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2012-06-01

「弁栄聖者という方は、なんか、有り難いのですね。」(田中木叉上人)

前回ご紹介しましたように、

友人でもあった大谷仙界上人(当時既に弁栄聖者の弟子)の命がけのお勧めにより、
木叉上人は、大正7年、34歳の時に聖者に初対面されました。

聖者御遷化の2年前。

もし、田中木叉上人が弁栄聖者と出会っていなければ、
聖者の御遺稿編纂、あれほどの伝記は存在しえず、
この不可思議な大ミオヤの御計らいの因縁に、
感謝の念を禁じえません。


弁栄聖者の田中木叉上人への導かれ方は、

「本を読むな、お浄土の事も聞くな、
ただ念仏せよ。
歩き出さねば聞く事も不必要だ。」


と云うものでありました。

今まで自分が勉強してきた様子とは全然違い、

「仏道とは成る程々々そういうものだ」

と木又上人はシンから感じ、念仏をする気になりました。


弁栄聖者から、御本尊としての御画像をいただき、
一週間、御念仏をする事を誓って、
鎌倉海岸のある洞窟に入ってお念仏を始めましたが、
しずくが落ちてくるので、そこを出て、
パンだけを用意して、小屋にこもり念仏が始まりました。

ところが、念仏を称えていても、
何のことはなく、馬鹿馬鹿しくも感じられ、やめようとも思われましたが、
聖者とのお約束もあり、
俺も男だと、「ただ意志の力だけで」お念仏をされていらっしゃいました。

勿論、如来様も想えない、慕わしくもない、砂をかむ思いで一生懸命やっておられますと、

或時は、自分で過去に於てやった種々の悪い行いの
その時のスガタが絵のように見えてきて、
懺悔心が自ずと起こり、涙がボロボロこぼれて来て止まらなかったこともあり、

その他いろいろなことがあり、
又蝋を喰むように只つまらなかったり、

とにかく、一週間のお念仏を頑張ったのですが、
お光明も頂けない、如来様に御逢い出来ない、
何の事もなく、帰京されたそうです。

弁栄聖者という方は、全国を伝道の為廻っていらっしゃったので、
暫くしてから、多聞室でお目にかかることが出来、

聖者がお部屋の中から、

「サアどうぞこちらにお入りなさい」と云って下さるのに、

突然、涙が次から次へと湧いて来て
どうしてもお部屋に入れませんでした。


と述懐されています。


それから、聖者に帰依する身となられてからも、
しばらく、木叉上人は念仏に苦労されました。

その年の暮れに、聖者が木叉上人に差し上げれた「お慈悲のたより」が、

光明会でよく知られた『年頭法語』。

「念々弥陀の恩寵に育まれ、声々大悲の霊養を被る。
十万億土遥かなりと愁ふること勿れ、
法眼開ける処に弥陀現前す。」


その後、
如来様をお慕い申す情に導かれた「憶念口称念仏」
にご精進をされ、

ついに、仏眼を開かれ、大菩薩として衆生済度をされました。

御遷化は、昭和49年ですから、ごく最近の方です。


参考:藤堂俊章編『田中木叉上人遺文集』 


また、ありがたいことに、

冨川茂、重住茂両氏の筆記による『田中木叉上人 御法話聴書』

が残されており、

仏眼による如来認識はいかなるものか、
が平易な言葉で記されており、
大変貴重な書。
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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