2012-09-29

『弁栄聖者光明体系』(国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」)


久しぶりに、
国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」の『弁栄聖者』の項目を、
検索してみたら、更に充実していました。

『弁栄聖者光明体系』は、人類の奇跡の類の書だと思われますが、
購入するには、少々高価と思われる方もおられると思いますので、
このような企画は大変ありがたいですね。

『弁栄聖者光明大系無辺光』(昭和3年刊)
『弁栄聖者道詠集』(大正15年刊)
『弁栄聖者御遺文. 第1輯 (弁栄聖者遺稿要集人生ノ帰趣)』(大正12年刊)
『弁栄聖者御遺文. 第2輯 (弁栄聖者遺稿要集光明ノ生活)』(大正13年刊)
『弁栄聖者御遺文. 第3輯 (御慈悲のたより 上)』(大正15年刊)
『弁栄聖者御遺文. 第4輯 (弁栄聖者道詠集)』(大正15年刊)
『ミオヤの光 : 山崎弁栄聖人御遺文. 摂化の巻』(大正11年刊)
スポンサーサイト

2012-09-17

「生けらば念仏の功積り、死ならば浄土へ参りなん。とてもかくてもこの身には、思い患うことぞなきと思いぬれば、死生ともに患い無し」(法然上人「つねに仰せられける詞」)


法然上人の御言葉には、注意を要する必要がある、
と思うことがあります。

この言葉もその一つで、
字義どおりそのままに意味を受け取れば、

「浄土へ参る、つまり、往生は死後のこと」

と受け取るのが自然だと思われます。

しかし、『三昧発得記』に記されているように、
晩年に、法然上人が安住されていた御境涯は果たしてそうでしょうか。

「平生から、生死の境界が超えられている」

としか思えません。

したがって、「死ならば浄土へ参りなん。」とは、

肉体が死した後に、「実在的に浄土が顕現してくる」

と意味を受け取る方が、法然上人の御境涯に沿う解釈かと思われます。

この「平生から、生死の境界を超えた境涯」

これは、私達が心底から望む「理想の一様態」だと思います。


なお、

「生けらば念仏の功つもり」/功をつみではない。
(重住茂筆記『田中木叉上人御法話聴書』)


うっかりすると、
念仏の功を「つんでいる」つもりでいる時があるように思われますが、
「念仏の功つもり」の深意を、さらりとご指摘される慧眼、
さすが、念仏の達人、田中木叉上人だと感嘆いたしました。

2012-09-08

「我がみほとけの慈悲の面 朝日の方に映ろにて 照るみすがたを想ほへば 霊感極りなかりけり」(「孝明皇帝の霊夢に就いて」『弁栄聖者光明体系 不断光附仏法物語』)


芦屋の光明会本部聖堂発行版『如来光明礼拝儀』には、

「我がみほとけの慈悲の面
 朝日の方に映ろひて
 照るみすがたを想ほえば
 霊感極りなかりけり」


と、「憶念の歌」として掲載されています。

弁栄聖者のご遺稿集を読まれる時に、留意すべき点があります。

編集された本、または、版により表記が異なることがある点です。

今回引用のお歌では、「映ろにて」と「想ほへば」の二箇所です。

「想ほへば」と「想ほえば」は、特に問題はないように思いますが、
「映ろにて」と「映ろひて」は、いかがでしょうか。
私は、「映ろひて」のことだと捉えていますが、
弁栄聖者は、聖者のご生誕地(下総国)の訛りをお使いになっている箇所もあるようで、
この点、注意を要します。

と言いますのも、聖者のご遺稿集には、漢字にルビがふられていまして、
そのルビのふられ方に、聖者の思想、想いが込められていることがあるからです。
同じ言葉に聖者独特の意味が込められていることがあるのです。

常識的に、この言葉はこう読むべきだろうと思い、
聖者のご遺稿集を理解したと思い込んでいると、
とんでもない誤解をしていた、ということも時にあるのです。

さて、前置きが長くなりました。

「我がみほとけの慈悲の面
 朝日の方に映ろにて
 照るみすがたを想ほへば
 霊感極りなかりけり」


この御歌は、「孝明皇帝の霊夢に就いて」『弁栄聖者光明体系 不断光附仏法物語』の文中にあります。

続けて、

「凭(か)く心の宮殿に如来を本尊として信念する時は
 尊とく辱(かたじ)けなさを感ず。
 斯く如来と離れざる親密の因縁の宗教を中心真髄と為す。
 有(あら)ゆる霊の力は是より発動す。是が道徳の原動力である。」


と、弁栄聖者の自内証の上から、
光明主義上、弁栄教学の上からも、極めて重要な解説を加えておられます。

「真の生きた宗教には、道徳を根底から規定する働きがある」

と明言されているのです。

聖者は『宗祖の皮髄』において、
長年の念仏三昧により自ずと成就されていった、
法然上人の豊かな霊格形成を見事に説き明かされています。

田中木叉上人は、

「道徳は救いの条件にあらず、その結果なり」

『田中木叉上人御法話聴書』において、端的にご指摘されています。

この御歌の前の自内証の吐露も極めて重要ですので、引用します。

「後二十四の時に東京駒込の吉祥寺学林に於いて
卍山上人の五教章の聴講に列なりし時
田端の東覚寺に寄宿して吉祥寺に通う往復にも
口に称名を唱え意(こころ)に専ら弥陀の聖容を想ひ
専ら神(こころ)を凝しけるに
一旦蕩念(とうねん)として曠廓(こうかく)極まりなきを覚え、
其時に弥陀の霊相を感じ、慈悲の眸(まなじり)丹花の唇等、
其の霊容を想ふ時身心融液にして不思議なるを感ず、
其後は常に念に随て現ず。」


この御歌を巡る自内証の吐露のこの箇所だけを拝読しても、
弁栄聖者の御悟りの深さを直観できる気がいたしますが、
更に、笹本戒浄上人の解説が素晴らしいのです。

(参考文献:仏陀禅那弁栄聖者著『光明主義玄義(ワイド増訂版)』)

「一旦蕩念(とうねん)として曠廓(こうかく)極まりなきを覚え、
其時に弥陀の霊相を感じ、慈悲の眸(まなじり)丹花の唇等、
其の霊容を想ふ時身心融液にして不思議なるを感ず、」


この箇所は、戒浄上人によりますと、
厳密には仏眼の一歩手前、「法眼が満位」になった境涯

出世間の三昧の眼(心霊界を認識する機能)には、
「慧眼・法眼・仏眼」がある
と言われています。

私は、「慧眼」・「法眼」の順番にかつて疑問をいだいていた時期があり、
「法眼」・「慧眼」の順番の方が適切なのだと考えていたのですが、
それは誤りでした。

「大ミオヤ」による霊育過程は、過去の因縁により、
「法眼」が先に開ける者、「慧眼」が先に開ける者がいるようですが、
仏眼が開けるためには、
必ず、「慧眼」が先に満位になり、次に「法眼」が満位になるという過程を辿り、
「慧眼と法眼」が「即の状態になった境涯」が「仏眼」
である。

ということなので、「慧眼・法眼・仏眼」の順番が正しいらしいのです。

第二点目は、

「其後は常に念に随て現ず。」の箇所です。

この「心霊的自由を得る」のは、正しく「仏眼の境涯」で、

弁栄聖者は、

「仏眼は自受用にて自ら現じ自ら感ず。能感と所感と自己にあり。」

と、 「成所作智」『弁栄聖者光明体系 無辺光』において、仏眼の解説として記されています。

弁栄教学上、特に、「戒律」の捉え方としても、
極めて重要な箇所ですので、
長くなりましたが、解説いたしました。

何らかのご参考になれば、幸甚です。
RSSリンクの表示
検索フォーム
カレンダー
08 | 2012/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
アクセスカウンター
プロフィール

syou_en

Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
twitter
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR