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2013-12-02

「時機を待つのですね」と、一と言やわらかに(弁栄上人は)仰っしゃいました。」(熊野好月『さえられぬ光に遇いて』)

田中木叉上人のご編纂による弁栄聖者御遺稿集によって、
有り難いことに、私達は、聖者の教義を知ることができますが、
弁栄聖者のお弟子方による随行録、想い出等によって、
生きた聖者のお人柄の一端にも触れることができます。

弁栄聖者の逸話には、感動することが多いのですが、
今回も印象に残っている好月さんの弁栄聖者の逸話の一つ。

弁栄聖者にご随行中の、汽車の中でのこと。

歳は八十位の老爺。
眼が見えぬらしく、ただれつぶれ、
手の甲など鶏の脚のような色で見るも気味の悪い汚いなり。

弁栄聖者を初め好月さんたちが色々と世話をしていると、
乗客の一人がソッと好月さんに、

「あの人は梅毒の第三期で伝染するから気をつけなさい」とささやいた。

好月さんは、気が気ではなく、そのことを告げても、
弁栄聖者は尚平気で何くれとなく世話をやいておられた。

その世話をやいてくれたことに対する謝意を込めて、
その老爺は、懐から餡パンを取出して、
その汚い手でわしづかみしたパンを弁栄聖者と好月さんに差し上げた。

時期は、大正時代のこと、
弁栄聖者には当時の医学的知識もおありになったようですが、
感染経路等について現在のように解明なされておらず、
ペニシリン普及前のこと。

その老爺の側に座っておられた聖者は、
相変わらず何の屈託もなさそうに小さいいびきをかいて寝ておられたが、

好月さんは、そのパンの処理に、ほとほと困り果て、
とうとう、蟻や魚の餌食になって呉れるように念じつつ、
洗面所の窓から、投げてしまわれた。

明け方近くになって、

例の老爺も起き、懐から紙袋の口を開いて例のパンを取出して食べ始めた時、

それをご覧になっていた弁栄聖者は、どこにしまっておられたのか、
昨夜貰ったパンをいとも敏速にそっと彼の懐にある紙袋の中に入れられた。

もちろん、眼の見えぬ彼は何も知らずパンをムシャムシャと食べていた。

そのさりげない所作を見られた好月さんは、
自分の行為を大変恥じ、後悔の念で、涙ぐんでいた時に、
弁栄聖者がお声をかけられたのが、

「時機を待つのですね」とのお言葉でした。

後年、好月さんは、この時のことを回想され、

「パンはおじいさんの心もきずつけず、袋にかえったのが一番生きるのです。
お上人様はふれる事もふれるものも大事も些事も、
丁度水が流れるように任運無作に事をさばかれ、
そのものは自由に生かされ、いのちを吹きこまれ、
何一つの無駄もありません。
事毎にねばりつき考えぬいた挙句が人をきずつけ物を殺し勝ちであります」と。



「仰ぎ惟れば内証甚深く外用亦広大に、
全分度生の無我の力が無作の精進に顕れ給ふ弁栄聖者の御一生は、
如来光明のさながらの反映に在せ
ば、
誰か大慈悲の霊応を仰がざらむ。誰か光明の摂化を信ぜざらむ。」
(田中木叉「弁栄聖者略伝」)


12月4日は、弁栄聖者がご遷化された日
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ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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