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2012-11-04

「弁栄聖者の俤(おもかげ)」(藤本淨本上人談)

弁栄聖者の伝記といえば、
田中木叉上人著『日本の光』が知られています。

しかし、当然のこととして、
聖者の想い出話が全て網羅されているのではありません。

また、木叉上人は、伝記作成にあたり、
常識から考えて余りに逸脱していると思われるものは、
意図的に除かれたと云われています。

「三身四智の聖者」と弁栄聖者が認識された江戸時代の徳本行者には、
幾種類かの伝記がありますが、
「伝説の類」と思われる逸話で削除されているものがある、
とどこかで読んだ記憶があります。

とても残念なことです。

理性的に理解出来ないことは、
その様な事実が実際に無いということではない、
と、その事実に対して判断をかっこに入れるという謙虚な態度こそが、
真に科学的、理性的態度かと思われます。

弁栄聖者がご遷化されたのは、
今から百年前(1859~1920)という時代で、
実際に聖者に遇われた方が最近まで生きていました。

偉大なる宗教家には、奇蹟がつきものですが、
弁栄聖者に実際に遇われた方々は、
聖者の甚深なる念弥陀三昧の余光である奇蹟に、
頭が垂れ、聖者への信が自ずと芽生えた、としか私には考えられません。

田中木叉上人が編纂された『弁栄聖者光明体系』も、
私にとっては奇蹟としか思えません。

前置きが長くなりましたが、
今回は、聖者のお弟子の一人であった、
藤本淨本上人(1879~1971)の想い出話です。

淨本上人は、当時高名な浄土宗の宗乗学者でしたが、
41歳の秋、弁栄聖者に邂逅され、生きた信仰に眼覚められました。

博学が、霊性の開発に直結しないことは、
すでに、法然上人が実地体験済みであり、
今更申し上げるまでもなく、
皆様にも、周知の事実かと思われます。

〇「(弁栄)上人をお迎えしようとして、ホームに入って待っていると、
お上人は列車の一番後から降りて来られた。
見ればそのお体から光明が放たれている。
その霊気にうたれた時の気分は今も忘れない。」

〇浄本上人「お浄土はどのように拝めますか」
弁栄聖者「肉の目を開くと娑婆が見えますが、
お念仏するとみ仏の相(すがた)が拝まれる。
その相約一丈余り、それに沿って荘厳が拝まれる」

〇「お説教などで教壇に立っても一々その用意などはしてゆかぬ。
如来様が真正面に在してチャンとご指示下さるから」

〇浄本上人「(前もって送って下さった三昧仏様の)開眼供養をして下さい」
弁栄聖者「私は絵かきのように想像して書いたのではない。
事実在す如来様をそのまま画いたのだから開眼の必要はない」

~『阿弥陀佛の信仰 藤本淨本遺文集 上』より

「仰ぎ惟れば内証甚深く外用亦広大に、
全分度生の無我の力が無作の精進に顕れ給ふ弁栄聖者の御一生は、
如来光明のさながらの反映に在せば、
誰か大慈悲の霊応を仰がざらむ。
誰か光明の摂化を信ぜざらむ。」
(田中木叉上人作「弁栄聖者略伝」)
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テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

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syou_en

Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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