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2013-05-25

「こんなふうだから確かめるまでの間は信じているより仕方がないのである。幸い上人の御人格といい御力量といい、この人のいうことは疑うほうがむずかしいのである。」(岡潔「まえがきー無辺光と人類」『弁栄聖者光明体系 無辺光』1969年講談社版)

「こんなふうだから確かめるまでの間は信じているより仕方がないのである。
幸い上人の御人格といい御力量といい、
この人のいうことは疑うほうがむずかしいのである。
学問も本当は信じるのであろう。仏教もこの辺までならば学問である。
ただ、信じやすさが違うだけである。」
(岡潔「まえがきー無辺光と人類」『弁栄聖者光明体系 無辺光』1969年講談社版)


前回、 前々回と「弁栄聖者の奇蹟」と思われる逸話を記事にしてきました。

数学者の岡潔博士は、
「田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』は、
現代人の理性に配慮し過ぎているところがある」と感想を述べられています。

田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』でも、
現代人には十分奇蹟的であると思われますが、
弁栄聖者が顕現された事実談の中には、
まだまだ信じられないことがあるということです。

「学問も本当は信じるのであろう。仏教もこの辺までならば学問である。
ただ、信じやすさが違うだけである。」


最初に引用しました岡潔博士の実に鋭い指摘。

「新潟県柏崎の極楽寺の奥さん、籠島咲子夫人が、修行がうまく行かないので自殺しようとした。
如来さまのお告げでこれを知った上人、
上人は、三十里程隔たった群馬県の高崎に御巡錫しておられた。
(時は、夜中でありました。)
咲子夫人の枕辺に立って、

「仏憶いの光明を、胸に仏を種とせよ」

と七遍繰り返していって、そのまま帰って来た。」

岡潔博士がよく引用される弁栄聖者の奇蹟の一つです。

「三身四智の仏眼」に依る、弁栄聖者の「仏眼の意志活動」
如来妙観察智の働きで、身を分ちての衆生済度の一例。

観音菩薩が三十三身で表されることがあるのは、単なる比喩でなはく、この象徴かと思われます。

「完全な仏作仏行とは、
この地球上のみならず教化すべき衆生の住し得るあらゆる天体に
分身利物の霊的生活ができるようになって、
初めて全分度生の完全な仏作仏行といえます。(弁栄聖者の御教え)」
(笹本戒浄上人のご教示)


「弁栄聖者がここに寝ていらっしゃって、
浅草へ見舞に行って、羊羹を貰ってこられた。
お釈迦様が山にいながら空を飛んでイダイケ夫人の所へ現れ給うた。
分身利物の極なけむ。」身体を分けて、如来様の済度のお手伝いをする。」

「還来穢国」というのは、肉身で、赤ちゃんになって、生まれてくるのではない。
浄土に在って分身して他を導く。」
(冨川茂筆記『田中木叉上人 御法話聴書』)


と、田中木叉上人もご法話では、このような聖者の奇蹟を話されています。


「大谷、大谷という声が聞こえたので、弁栄上人のお部屋を覗かれると、
上人はいらっしゃらず、そこには如来様がおられた。」

弁栄聖者はご高弟の一人大谷仙界上人に、このことは他言せぬように制せられた

これと似た聖者の逸話を木叉上人は、語られています。

「柴武三さんが疑いが晴れなかったときに、
弁栄聖者から、ほんのちょっと見せて頂いたので、理屈も何ももう要らなかった。」

「人に如来様やお浄土を見せてやれる能力を得た人が仏眼である。」
(冨川茂筆記『田中木叉上人 御法話聴書』)



この他に、米粒に南無阿弥陀仏のお名号を書かれたり(米粒上人として知られていたようです)、
左右両手同時書きをされたり、さらに口でくわえて三つを同時書きをされたりと、
観自在菩薩のご境涯を彷彿とさせる自由自在な所作をされたことは、よく知られています。

ある時、まだ学生だった柴武三氏(後弁護士)と高橋猪久次氏(後検事)が、
弁栄聖者の随行をされていた時のこと。

聖者の御法話に参加される方に渡される予定の、
米粒に書かれた”「南無阿弥陀仏」の米粒名号”を準備されていました。

米粒にお名号を書かれる弁栄聖者、
それを紙に包む担当者。

お名号を書かれる聖者に、柴氏は教義の質疑をされましたが、
聖者は、柴氏の質問に答えられながらも、けっして筆を休めず、
しかも、その書かれるスピードが速く、紙に包む担当(複数人)が追い付けないほど。

しばらくして、「はい、これで、終わりました。これで六百になります」と。

驚いた随行の者が数えると確かに、きっかり六百。
そんなことはあるまいと、念のためもう一度数えると、やはりきっかりと六百。

弁栄聖者のこれらの奇蹟の逸話は、日常茶飯事であったようです。

これらの逸話に対し、
聖者の弟子の一人、熊野好月女史の観察が実に的確に本質を突かれ、とても素晴らしいので、
最後に引用します。

「世間の人は水の上を歩いたとか、お酒にかえたとか、手にふれて病気をなおしたとか、
こういう事を大へんな奇蹟として驚くがそれは大した事ではない、
それよりも悪の心を善心に立かえらせる。
これ程大きな奇蹟は外にない、と常々仰っていらっしゃいました。」


「お上人様を特別のお方、不思議なお方と見られておるようでした。
又実際、常人のなし得ない事も何でもないもののように仕てしまわれます。
時々は両手に筆をもち同時に異なった歌を書かれたり、
お米ひと粒に般若心経一巻を書かれたり、
それは人を驚かせる為でなく、如来様のお慈悲を知らせたさに、
口でいうだけではよりつかないので
何とかしてとのやるせない心から方便としてお用いになった。

(熊野好月著『さえらぬ光に遇いて』)


「仏様」と、私たちは軽々しく口にする傾向がありますが、
弁栄聖者を学んでいきますと、
「仏様」とは、実に超絶的な、ご霊格、御認識力、御力量をお持ちの方であることが、
はっきりと分かってきます。

このことも、弁栄聖者のご出世にかかわるありがたいことの一つかと思われます。
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2013-05-19

「一切の時一切の處、ただこれ佛作佛行、寸隙なきその御行状に接しては始め尊大に構へし人も皆恭敬して其の教に額(ぬかづ)かざるなく、諸宗は勿論耶蘇教の牧師に至るまで発心してその門に入る。」(田中木叉上人「弁栄聖者略伝」)

「一切の時一切の處、ただこれ佛作佛行、
寸隙なきその御行状に接しては
始め尊大に構へし人も皆恭敬して其の教に額(ぬかづ)かざるなく、
諸宗は勿論耶蘇教の牧師に至るまで発心してその門に入る。」
(田中木叉上人「弁栄聖者略伝」)


前回の記事弁栄聖者における「如来四大智慧」の発露についての最後で、

「奇蹟を否定するか軽視する者も、
奇蹟を過度に重視し、誇る者も、

どちらも、真の宗教家に非ず。」


と、私の確信を記しました。

その最大の根拠となっているのは、
弁栄聖者の御生涯の在り方そのままです。

「宗教家は奇蹟を現わさなくてはつまりません。
釈尊のお弟子でも多くの人が釈尊の教理に服して入道したのではなく、
釈尊の奇蹟に驚嘆してお弟子になっております」。
また、
予言ができるとか、病気がなおるとか、
そんな奇蹟がなんの価値がありましょう。
凡夫が仏になる。これほど大きい奇蹟がまたとありましょう」。

(田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』)

「宗教家の奇蹟」について、
これほどまでに明瞭に自覚し、
しかも、現実に、常時、「奇蹟」を行える実力を持ち
また、それらの「奇蹟」が衆生済度を真の目的とし、
さらには、それらが史実としての信憑性を確信できる人物は、
弁栄聖者の他には、ほとんど見出すことが困難であるように思われます。

「奇蹟を否定する者」は、図らずも、自身の「宗教体験の浅さ」を露呈し、
「奇蹟を軽視する者」は、図らずも、自身の「衆生済度への怠惰さ」を露呈し、
「奇蹟を過度に誇る者」は、図らずも、自身の「傲慢さ」を露呈し、
「奇蹟を過度に重視する者」は、図らずも、自身の「宗教的理想の低さ」を露呈してしまう。

新興宗教、あるいは、「小さな神々」と仰がれている教祖の顕される「奇蹟」を、
私は認めない者ではありません。

しかし、それらは、今述べた要素のどれか一部にあてはまり、
全てを網羅する宗教家は、現在のところ、弁栄聖者の他には私は存じ上げません。

また、これらの要素は、「真の宗教家」を判定する簡便法として、便利かとも思われます。

弁栄聖者を学んでいて、
「真の宗教家」の決定的に重要な要素としては、

「如来平等性智」に依る「自我の空化」に伴う「無欲さ」
と対をなす「気品漂う霊格の高さ」といった雰囲気と、
「如来平等性智」の「自他不二」の境界に住することに依る
「懐かしみを伴った何ともいえぬ慕わしさ」

これらも大変重要であるように思われます。

弁栄聖者は、私達から見れば、驚嘆すべき「奇蹟」を数々行っておりますが、
何もあからさまなものばかりではなく、

いわば、弁栄聖者の日常生活における一挙手一投足が「如来四大智慧」に依る奇蹟でもありました。

例えば、「如来成所作智」による智慧の発露

「法身如来成所作智」は、所作に働いています。

弁栄聖者や山本空外上人の書画に、私たちが感化されるのも、
「法身如来成所作智」の智慧の発露に依るもの。

弁栄聖者の在家の直弟子に中井常次郎という大学の先生がいました。

友人でもあった医師の恒村夏山夫妻に誘われ、
いやいや弁栄聖者の説法を聴きに行かれた時のこと。

「弁栄聖者のお室に通され、しばし待つほどに、
聖者がほどなく襖を開けて入って来られた。
聖者に頭を垂れていて、まだ、弁栄聖者のお顔を拝むことができなかったが、
おくんのすそのさばきいとしとやかに
我等の前にお座りになったのを見ただけで、はや<はやくも>霊感に打たれた。」

その後、科学者であった中井常次郎氏は、
長年の宗教に関する疑問を弁栄聖者によって解決し、
弁栄聖者の弟子になられました。

と中井常次郎氏は、『乳房のひととせ 上巻』に記されています。

また、弁栄聖者の歳晩年の直弟子の一人、鈴木憲栄上人は、
お名号に礼拝する聖者の姿を見られた時、
今までの講師達方との礼拝とは明らかに異なり、
「弁栄上人は、そこに、生きた如来様を拝んでいらっしゃる」
と確信し、
弁栄上人への信が芽生えたと言っておられたようです。


また、私が特に不思議でもあり、感銘を受ける点は、
笹本戒浄上人、田中木叉上人といった弁栄聖者のご高弟がいづれも、
弁栄聖者に対しては、「無私」であること。

これは、「弁栄聖者の奇蹟」を目の当たりしたことが根幹にあり、
「弁栄聖者を仏として、仰がれた」
からであるとしか私には思えません。

イエスキリストとその使徒との関係を彷彿とさせます。

「如来四大智慧」である『無辺光』は、
自然界にも心霊界にも絶えず働き続けています。
その「如来四大智慧」を十全に体得した時、
その余光して自ずと発現した結果が、私達には「奇蹟」と映る
ように思えます。

今回の記事の最後に、「笹本戒浄上人」「田中木叉上人」に関する逸話を一つ。

弁栄聖者のご遷化の後、戒浄上人と木叉上人のお二人は、「仏眼」を体得されておられます。

逆に言えば、聖者ご存命中は、「三身四智の弁栄聖者の真相」は認識できていなかったはずです。

柴武三氏の思い出話に、次のような印象深いお二人の逸話があるようです。

戒浄上人と木叉上人のお二だけは、
聖者のお室には入らず、そのお部屋の外から、
弁栄聖者に何も語らず、ただ頭を下げて、いつも帰っていかれたそうです。

弁栄聖者に対する、笹本戒浄上人と田中木叉上人のお二人の態度を、
柴氏は大変奇異に感じられ、お二人にその理由を尋ねたところ、
笹本戒浄上人が、一言。

「こちらから、言葉に出して問わないと応えられないようでは、
その方を「覚者」とは申せません。」

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2013-05-11

弁栄聖者における「如来四大智慧」の発露について

数学者の岡潔博士は、
田中木叉編著『弁栄聖者光明体系 無辺光』の復刻を使命とされ、
1969年講談社版として、実現されました。

自然科学者でもある数学者岡潔博士には、
博士が長年疑問としていだいていた「大自然界の謎」を払拭できる唯一の書と映ったからでした。

ただし、『無辺光』は、大変難解な本でその理由は、
理性的理解の難解さもさることながら、
さらに、如来四大智慧の境界から書かれており
この書の真の理解のためには、「宗教体験が不可欠となる」からです。

私たちに真に求められているのは、
この難解の奇書(奇蹟的な書)『無辺光』を知的に理解することに留まらず、
この「如来四大智慧」を体得することにこそあるからです。

今回は、
如来四大智慧(大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智)を体得すると、
如来四大智慧が、どのような智慧、行為となって衆生に発露するのかを、
「三身四智の聖者」弁栄聖者の逸話をご紹介しながら、
確認できればと思っています。

如来四大智慧(大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智)は、
元々唯一絶対の如来の智慧を便宜的に四つに分類して分析しており、
当然ながら、一つの行為に単一の智慧だけが働くことはないので、
逸話を考察する際には、この点は注意を要するように思われます。

弁栄聖者の一挙手一投足、日常生活の所作が、ほとんど奇蹟的とも思われますが、
名著、田中木叉著『日本の光』以外の資料からも引用しながら、
幾つかご紹介したいと思います。

弁栄聖者が大変尊崇された徳本行者は、江戸時代の方で、伝記が幾種類かあるようですが、
「余りに非合理的な逸話」は、ある時期に削除が行われた、という話を聞いたことがあります。
ただし、文献の上での確認はまだです。

幸い弁栄聖者は、まだ御遷化後百年の方、
逸話の信憑性に関しては、事実としては、まず確かかと思われます。
ただ、勿論、私たち現代人が、「その事実を信じられるかどうか」は、別問題

【大円鏡智】

「あるお寺の閉めたお室で渡辺氏がいると、
今に人がくるから云々と用事をいいつけられる。
氏がどうして知れますかと尋ぬれば、
「今向こうの松原の松陰に馬が通ってる。
その後に訪ねてくる人が歩いている」といわれる。
室の中から松原さえ見えない。しばらくすると果たして訪ねて来た。」

「弁栄上人は、他の本を読むことを少しも勧められず、
「一心に念仏せよ」との一点張りであった。
渡辺氏が、新聞広告に出た『織田得能師法華経講義』を
読みたくてたまらなかったが、(上述の理由から)黙っていた。
すると、聖者はその心を見抜かれ、氏にお金を渡された。
ところが、購入時に割引いてくれたので、
その差額分で勝手に鰻飯と焼鳥を食べて帰り、
次の間から帰宅時の挨拶をすると、
「鰻飯はうまいか」と問われたので、とぼけていると、
「焼鳥はうまかったか」と言われたので、あまりに不思議に思い尋ねると、
上人「お前のお腹の中にある。」

「(侍者が)ご法話中あまりに喉が渇き、
庫裡にさがって湯呑みでお茶を頂き早く本堂に出たい心から、
その湯呑みを洗わずにそのまま伏せて置いた。
すると上人ご法話が終わり本堂からさがり、
すぐ侍者のつかった湯呑みを手にとり侍者の顔をみてニッコリと笑い、
他の湯呑でお茶を飲まれた。それから、上人は、
侍者の飲んだ湯呑とご自身の使われた湯呑と二つともみづから洗って元の茶盆に伏せられた。
この無言の導びきに侍者はただひれ伏した。」
※ この侍者とは、確か、弁栄聖者のご高弟の一人佐々木為興上人。

「(弁栄上人の)朝鮮満州伝道がなされた。・・・
京城では、当時在住の松尾師がかれの説法の通訳にあたった。
通訳の際、法話の内容の一部分が脱落するような場合、
かれがその脱落した部分を必ず次の話に加えて法話を進めるのに驚き、
敬意の念を抱いたという。」

「ご法話に向かう途中、
タゴールの英語版の本が置いてあったので、その本をさらっとご覧になり、
弁栄聖者は、ご法話でそのタゴールの詩の話をされた。
それらを見ていた柴武三氏は、不思議に思い、
友人にその英語版の内容を確認されたところ、
確かにそこに書かれていた。
「弁栄上人は英語を読めますか」とお尋ねになると、
「いいえ」といわれるので、
さきほどのご法話でのタゴールの詩のことを問われると、
「別に英語ができなくても、タゴールになってしまえば、
タゴールの書いてあることはわかります」と。

「弁栄聖者の夜のご法話が予定より長引き、
終電の汽車の時間が気が気でならなかった学生がいた。
すると聖者が言われた。
「この中に、汽車の時間を気にしている者がいる。
しかし心配する必要はない。
その汽車は、二十分遅れて到着するので、ちゃんと間に合う」と。
果たして、その学生は、その汽車に間に合った。」

「弁栄聖者のご高弟の一人に、
九州筑紫の聖人と言われた、大変機根のよかった中川察道上人という方がおられた。
まだ三昧が開けていなかった頃の逸話、
上人「私のようなものも三昧に入る事が出来ましょうか」
聖者「出来ます」
上人「それではどの位の時日を要することでありましょうか」
聖者「三日間かかります」
その聖者のお言葉を聞かれた中川察道上人は吃驚され、
その顔つきを見られた聖者は、言葉を続けられ、
「けれどもそれはあなたのみに言うことで、
一般にはそんな事を勧めるのではない」
と念を押されました。
その後、弁栄聖者の言われるとおり、
ほどなく、中川察道上人は、出世間の三昧の眼、慧眼、法眼が開かれたといわれています。

弁栄聖者の大円鏡智の働きとして、私が存じ上げているものだけでもまだまだあり、
平等性智・妙観察智・成所作智と続けていくと、
あまりにも長くなりますので、今回はこのくらいに。

誤解無きように、最後に一言。

私は、弁栄聖者が如何に超人的能力をお持ちであったかのみを、
お知らせしたかったのではありません。

似たような逸話は、明恵上人にもあり、
この種の超人的な能力に関して、
実にすばらしい逸話が伝わっています。

また、弁栄聖者はご自身がお示しになった奇蹟の数々について、
感動的なまでに、実に冷静に的確に自覚されておりますので、

「宗教家の奇蹟」を考察する際の重要な示唆に富んでいますので、
明恵上人と弁栄聖者の御指南を併せてご紹介します。

生涯禅定修行に精進された明恵上人には、不思議な力が備わっていたようで、
そんな上人を、人々が「権者」と言っていると弟子たちが伝えると、

明恵上人は、慨嘆して次のように言ったと伝えられています。

「あら拙(つたな)の者共の云ひ事や。・・・
我は加様に成らんと思う事は努々(ゆめゆめ)無けれども、
法の如く行ずる事の年積るままに、自然と知れずして具足せられたる也。
汝どもが水の欲しければ水を汲みて飲み、
火にあたりたければ火のそばへよるも同じ事也」。

(河合隼雄著『明恵 夢を生きる』)


「宗教家は奇蹟を現わさなくてはつまりません。
釈尊のお弟子でも多くの人が釈尊の教理に服して入道したのではなく、
釈尊の奇蹟に驚嘆してお弟子になっております」。
また、
「予言ができるとか、病気がなおるとか、
そんな奇蹟がなんの価値がありましょう。
凡夫が仏になる。これほど大きい奇蹟がまたとありましょう」。
(田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』)


奇蹟を否定するか軽視する者も、
奇蹟を過度に重視し、誇る者も、

どちらも、真の宗教家に非ず。


弁栄聖者を学んできての、おそらく、生涯変わらぬ
「宗教家の顕す奇蹟」への正しい態度
と確信しています。

参考文献
田中木叉著『日本の光』
『浄土仏教の思想 十四 清沢満之ー脇本平也 山崎弁栄ー河波昌』
『辨栄上人の思い出』
「柴武三氏の思い出話」
河合隼雄著『明恵 夢を生きる』

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2013-05-05

「四大智慧とは一大観念と一大理性と一切認識の本源と一切感覚の本源とである。」(田中木叉編『弁栄聖者光明体系 無辺光』)

如来の四大智慧(「大円鏡智」「平等性智」「妙観察智」「成所作智」)が詳細に説かれている奇書が、
田中木叉編『弁栄聖者光明体系 無辺光』 。

例えば、「大円鏡智」

如来の四大智慧の中でも根本となる智慧ですが、
唯物論、観念論、唯心論など古来人類、偉大な哲学者、思想家を悩ませてきた大問題が前提にあり、
この理解のためには、
プラトン、アリストテレス、デカルト、カント、ヘーゲル、ショーペンハウエル、シェリング等の哲学、
また、壮大深淵な「華厳哲学」などの知識が必須のようにも思われ、
一般の人には理解困難であり、私も同様です。

特に、この弁栄聖者における「哲学的側面」に関心のある方は、
山本空外上人、 河波昌氏の著作がご参考になろうかと思われます。

大変難解な本ですが、難解な仏教用語が多いのも難解さの一要因ですが、
そのことに辛抱して忍耐強く読んでいくと、
「難解さ」の真の要因が仄かに感じられてきます。

それは、如来の四大智慧(大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智)が、
理性を包みながらも、それを超越しているからで、
「理性的理解を超えている」境界があることに真の要因があるからです。

ところが、この田中木叉編『弁栄聖者光明体系 無辺光』は、
極めて難解ではありますが、
「三身四智の仏眼」を体得された聖者による本であるため、
真には分からないながらも、どこか、「大宇宙の真相」を説かれているようだ、
というある種の感覚を覚えるかと思われます。

あくまでも、私が理解した範囲内での知識になりますが、
弁栄聖者の『無辺光』を理解するにあたって、
知っておかれると理解の一助となるかもしれないと思われる知識がありますので、
蛇足かもしれませんが、記します。

数学者の岡潔博士は、品切れとなっていた、
田中木叉編『弁栄聖者光明体系 無辺光』を再版することをご自身の使命とされ、
1969年に講談社から再版されました。

それは、弁栄聖者の説かれる如来の四大智慧(大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智)が、
大宇宙(自然界と心霊界両面)に働く光明、法則だからです。

聖者は、「法身の四大智慧」「報身の四大智慧」と便宜的に二つに分けて説かれています。

「法身の四大智慧」が、自然界に働いている如来の光明、法則で、
自然科学が暗黙の前提として、不問に臥している「自然科学の依って立つ根源、根拠」です。

岡潔博士の著作が刺激的なのは、この「法身の四大智慧」に焦点を当てているためで、
分かるようで今一つよく分からないのも、
「私たちの一般通念」を根底から覆す智が秘められているからだと思われます。

昨今、岡潔博士への関心が高まっていることは大変嬉しい現象ですが、
「情緒」と博士への「奇行」への関心が主なのは、あまりにも、もったいない。

岡潔博士の思想を真に理解する要は、
田中木叉編『弁栄聖者光明体系 無辺光』にこそある
からです。

第二の特徴は、

根源的な如来の四大智慧の一つ「大円鏡智」が、衆生の智慧となることで、
「唯識」でいわれる、「阿頼耶識」転じて「大円鏡智」を得る
ということとは、ニュアンスが異なる点です。

第三の特徴は、

弁栄聖者御在世中の最先端の西洋哲学、自然科学をも取り入れて、
如来「無差別智」の真相を説き明かされていること。

第四の特徴は、

実は、これが最大の特徴であると言えるかもしれませんが、
弁栄聖者ご自身の「三身四智の仏眼」のご境涯から記された著作であること。

聖者の著作が難解ながら、私たちに何か響くものがあるのは、
この故かと思われます。

一般に、仏教哲学、仏教思想といわれるものは、
元来は、宗教体験、修行における三昧の境地から説かれているからです。

以上が、私なりに捉えた田中木叉編『弁栄聖者光明体系 無辺光』の特徴点です。


弁栄聖者、岡潔博士に関する本、ネット(HP、ブログなど)を拝読しておりますと、
知っておかれるとよさそうな知識も多少あるようにも思われますので、ご参考までに。

岡潔博士が、田中木叉上人著『日本の光』に掲載されていない聖者の奇蹟、
「大円鏡智という智力の働き」として、よくご紹介される弁栄聖者の逸話の一つ。

「或る信者が、部厚い自然科学全書を差し上げたところ、
聖者が、これを左で持って、右手の親指を本の腹の所にあて、
ピーッとページを鳴らして、はいこれでわかりましたと言われるので、
余りに不思議で、御容しを得て所々聞いてみると、すらすらと答えられた。」

これを岡潔博士は、「大円鏡智」と言われていますが、
私見となりますが、これは、この信者への聖者の「妙観察智」の働きではなかろうかと、私は捉えています。

といいますのも、聖者は自然科学の本をよくお読みになっていたようですし、記憶力も抜群、
聖者ご自身のご境涯を「三身四智の仏眼」でも、まだ「観念的一切智」と言われており、
「観念としては得ているが、本を読んで初めて認識上の事実となる」と仰られているからです。
ただし、読書の速度は極めて早く、その訳を佐々木為興上人が問われると、
「知っていることが書かれているからだ」といった意味の返事をされたようです


弁栄聖者が、独自の速読術を編み出していた、というのとは違うようです。

次に、一見判別し難い、「大円鏡智」と「天眼」との区別

「大円鏡智」とは、
大宇宙(自然界と心霊界の両面)の一切の現象を如実に認識できる智慧

「天眼」とは、
大宇宙の一面である自然界(いわゆる心霊現象等も含む)を認識する智慧

ただし、「天眼」では、
今だに「我欲」が霊化されておらず、三昧も純熟していないため、
いついかなる時にも、自然界を精確に認識できるわけではない、
この「天眼」の事実と限界は、知っておかれる方がよいと思われます。

「十方三世の色心(しきしん)は 如来の鏡智に炳現(へいげん)す」(弁栄聖者「大円鏡智」)。

弁栄聖者の力量、認識力は、「如来の四大智慧」に依るものであり、
特に上述の認識力は、「大円鏡智」による智慧の発露


「仏法とは、観念ではない。
如法に修行すれば、如実に実現するのである。」


と、岡潔博士は、喝破されています。

難解な『無辺光』から、いきなり真正面から取り組むよりも、
弁栄聖者の逸話から入る方が、よさそうにも思われますので、
後日、いくつか聖者の逸話を記事にしたいと思います。

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山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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