2014-05-05

ユング心理学の「共時性」、「布置(コンステレーション)」を巡る随想

前回は、弁栄聖者の衆生済度の在り方を、
河合隼雄、井筒俊彦、中井久夫、村瀬嘉代子諸氏の業績をヒントに考察を試みました。


弁栄聖者が顕現された不可思議な力(「奇蹟」)を考える場合、
ユング心理学の「共時性」、「布置(コンステレーション)」の概念とその臨床的事実が、
それへのアプローチとして、とても示唆に富むと考えてきました。

もちろん、弁栄聖者の場合には、
如来「報身」四大智慧(大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智)に依る直接、純粋顕現であり、
他の方々とは、その智慧における発現の純度、頻度、精確性が異なるように思われますが、
全ての衆生に間接的に顕現されている如来「法身」四大智慧の開発、深化
の在り様を考察する場合、とても示唆に富んでいます。

厳密に言えば、如来四大智慧、つまり、「大円鏡智」・「平等性智」・「妙観察智」・「成所作智」は、
各々独立に働いているわけではなく、相互に関連して働いているはずですが、

「共時性」、「布置(コンステレーション)」に焦点を絞り考察する場合、
殊に、如来「報身」の「大円鏡智」と「妙観察智」の働きが顕著であるように思われます。

参考文献:『無辺光』(弁栄聖者光明体系)

この点を考察する場合、
例えば、「華厳思想」南方熊楠の「南方曼荼羅」の研究も不可欠と思われますが、
まだまだ、研究途上でありますので、
今回の記事のタイトルを「随想」とした次第です。

南方熊楠氏は、真言宗との僧侶土宜法龍氏との交流があり、
明恵上人は、「華厳中興の祖」と言われていますが、
その修行法は、真言密教的ともいえるかと思われます。

ちなみに、弁栄聖者は、善導大師、法然上人、徳本行者等浄土系列以外では、
弘法大師空海を大変評価されおられるように思われ、
また、弁栄聖者の「光明体系の構想」には、真言宗のある経典がヒントになった
と藤本浄本上人が聖者からお聞きしたと記されています。
(残念ながら、浄本上人は、その経典名は記憶に残っておられなかったようです)


前置きが長くなりました。

「共時性」、「布置(コンステレーション)」の概念は、
もちろん、ユング派の臨床における最重要概念(キーターム)ですが、

日本に、ユング心理学を臨床的に紹介した功労者である河合隼雄氏は、
大変興味深いことに、
「共時性」、「布置(コンステレーション)」の概念の紹介については、
大変慎重であった
ようです。

河合氏の弟子筋にあたり、自身優れた臨床家であり、特殊な能力もお持ちの山中康裕氏に対し、
「カルフ氏の箱庭療法」の日本語の翻訳を時期尚早と、
山中氏の意向に反し、差し止めされていたほどです。

河合隼雄氏の、この種の「戦略眼」、「政治的な判断力」ともいうべきものは、
臨床家としては、稀有なセンスであり、
他の臨床家の容易に追随を許さなぬものであり、
河合氏のこの種の稀有のセンスは、
私の知りうる限り、村瀬嘉代子氏に引き継がれておれるように思われます。


さて、河合隼雄氏がとった方法ですが、

「事実を以って語らせる」

その戦略であり、

何よりも、「箱庭療法」の臨床経験の集積を最優先されたようです。

河合氏が日本へのユング心理学の導入において、
「箱庭療法」に着目されたのは、
幸運でもあり、天才的な着想でもあったようにも思われます。

「箱庭療法」は、クライエントが作成した「箱庭」を写真に撮るため、
時系列が、ビジュアル化され、
症例を検討する場合に、臨床の実際が分かり易い点が、特徴であり、

また、「共時性」、「布置(コンステレーション)」が、

事実として、そこに、ビジュアル的に提示されている点です。

これらの点を、論文に、説得力をもって表現するためには、
中井久夫氏の緻密な臨床眼、緻密な表、グラフ化と文才、
村瀬嘉代子氏の精確な臨床眼と臨床的働きかけと巧みな文章表現力


が不可欠であり、
このお二人の業績を知る人なら、
この臨床的天才の真似などとてもできない、と断念してしまうかもしれません。

ここに、河合隼雄氏の功績の一つがあると思います。

最近、 最相葉月著『セラピスト』が出版されました。
中井久夫氏と河合隼雄氏の臨床に関心のある方に、お勧めです。

河合隼雄氏の心理療法家の理想の在り方とは、

「何もしないことに全力を尽くすこと」。

東洋思想に関心のある方なら、「老荘思想」を想い浮かべられるかと思います。

ただ、ここで忘れてはならないのは、

「河合隼雄氏は、セラピストであった。」

という点であり、

河合氏は、思想家ではなく、目の前に困っているクライエントに、
実際的に関わっている点です。

河合隼雄氏が、実際的に、セラピストとして専念していたことは、

「”布置(コンステレーション)”を、極力私心を交えずに、精確に読み取ること」

であり、

この記事は、学術論文ではなく、随想なので、
敢えて大胆に踏み込んで言ってしまえば、

「共時性」、「布置(コンステレーション)」を醸成せしめる「縁」、「場と化す」こと。

であった、と私は憶測しています。

河合隼雄氏は、

「私の場合は、クライエントが、偶然によって治っているのだ。」

と口癖のように言われていたようですが、

これを、河合氏の「謙虚さ」と受け取ってしまうと、
「臨床家河合隼雄の秘部」を見落とすことになると思われます。

「臨床家河合隼雄の秘部」に迫るためには、

「臨床家河合隼雄には、どうして、絶妙なタイミングで、”偶然”が生じえたのか?」

との問いが、要となります。

河合隼雄氏は、晩年、 井筒俊彦氏の著作、論文等に非常に啓発されたようです。

河合氏が井筒氏から示唆を受けた点は何か、それは、

「意識には、階層、水準があり、その意識水準に応じて外界の認識が変化する」

という、イスラーム神秘主義のスーフィズムの「意識論」であり、
「理事無礙法界、事々無礙法界」の「華厳思想」
でありました。

参考文献:井筒俊彦著『意識と本質ー精神的東洋を索めて 』井筒俊彦著『イスラーム哲学の原像』、 井筒俊彦著『意味の深みへ―東洋哲学の水位』井筒俊彦著『コスモスとアンチコスモス―東洋哲学のために』(品切れ、現在刊行中の全集第九巻で収録予定)


亡くなるまで、特定の宗教を信じなかった河合隼雄氏ではありましたが、

「臨床家河合隼雄」の実践は、
意識水準の深化であり、また、その意識化への努力に傾注された。


この態度は、極めて宗教的修練、実践とさえいえるものであり、
失礼を承知で、敢えて言えば、
宗派宗教に属する職業者としての宗教家が及びもしない認識力、実践力が備わっていた、
ようにも思われます。


項を改めて論じるべきテーマでもあります、
「自己実現」についても、河合氏は、

「自己実現」と「自我実現」を区別し、

私達の通常に祈り、願いは、「自我実現」のためであり、
「自己実現」には、「自我の欲望」の否定が要求されるものである。

と、とても示唆に富む発言をされております。

今回は、河合氏のこの点の指摘にとどめます。


最後になりますが、ちなみに、
自身、「偶然が起こりやすい」山中康裕氏は、
「共時性」を「縁起律」と訳しておられます。

この山中氏の訳は、
時間軸だけではなく、空間軸、関係性をも含んでいるようにも思われ、
大変示唆深いものがあります。

山中氏は、『華厳経』」にも関心が深いようですが、
ただし、この翻語は、山中氏独自の解釈のようです。
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テーマ : 宗教・信仰
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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