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2013-05-05

「四大智慧とは一大観念と一大理性と一切認識の本源と一切感覚の本源とである。」(田中木叉編『弁栄聖者光明体系 無辺光』)

如来の四大智慧(「大円鏡智」「平等性智」「妙観察智」「成所作智」)が詳細に説かれている奇書が、
田中木叉編『弁栄聖者光明体系 無辺光』 。

例えば、「大円鏡智」

如来の四大智慧の中でも根本となる智慧ですが、
唯物論、観念論、唯心論など古来人類、偉大な哲学者、思想家を悩ませてきた大問題が前提にあり、
この理解のためには、
プラトン、アリストテレス、デカルト、カント、ヘーゲル、ショーペンハウエル、シェリング等の哲学、
また、壮大深淵な「華厳哲学」などの知識が必須のようにも思われ、
一般の人には理解困難であり、私も同様です。

特に、この弁栄聖者における「哲学的側面」に関心のある方は、
山本空外上人、 河波昌氏の著作がご参考になろうかと思われます。

大変難解な本ですが、難解な仏教用語が多いのも難解さの一要因ですが、
そのことに辛抱して忍耐強く読んでいくと、
「難解さ」の真の要因が仄かに感じられてきます。

それは、如来の四大智慧(大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智)が、
理性を包みながらも、それを超越しているからで、
「理性的理解を超えている」境界があることに真の要因があるからです。

ところが、この田中木叉編『弁栄聖者光明体系 無辺光』は、
極めて難解ではありますが、
「三身四智の仏眼」を体得された聖者による本であるため、
真には分からないながらも、どこか、「大宇宙の真相」を説かれているようだ、
というある種の感覚を覚えるかと思われます。

あくまでも、私が理解した範囲内での知識になりますが、
弁栄聖者の『無辺光』を理解するにあたって、
知っておかれると理解の一助となるかもしれないと思われる知識がありますので、
蛇足かもしれませんが、記します。

数学者の岡潔博士は、品切れとなっていた、
田中木叉編『弁栄聖者光明体系 無辺光』を再版することをご自身の使命とされ、
1969年に講談社から再版されました。

それは、弁栄聖者の説かれる如来の四大智慧(大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智)が、
大宇宙(自然界と心霊界両面)に働く光明、法則だからです。

聖者は、「法身の四大智慧」「報身の四大智慧」と便宜的に二つに分けて説かれています。

「法身の四大智慧」が、自然界に働いている如来の光明、法則で、
自然科学が暗黙の前提として、不問に臥している「自然科学の依って立つ根源、根拠」です。

岡潔博士の著作が刺激的なのは、この「法身の四大智慧」に焦点を当てているためで、
分かるようで今一つよく分からないのも、
「私たちの一般通念」を根底から覆す智が秘められているからだと思われます。

昨今、岡潔博士への関心が高まっていることは大変嬉しい現象ですが、
「情緒」と博士への「奇行」への関心が主なのは、あまりにも、もったいない。

岡潔博士の思想を真に理解する要は、
田中木叉編『弁栄聖者光明体系 無辺光』にこそある
からです。

第二の特徴は、

根源的な如来の四大智慧の一つ「大円鏡智」が、衆生の智慧となることで、
「唯識」でいわれる、「阿頼耶識」転じて「大円鏡智」を得る
ということとは、ニュアンスが異なる点です。

第三の特徴は、

弁栄聖者御在世中の最先端の西洋哲学、自然科学をも取り入れて、
如来「無差別智」の真相を説き明かされていること。

第四の特徴は、

実は、これが最大の特徴であると言えるかもしれませんが、
弁栄聖者ご自身の「三身四智の仏眼」のご境涯から記された著作であること。

聖者の著作が難解ながら、私たちに何か響くものがあるのは、
この故かと思われます。

一般に、仏教哲学、仏教思想といわれるものは、
元来は、宗教体験、修行における三昧の境地から説かれているからです。

以上が、私なりに捉えた田中木叉編『弁栄聖者光明体系 無辺光』の特徴点です。


弁栄聖者、岡潔博士に関する本、ネット(HP、ブログなど)を拝読しておりますと、
知っておかれるとよさそうな知識も多少あるようにも思われますので、ご参考までに。

岡潔博士が、田中木叉上人著『日本の光』に掲載されていない聖者の奇蹟、
「大円鏡智という智力の働き」として、よくご紹介される弁栄聖者の逸話の一つ。

「或る信者が、部厚い自然科学全書を差し上げたところ、
聖者が、これを左で持って、右手の親指を本の腹の所にあて、
ピーッとページを鳴らして、はいこれでわかりましたと言われるので、
余りに不思議で、御容しを得て所々聞いてみると、すらすらと答えられた。」

これを岡潔博士は、「大円鏡智」と言われていますが、
私見となりますが、これは、この信者への聖者の「妙観察智」の働きではなかろうかと、私は捉えています。

といいますのも、聖者は自然科学の本をよくお読みになっていたようですし、記憶力も抜群、
聖者ご自身のご境涯を「三身四智の仏眼」でも、まだ「観念的一切智」と言われており、
「観念としては得ているが、本を読んで初めて認識上の事実となる」と仰られているからです。
ただし、読書の速度は極めて早く、その訳を佐々木為興上人が問われると、
「知っていることが書かれているからだ」といった意味の返事をされたようです


弁栄聖者が、独自の速読術を編み出していた、というのとは違うようです。

次に、一見判別し難い、「大円鏡智」と「天眼」との区別

「大円鏡智」とは、
大宇宙(自然界と心霊界の両面)の一切の現象を如実に認識できる智慧

「天眼」とは、
大宇宙の一面である自然界(いわゆる心霊現象等も含む)を認識する智慧

ただし、「天眼」では、
今だに「我欲」が霊化されておらず、三昧も純熟していないため、
いついかなる時にも、自然界を精確に認識できるわけではない、
この「天眼」の事実と限界は、知っておかれる方がよいと思われます。

「十方三世の色心(しきしん)は 如来の鏡智に炳現(へいげん)す」(弁栄聖者「大円鏡智」)。

弁栄聖者の力量、認識力は、「如来の四大智慧」に依るものであり、
特に上述の認識力は、「大円鏡智」による智慧の発露


「仏法とは、観念ではない。
如法に修行すれば、如実に実現するのである。」


と、岡潔博士は、喝破されています。

難解な『無辺光』から、いきなり真正面から取り組むよりも、
弁栄聖者の逸話から入る方が、よさそうにも思われますので、
後日、いくつか聖者の逸話を記事にしたいと思います。
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テーマ : 宗教・信仰
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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