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2015-08-10

大正八年八月、信州上諏訪「唐沢山阿弥陀寺」での弁栄聖者と遺弟柴武三氏との邂逅を巡って


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弁栄聖者の遺弟、柴武三氏の御遺志によって、
念仏修養の聖地、長野県上諏訪の唐沢山阿弥陀寺本堂隣りの岩壁に、
昭和53年8月に刻まれました。

この岩壁に刻まれた【弁栄聖者光明主義御垂示】は、
芦屋聖堂所蔵の聖者御親筆をほぼ全文写し取ったものとのこと。

「唯絶対無限光寿即ち弥陀の聖名を崇め聖意を仰ぎ帰し奉りて
意に至尊をのみ憶念し口に聖名を称え身に聖意の実現に行動すべし
一念弥陀なれば一念の仏 念々弥陀なれば念々の仏
仏を念ずる外仏に成る道ぞなし
三世諸仏は念弥陀三昧に依って正覚を成ずと「南無」  仏陀禅那


ほぼ同様の文言が、
「念佛(意・口・身)」 (『弁栄聖者光明体系 難思光 無称光 超日月光』)に記されています。

「真理の終局に帰趣すれば仏界に入るなり。
仏界に帰するは真理なる故に自然なり。法然なり。故に易往といふ。
・・・」


ただし、この最初の箇所は、岩の大きさの関係で、略されています。

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弁栄聖者の御教えの核心、精髄を、
ここまで、簡潔にして端的に表現されている箇所は、少ないように思われます。

法然上人の『一枚起請文』に相当する名句と云えるのではないでしょうか。

この弁栄聖者の御垂示も、音律もよく、流れるようにさらっと唱えられてしまいますが、
熟読玩味しますと、極めて含蓄のある名句です。

成仏への修行方法、道が明示されています。

「仏を念ずる外に仏に成る道ぞなし。
三世諸仏は念弥陀三昧によりて正覚を成ず」
と。


「浄門の意は、他仏を念じて自仏を作る」

と、弁栄聖者は、他の箇所で表現されています。


蛇足かと思われますが、極めて重要なことですので繰り返しますが、

「仏=大ミオヤ」とは、阿弥陀仏=無量寿・無量光仏のことですが、
一般に信じられている、諸仏諸菩薩の一仏である法蔵菩薩の「酬因感果」たる阿弥陀仏
のことでは、もちろんありません。

諸仏諸菩薩を、諸仏諸菩薩たらしめている、

「十方三世一切の法報応の本地なる」根本仏
「超在的一神的汎神」たる「究極的絶対者(一者)
即ち、「無始無終の三身即一の大ミオヤ」のことを指しています。

もしかしますと、
「一念弥陀なれば一念の仏。念々弥陀なれば念々の仏」の「なれば」が、少し分かりずらいかもしれません。

「古人云はく、一念弥陀に在れば一念の仏、念々弥陀にあれば念々の仏と。」

弁栄聖者は、同書の他の箇所で言い換えられています。


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信州上諏訪の唐沢山は、聖地、霊地という名に相応しい雰囲気が漂っています。

弾誓上人、徳本行者、弁栄聖者が、
此の地を念仏修行の聖地と定められた理由が、
この地を訪ずれれば、肌で感じられると思われます。

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大正八年七月頃から、柴武三氏はじめ書生たちが、
当時の高等文官試験のために、避暑地を求め、
信州唐沢山阿弥陀寺の観月堂というお堂に泊まり、勉強をしていました。

そこへ、笹本戒浄上人、田中徹(木叉)先生ら五~六人が、
八月に来られ、朝早くから晩遅くまで鉦をカンカンと叩きながら念仏を始めました。
唐沢山阿弥陀寺は、念仏修行の聖地でもあります。

先に来て、勉強をしていた柴氏たちは、念仏が気になって仕方ありません。
(実際には、そんなに熱心に勉強してわけではなかったようですが・・・)

どうにかして念仏をやめさせようと、
笹本戒浄上人と田中木叉上人のところへ抗議に行きますと、

戒浄上人がまず話をきかれ、
続いて、田中徹(木叉)先生弁栄聖者が、
九州福岡の折尾から一週間程前に投函された葉書きを差し出され、
「念仏していると勉強の邪魔になるという不服が起こることをご存知の偉い方がみえるので、
一度御目にかかって話をきかれたらどうですか。」と話されますと、

柴氏達はせせら笑い、

「そんなこと何の不思議なことでもありませんよ。
この山に毎年、学生が勉強をしに来ていることなど、大概の人が知っていますよ。
そんなことでは驚きませんよ。」と口答えしますと、

田中先生は黙ってその葉書きを置いたまま、本堂の方へ行ってしまいました。

戒浄上人:「私は貴方達をよく説き伏せてお念仏できるようにしたい思っているが、その力がない。
明後日山崎弁栄上人という御方が来られたら、必ずお導き下さりますよ。」

柴氏:「冗談じゃない。我々は坊主になるわけじゃないから、導かれたりしませんよ。」

と、その時はもの別れになりました。

戒浄上人、田中先生らが念仏の後、休憩中に談話をしている話し声が、
隣に部屋にいた柴氏達には聞こえていました。

「仏が在るとか、仏に逢えるとか」と言った内容のものでした。

「仏がいるなら、ここに出してみてください。そうすれば我々は信じる。」

「そうだ、これだ!これを切り札として切り出せば、坊主は参ってしまうだろう!」
と自信満々で、弁栄聖者を待ち構えていました。

そうこうするうちに、聖者が二十数人ほど連れて、本堂に到着されました。

通りすがら、聖者は柴氏達にお十念を授けられました。

「あの坊さんに拝まれた。念仏など縁起でもない、もう今年の試験はだめだ。」
と、憤慨している者も中にはいたようです。

柴氏がたまたま代表者として、弁栄聖者のところへ抗議に行きました。

「田中先生に葉書きを見せられましたが、
本当に九州にいて我々のことを知っていたのですか。」と詰問しますと、

聖者はにっこりと笑われ、
「はいそうです。皆さんの勉強の邪魔にならないようにしたいと思っています。」

との受け答えを聞き、喧嘩腰の態度が少し緩みましたが、
気をと取り直し、とっちめてやろうと、例の切り札を切り出しました。

柴氏:「仏なんかあるのですか?」
聖者:「はい、了々としてまします。」
柴氏:「りょうりょうとしてましますとは、何ですか?」
聖者:「此処に、目の前にちゃんといらっしゃって、判然としているということです。」

柴氏達は、キョロキョロとあたりを見回しましたが、
もちろん、肉眼では、仏は拝めません。

柴氏:「神様でも仏様でも、このテーブルに出してください。
そうすれば、あなた方のなさることを辛抱します。」
聖者:「柴さんと申しましたね。あなた、この部屋の空気が見えますか。」
柴氏:「冗談じゃない、見えるはずがないじゃありませんか。」
聖者:「そうすると、貴方は、目に見えないものはないと否定なさるのですか。」
柴氏:「そんなの理屈でしょう。仏を出してくれといっているんです。」

すると、聖者は、「ああそうですか」と言われ、パンと手を叩かれ、

「何も無いと思っているところで拍手をすると音が起こります。
今何も無いと思っている此処で仏様を念じますと、
私共の念の心と仏様とが感応して、丁度音が起こるようにハッキリと仏様が現れる
のです。
私にはそれがハッキリと拝めます。
・・・貴方達は仏を念ずる念じ方を知らないから仏と感応せず、
仏の姿が拝めないのです
」と。

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聖者:「柴さん、盲人を連れて来て、諏訪湖が泉水のように見える。
あの向こうの山には雪があると言ったら、盲人はどう思いますか?
とんでもないこと(ウソ)をいうものだと思いはしまいか。
・・・目をつむって、神様仏様が見えない、いない、と言っているのも同じようなものです。」

そんな問答が続いていた時、書生の一人の高橋猪久次氏が、
「どうしたら、そういったものにお目にかかれますか?」と聖者にお尋ねしますと、

聖者:「それはお念仏を一生懸命にするのですな。心霊のお育てを受けて、
心眼が見えるようになりますと必ずお目にかからせていただけます
。」と。

・・・しばらく、弁栄聖者と柴氏との問答が続きました。

ふと気づくと柴氏一人だけとなり、決まりが悪くなったので部屋に戻ると、

「もうあんな坊主と話をするな、あんな坊主と話をしていたら、
引き込まれてしまうぞ。我々の目的は勉強だ。もうあんな者相手にするな」と仲間達からの忠告。

気づいてみると、高橋氏がいません。
探してみると、お堂の隅で念仏を始めていました。

柴氏が高橋氏に理由を聞いてみますと、
「実際やってみて、それで駄目なら、文句をいおう。とにかく、一度やってみようと思った。」

柴氏は、それもそうだとは思ったようでしたが、
疑いは容易には晴れず、念仏はなかなかやる気にはなれませんでした。

ところが、その後、念仏というよりも、弁栄聖者のことが気になりだし、
聖者のところへ度々訪ねるようになりました。

聖者は、半紙に書かれ色々と御説法をされましたが、
その当時その価値の分からなかった柴氏は、
その半紙を、惜しいかな、大変粗末にされたようでした。

聖者のところへ行く目的の一つは、
お菓子やら果物というお土産がいただけることもありました。

また、こんなこともありました。

ご法話にむかわれる途中、タゴールの英語版の本が置いてあり、
弁栄聖者はその本をさらっとご覧になりました。
聖者は、ご法話でそのタゴールの詩の話をされました。
その様子を見ていた柴氏は、不思議に思い、
友人にその英語版の内容を確認したところ、
確かにそこに書かれていました。
「弁栄上人は英語を読めますか」とお尋ねになりますと、
「いいえ、読めません。」といわれるので、
さきほどのご法話でのタゴールの詩のことを問われると、
「別に英語ができなくても、タゴールになってしまえば、
タゴールの書いてあることはわかりますよ

お念仏をしているとそうなる力ができるんです
一生懸命お念仏なさい。貴方にもきっとなれますから」と。

なお、昔、印度への仏跡参拝の際にも、言葉は分からなかったようですが、
向こうの人達が言おうと思ったことはみな解った
ので、別に不自由は感じなかったようです。

当時、柴氏は、「大円鏡智」(『弁栄聖者光明体系 無辺光』)
というものをご存知ありませんでしたので、
弁栄聖者は不思議な力を持っている方だな、という程度にしか認識していませんでした。

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そうこうするうちに、
柴武三氏と高橋猪久次氏のお二人は、何とはなしに弁栄聖者に惹きつけられていき、
聖者御遷化までの一年数ヶ月ほど、しばしば、随行するようになりました。

JR上諏訪駅から十分数分ほどの処に、正願寺があります。

正願寺の住職が、唐沢山阿弥陀寺の住職とを兼ねています。
当時の住職は、宮沢説賢師。

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正願寺でのことです。

柴氏は聖者に随行するようになりましたが、
聖者のお弟子して欲しいと懇願するわけでもなく、熱心に念仏に励むというわけでもなく、
それでも、聖者についてまわっていました。

ある時、聖者が、
「一体どんな気持ちでついて来るのですか?」と柴氏に突然、お尋ねになりました。

「そうですね、何故だか解りませんが、私が貴方について歩いているのは、
まあいってみれば、田舎娘が旅役者に惚れて後をついて歩くようようなものでしょうか。
何か知らん恋しくて離れられないのですよ。」

と柴氏は少し慌てながら、お答えしますと、
聖者には珍しく、腹を抱えて笑われたようです。


また、ある時、正願寺で、
婦人(子供)会が開催され、結縁のため、米粒名号を六百、用意するように頼まれました。

聖者は、特に子供に話をされることが大好きであったようです。

米粒にお名号を書かれる弁栄聖者、それを紙に包む者たち。

お名号を書かれる聖者に、柴氏は教義の質疑をされましたが、
聖者は、柴氏の質問に答えられながらも、けっして筆を休めず、
しかも、その書かれるスピードが速く、紙に包む担当(複数人)が追い付けないほど。

その質疑応答が残されています。

柴氏:「お上人様、無とはどんなことをいうのですか。」
聖者:「柴さん、こういう古歌があります。
『としごとに咲くや吉野の桜花木を割りて見よ花のありかを』
あの桜の木を見てどこに花の咲く原因があるのかといっても、
ちょっと見当りますまい。然し、春になれば花が咲く。
そういう無でなくければいけないのですよ。」

柴氏には、ぴんときませんでしたが、
聖者は続けて、

「仏教では、特に禅宗等では無とは真空という風に解していますが、
頑空ではなくて真空妙有でなくてはなりません
そうでなければ無の全貌を言いあらわしたことにはなりません。」

しばらくして、「はい、これで、終わりました。これで六百になります」と。

驚いた随行の者が数えると確かに、きっかり六百。
そんなことはあるまいと、念のためもう一度数えると、やはりきっかりと六百。
しかも、わずか二十分程度しか経っていませんでした。

その時以来、この方は常人ではないことがようやく解り、聖者への態度が変わったようです。

弁栄聖者のこれらの奇蹟のような逸話は、日常茶飯事であったようです。

また、ある時、
柴氏と高橋氏には、聖者が小さな米粒に文字や絵が書けることが不思議でならず、
柴氏が、そのことを聖者にお尋ねしますと、

「仏教には華厳経というお経がありますが、
これが完全に自分のものになればそれが出来るのです。
貴方この八畳の部屋で、ここに「南無阿弥陀仏」と書けと言ったら完全に書けるでしょう。
それと一緒です。といって米粒が大きくなるのじゃなく、自分が小さくなるのでもない。」

また、弁栄聖者はいつも、
人を導く者は、こういうことをさしていただけないと導けないときがあるから、さしていただけるのです。
皆さんも一生懸命にお念仏をしてお育てを受けたなら、必ずできますよ。」と仰られました。

聖者は、「私は月を指す指に過ぎない」ともよく仰っていたようですが、

衆生済度における、この両面を偏りなくいただいていくことが大事かと思われます。


「柴武三さんが疑いが晴れなかったときに、
弁栄聖者から、ほんのちょっと見せて頂いたので、理屈も何ももう要らなかった。」

「人に如来様やお浄土を見せてやれる能力を得た人が仏眼である。」
(冨川茂筆記『田中木叉上人 御法話聴書』)

この聖者の逸話も、この頃のもののようです。

では、どうして、柴氏達が、「仏を此処に出して、見せてくれ。」
と言われた時に、聖者は、それにお応えにならなかったのか。

このことに関して、笹本戒浄上人の貴重なご教示の記録を、
まことにありがたいことに、能見寿作氏が書き残してくださっていますので、
是非書き記しておきたく思います。

「私共凡夫は神変不思議を目のあたり見せられますと驚いて、
その神変不思議に興味を感じ、
仏道修行上最も大切な成仏という事を忘れて仕舞います。
成仏とは涅槃と菩提とを完全円満に成就する事であります。
そしてその為には如来様の御力を信じ、お慕い申して如来様に同化されて
完全円満な霊的人格を成就しなければなりません。
衆生済度の目的は実に其処に向かわせる事にあります。
ですからうかつに相手かまわず神変不思議を見せますと
必ずといってよい程仏道修行の道から脱線して仕舞います。
然し又神変不思議を現ずる必要のあるものには時期を逸せず、
御力を発揮して見せるという事もできなくてはなりません

弁栄上人様はそのような御心を以って私共を成仏へとお導き下さいました。」と。

戒浄上人御在世中、
柴氏がある事件に巻き込まれてしまった時、
光明会内部から柴氏を光明会から追い出すような声が上がった時、
柴氏に事実を確認された上で、
また、柴氏は将来光明会の役に立つ時があるとも見抜かれ
追放に反対されたのが、戒浄上人でした。

「人はあまりにも苦しく悲しい時か、得意の時には、
ともすると如来様から離れて仕舞うようになるから、
そのような時には特に注意しなくてはいけません。」

とは、聖者の柴氏へのご訓戒でした。

まだまだ柴氏と聖者、柴氏と戒浄上人を巡る大事な逸話がありますが、
記事が長くなり過ぎますし、一般公開のブログで公開することには、
躊躇する内容もありますので、
最後に次のことを記し、今回の記事をしめたいと思います。

聖者は仏教の素人であった柴氏に色々とご説法なされたようで、
同じく聖者晩年の随行者であった佐々木為興上人は、
複雑な気持ちを聖者に訴えたことがありました。

為興上人:「どうして、仏教の素人である柴さんにそんなに熱心に教えるのですか?」
弁栄聖者:「あなた達のように宗乗が染み込んだ者は、それを抜くのも一苦労だが、
柴さんのような者は、確りと光明主義に染まるでしょう」と。

柴武三氏は、田中木叉上人から、
弁栄聖者からの聴き書きを本にして残して置いて欲しいと、
時に涙ながらに切に頼まれていましたが、
最晩年まで筆が進みませんでしたが、貴重な冊子を数冊書き残されました。

例えば、『辨榮聖者の彌陀の啓示「開」「示」「悟」「入」』は、
三身四智の仏眼の境界における「入」の位を開顕されたもので、極めて貴重な記録だと思います。
光明会の京都の佐野成昭氏が、他の冊子も再版されているようです。
ご関心のある方は、一般財団法人光明会に問い合わせれば、教えていただけるかと思われます。

内容は、『笹本戒浄上人全集』と重なる内容も多く、
戒浄上人及び戒浄上人の直弟子の方達からの影響も大きいように思われます。
高度で深遠で難解でもありますが、極めて重要な冊子かと思われます。


いささか、うがった見方かもしれませんが、

昭和49年11月山本空外上人、財団法人光明修養会上首に就任
昭和49年12月田中木叉上人御遷化
昭和50年から柴武三氏の冊子、自費出版開始
昭和53年柴武三氏ご逝去
昭和56年から笹本戒浄上人全集の発刊開始

柴武三氏のこれらの書が最晩年のこの時期に書き残されたことには、
柴氏の意図が何かありそうな気がしています。


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正願寺は、芭蕉の弟子、曽良の墓があることで、知られています。

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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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