お仏壇前の畳一枚は仏間として居ります。
その仏間に這入る時は、どうか、お上人がお寺の本堂御内陣へはいるお気持ちで、
一礼をしてお這りください」と。


仙界上人は、率直に非礼をお詫びし、
改めて、丁重に部屋に入り直されたとのこと。

「わが庵はたゝみ一じよう千じようじき
となりきんじよはぼさつばかりぢや」(荒巻くめ女)


「住む人の心清くば苔むせる
庭の岩をも光り輝く」
(丹波円浄上人に託くしてくめ女に送られた弁栄聖者の歌)



「ものしりになりてぢこくにゆこをより
もとのあほふでごくらくへゆけ」


くめ女、面目躍如の歌。


法名は、常称庵歓誉妙念法尼。
 


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2016-08-14

福岡県北九州市八幡西区穴生の「弘善寺」と弁栄聖者


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前回記事にしました、
福岡県北九州市八幡西区楠橋にある「専福寺」とも因縁の深い、

福岡県北九州市八幡西区穴生にある「弘善寺」

「弘善寺」といえば、
弁栄聖者が、母君のご病気の電報に接し、
如来様の尊影を郵送されたお寺
、として知られています。

参考文献: 田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』

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九州にある、弁栄聖者(光明会)にゆかりのあるお寺を訪づれますと、
山本空外上人とも浅からぬご縁があったことに気付かされることが多いです。

空外上人は、光明修養会の上首を長年に渡り務められ、
当時副首の時期が重なっておられた、
豊前善光寺の住職菅野真定上人との関係も大きかったと思われます。

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歴代上人の墓石のこの文字は、
弁栄聖者の筆跡に似ているように思いました。


 ↓ こちらは、穴生小学跡とのこと。

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2016-08-01

福岡県北九州市八幡西区楠橋、「専福寺第二十四世住職」丹波円浄上人と弁栄聖者


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福岡県北九州市八幡西区楠橋にある「専福寺」

このお寺を訪ずれた時、
なぜか、とても清浄な気を感じました。

福岡県北九州市八幡西区穴生にある「弘善寺」とも因縁の深いお寺。

「弘善寺」といえば、
弁栄聖者が、母君のご病気の電報に接し、
如来様の尊影を郵送されたお寺。

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↑  ○     ○     ○    弁栄聖者
   ○○○ 波多野諦道上人 丹波円浄上人


専福寺第二十四世住職 丹波円浄上人。

波多野諦道上人によって、
弁栄聖者の面倒を見るよう、無理やり押し付けられた丹波上人でしたが、
聖者に接する内に、聖者の非凡さに惹きつけられていかれたようです。

参考: 田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』


弁栄聖者が丹波円浄上人に差し上げられた聖句を記します。

「如来は神聖と慈悲との尊容を以て 
真正面に一切の時一切の処に於て正に照鑑したもうことを憶ひ奉れば
おのづから恭敬の念起り候
只我ら如き気ままものには 只口に称名するのみにては帰命の念生じ難くも
現に絶対的に尊とき霊的人格の厳臨し給ふ神霊の尊容を瞻む想ひの声には
自ずから頭を低く尊敬の念禁じ難く候
されば世の同胞にも人格的の如来を離れぬ信念を仰ぐ
宗教心を建てらるるよう勧め候へ」



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波多野上人同様、丹波上人に関する資料も、とても少ないです。

弁栄聖者が、
大正八年、広島県廿日市にて、
聖者のご高弟の一人佐々木為興上人の潮音寺で、
別時念仏会を指導をされた時に、
「念仏三十七道品」を講述されました。

このお別時には、熊野宗純上人、藤本浄本上人、丹波円浄上人、橋爪実誠上人、荒巻くめ女氏も参加され、
わざわざ神奈川県横浜から、ご高弟の笹本戒浄上人を呼ばれたほどのものでしたが、
丹波円浄、橋爪実誠両上人による筆記録が残されています。

昭和二十一年遷化。
世寿七十九歳。


専福寺関連の逸話を少々。

専福寺で、笹本戒浄上人の別時が開催された時のこと。

戒浄上人のご法話を聞かれながら、
椎尾弁匡博士の言われることとの相違点について、
戒浄上人に質問しようと思っておられた方がいました。

すると、演壇で、

「どんな博士が言われても、それは間違って居ります。」
と戒浄上人が質問をされる前に申され、
心を見透かされて怖ろしくなった、とのこと。


また、そんな笹本戒浄上人と丹波円浄上人がお互いに礼拝されている姿をご覧になった方が、
そのお二人の尊さにとても感動されたとのこと。


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行基菩薩とも関係がありそうです。

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石仏も、気になります。

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前回は、大谷仙界上人の、福岡県直方長安寺の炭鉱者の碑を記事にしましたが、
こちらにも、碑がありました。

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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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