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2015-07-08

唐沢山阿弥陀寺を巡る、弁栄聖者と田中木叉上人の逸話


大正八年八月十八日から一週間、
信州唐沢山阿弥陀寺の第一回の別時念仏会が、
弁栄聖者御指導のもと開催された時の印象深い逸話。


  DSC03360.jpg  DSC03358.jpg

田中木叉上人がお世話役だったため、
駅で、弁栄聖者の御到着を(確か、本をお読みにながら)お待ちになっていました。

ようやく、聖者が御到着され、木叉上人のご様子を覧になり、

(弁栄聖者)「何をしていたか。」
(木叉上人)「お上人様をお待ちしておりました。」
(弁栄聖者)「お天道様が照っている。何故、それを御姿と見て、お念仏をしていなかったのか。」

と、聖者は木叉上人をお叱りになったそうです。

木叉上人が聖者に初めてお逢いになったのは、
大正七年のことでしたので、
お念仏を始められてから、まだ一年ほどしか経たない頃のこと。

     DSC03365.jpg

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弾誓上人の精神を受け継がれた徳本上人の、あの特徴的な御名号石。
     
     DSC03397.jpg

  DSC03400.jpg  DSC03433.jpg

弁栄聖者が、庫裡の広間におられた時、
田中木叉上人は、縁側から眺める諏訪湖の美しさに見とれて、

「お上人様、弾誓上人は余りに景色が良いので
ここにお寺をお開きになったのでしょうね」

     079 (2)

と、ついうっかり申し上げますと、聖者は、

「いいえ、日想観と水想観に適した土地ですから、
弾誓上人はここにお寺を開かれたのです。」

とお答えになられました。

木叉上人は、肉眼に映じた美しい風景のみに魅せられた自身を反省されたそうです。

     DSC03374.jpg

     00002.jpg

「弾誓上人の御加持水」

実に、清らかな聖水!

「聖地と聖水は、不可分の関係にある」と確信しました。

「水想観に適した土地」

決して比喩ではないと、実感できると思います。

     DSC03393.jpg


弁栄聖者御遷化の後、田中木叉上人が導師として、
唐沢山別時念仏会をご指導されるようになった時のこと。

「弁栄聖者の護念がある。
聖者が今現に此処に在しますことが信じられない者は、
即刻、山から下りるように!」


と、厳しくもあり、また、弁栄聖者への誠心を吐露されたことがあったそうです。


唐沢山阿弥陀寺を巡る弁栄聖者の印象深い逸話といえば、
柴武三氏との逸話は外すことはできません。

とても興味深く、示唆にも富んでいる貴重な逸話ですので、
次回、記事にしたいと思います。


なお、毎年、
八月上旬には、観智院主催の、
八月中下旬には、光明会主催の、
唐沢山別時念仏会が、それぞれ開催されています。

(注)
唐沢山別時念仏会の特徴的な伝統は、

原則「雑談厳禁」ですので、

くれぐれも、この点をご留意のうえ!
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テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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