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2012-06-30

「よく仏道修行を山登りに譬えて「どの道から登っても同じ頂上に行ける」と申しますが、この譬えは正しくありませんナ。・・・」(『笹本戒浄上人全集下巻』)

「・・・世界の有名な高山の中に
途中の八、九合目までは道がいくつかありますが、
そこから頂上までは唯一つしか登る道がない、
というのがありますナ。
あれが正しい譬えであります。」 (『笹本戒浄上人全集下巻』)


一般に人が、宗派宗教に関わることを避ける傾向にあるのは、
一つには、宗派宗教の「排他性」、
つまり、自分の信じる宗教こそが正しく、最高のものである
との確信に基づく押し付け(と感じられること)によるものと思われます。

宗派宗教に関心のあるためでしょうか、
以前は宗派によらず、誘われるとお話しを聞きに行ったものでした。

もちろん、私なりに、書物での勉強もしていました。

ところが、やはり、疑問点が解消されない点が多いのです。


何かある事象があった場合に、その事象を説明出来る原理が、
その宗教の創始者の体験、あるいは、教義上にないと、
私にはその宗教を信じきることができません。


私の限られた経験から言っても、

宗教の究極的境地を、

「どの道から登っても同じ頂上に行ける」

とは言えないと思われます。



では、あなたの信奉している「弁栄聖者の光明主義」はどうなのか、
と聞かれれば、

今まで私が出会ってきた宗派宗教の中で、

私の疑問点が解消でき、
いまだ、完全には解消されない疑問も、
弁栄聖者を信頼し、
何処か安心して、ひとまず、括弧に入れて、
脇に置いて置くことが初めてできるようになりました。

あたたがそう確信できる理由を更に問いたい、と言われれば、

①弁栄聖者の「霊格」への揺らぐことのない信頼感、更にはその深まり。

②弁栄聖者の光明主義により、神、如来認識の深浅という観点から、
宗派宗教が矛盾無く、それぞれ位置付けられると思われる点。


が主要な点として挙げられるかと思われます。


弁栄聖者の特徴的伝道の在り方は、

「破邪無き顕正」

と言われていますが、それは、

「神、如来に対する深甚なる三昧認識あってこそ」

であり、聖者にあっては、

「ほとんどの宗派宗教が、究極へと向かう道程である」

と認識されていたからだと推察しております。
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2012-06-28

「体は本覚の都に在って、化を百億に分ち、こゝに於いて一切諸仏は即ち本覚の弥陀。弥陀即一切諸仏たるの真理は自ら證(さと)らん」(『弁栄聖者光明体系 無対光』)

前回は、「有余涅槃」を中心にご紹介しました。

今回は、三身四智の仏の境涯である「無住処涅槃」をご紹介します。

「無住処涅槃とは、生死に住せず涅槃に住せず、永恒常住に、
一方には涅槃界に安住して、
また一面には生死界に分身応化して、
衆生済度の事業未だ曽て暫くも懈廃せざるなり、
故に無住処涅槃と云ふ。」(『弁栄聖者光明体系 無対光』


『仏陀禅那弁栄聖者著 光明主義玄義(ワイド増訂版)』は、
お手頃価格で手に入りますが、
光明主義のエキス中のエキスがまとめられていると思われます。

その文中に、

「私共が無余即無住処涅槃の実在解脱に帰入すると
方便法身をもって自然界に出現して
分身利物の活動をする身となる」


「方便法身は光明主義の厳密な意味では根本仏の分身として、
度すべき衆生の住する世界に出現して
表面的には衆生身として十方三世に活動する諸仏をさす」


「三身四智の仏眼を実現してから此の世を去ると、
無余即無住処涅槃の境涯がまざまざと実現する。
・・・光明主義の厳密な意味での方便法身が
無余即無住処涅槃界に於ける自己自身となる。」


以前ご紹介しました、

 「「法蔵菩薩は応身」とお説きになったのは、弁栄聖者だけである。」 
冨川茂筆記『田中木叉上人御法話聴書』


その深意は、上述のとおり。

テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

2012-06-23

「身体の更正。已に更正したる精神は如来大心光中に理想の浄土に逍遥(あそ)ぶものゝ、肉の有らん限りは自然の約束を全く脱する能はず。」(弁栄聖者著『如来光明歎徳章要解』)

前回は、 『笹本戒浄上人全集 中巻』に記されています、

驚嘆すべき弁栄聖者の「全分度生の完全な仏作仏行」の御教え

「完全な仏作仏行とは、
この地球上のみならず教化すべき衆生の住し得るあらゆる天体に
分身利物の霊的生活ができるようになって、
初めて全分度生の完全な仏作仏行といえます。」


をご紹介しました。


今回ご紹介します弁栄聖者の御教えは、
笹本戒浄上人なかりせば、
この世に言葉として残ることがなかったかもしれないと思われるにつけ、
戒浄上人のこの世への出現を大変ありがたく、
感謝の念を禁じえません。

「有余涅槃」とは、

「如来と精神的、観念的に合一し、
肉体をもって自然界に居る時に実現している境涯。」


と従来教えられてきたと思います。

しかし、弁栄聖者が笹本戒浄上人に開顕された御教示、

「弁栄上人が肉、または肉体といっておられる中には
肉の心と肉の身体の二つを含んでおる。」


と。

具体的には、

「この世を去って肉体は無くなったが、
未だ肉の心が残っておるので、
法身の中心である絶対の報身の全体と合一できておらないために
一時的に浄土に居る時」


があると、「有余涅槃」のもう一面の真相を開顕されました。

したがって、従来から言われてきたように、

「この世で如来に救われた方の肉体が無くなった後は、
往生し、お浄土で修行をするということではない」


というのです。

更に、後者の「有余涅槃」の真相を、

「大ミオヤの絶対理性と絶対感性の完全調和した光明摂化により、
六道輪廻によらないで、
大ミオヤの絶対無規定の大霊力によって衆生界に生まれて、
以前より更に高く深い三昧を実現する身として下さる。」


そして、

「遂に自然界で三身四智の仏眼を実現して、
肉の心がなくなって絶対の報身の全体と合一し後に死去して、
無余即無住処涅槃の境涯と
実在的、身体的に合一するようにして下さる。」


と。

参考文献は『笹本戒浄上人全集 下巻』 

これが正しい「有余涅槃」の真相である、
と確信をもって言うことは、私にはまだできません。

と言いますのも、余りに桁外れな境涯なので、
正直この真相を実感できるレベルには到底ないからです。

ただ、「肉の心」という概念は「眼から鱗」で、

「肉の心があらん限りは、お浄土に一時的にしか居られない」

何故なら、

未だ如来化されていない「肉の心」と「如来の自境涯」とは、異質なため

このことは、十分には分からないながらも、何か響くものがあります。


しかし、このことは、絶対に記事にし、
ご紹介したいと切願していたことの一つでした。

私の不勉強のために見落としていることも十分に考えられますので、
もしもこの種の教えを説いている方、文献がありましたら、
是非ともご教示願います。

2012-06-20

「完全な仏作仏行とは、この地球上のみならず教化すべき衆生の住し得るあらゆる天体に分身利物の霊的生活ができるようになって、初めて全分度生の完全な仏作仏行といえます。(弁栄聖者の御教え)」(笹本戒浄上人)

「・・・これは三身四智の三昧を得た八正道の境涯で、
正しくミオヤのお世嗣ぎとなったところ。
・・・これが弁栄聖者の御教えでございます。」


さらに続け、念押しして、

「この地球上の衆生ばかりが私共の化他の対象ではありません。
教化すべき衆生の住し得るあらゆる天体の衆生が、
私共の化他の対象であることをはっきり意識するように。」
(『笹本戒浄上人全集 中巻』)


仏の境涯がいかに超絶したものであるか
が、この御教えだけからでも推察できるかと思われます。

笹本戒浄上人の御説法には、
今まで聞いたこともない驚嘆すべき内容
が、
さらりと語られている箇所が所々にあります。

今回ご紹介しました箇所もその最重要の御説法の一つ。

もちろん、この御教えは、戒浄上人独自の見解ではなく、
弁栄聖者の三昧体験の深奥そのものであるようです。

聖者の御遺稿集を熟読すれば、
そこに書かれていることもあるかと思われますが、
なかなかそこまで読み取れないことも多いかと。


弁栄教学の卓越すべき点は、
御自身の深甚なる三昧体験から、

「如来による霊育過程」

を語られている点にあると思われます。

聖者は、如来による霊育過程を、
「念弥陀三昧の三十七道品」として開示されました。


具体的には、五根五力、七覚支、八正道として、
『弁栄聖者光明体系 難思光 無称光 超日月光』 
に詳しく説かれています。

この霊行過程(自行)と化他の関係について、
笹本戒浄上人は、弁栄聖者の真髄を具体的にお教えくださり、
大変ありがたいことです。


同様のことを田中木叉上人も、

「地球だけが文化の発達する所ではない。
人間は地球だけではない。
地球にお釈迦様が現れて下さったように、
他の世界にも現れて下さる。」

「「還来穢国」というのは、
肉身で、赤ちゃんになって生まれてくるのではない。
浄土に在って分身して他を導く。」
(冨川茂 筆記『田中木叉上人 御法話聴書』)
 

テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

2012-06-17

衆生の三大欲(食欲・性欲・睡眠欲)と仏の三欲に関する一考察

衆生に生得的に備わっている三大欲求「食欲・性欲・睡眠欲」

この衆生には自然な欲求が、成仏するとどのように成るのか、
また、仏道修行の実践においてどう関っていくのがよいのか、
このテーマにずっと関心があります。

言うまでもなく、この三大欲求は生物の生命維持、種族保存には不可欠なものですが
ひとたび念仏修行を始めますと、
この欲求とどう関っていくのがよいのかは、
なかなか厄介な問題です。

念仏修行とは、簡潔に申せば、

意に弥陀の身を憶念(愛慕)し、
口に弥陀の聖名を(不断に)称え、
身に弥陀の行動を実現する


と言い得るかと思います。

まず、「食欲」

何といっても、自己の生命維持の為には、
他の命をいただかねばなりません。

「どうして、人間は他の生き物の命を食べていいの?」

との子供の単刀直入な素朴な問いに対して、
確信をもち、しかも、子供が納得する答えをもっている大人が、
果たしてどれだけおりましょうか?

この事実一つをとっても、容易に解決できる問題ではありません。

その対極にある「仏の食欲」とは、

「愛楽仏法味 禅三昧為食」(世親菩薩『浄土論』)

弁栄聖者は、田中木叉上人へのお慈悲のたよりに、

「念々弥陀の恩寵に育まれ、声々大悲の霊養を被る」

と御教示されています。

つまり

「仏の食欲」とは、念仏三昧の功徳に依る法味への高次の欲求


といえるのではと思われます。


次に「性欲」ですが、
これが念仏修行において困難となるのは、

見仏三昧に不可欠な前提条件となる

如来様を愛慕するが故にお遭いし、
また、それ故に、如来様と一つと成りたい

という「霊的衝動」(弁栄聖者)
がなかなか起こり難い点にあります。

人間の性欲においては、説明の必要は不要かと思われます。

では、「仏の性欲」、
如来様と一体となっている状態は何故必要なのか。

仏とは単なる人格者の謂いではなく、
衆生済度の御力を身に付けていなければなりません。

如来様と一体となることにより、
如来様の霊力が仏の身心を通して、
全面的に発現する状態となる。


そして、仏の出現の因縁とは、

『法華経』で説かれているように、

「仏子の誕生」が、その終局目的


田中木叉上人の木叉(モクシャ)とは、
解脱、仏子の別名でもあります。


最後の「仏の睡眠欲」

これを解くのはなかなか容易ではありませんでしたが、
笹本戒浄上人の示唆により、
こういうことかなという程度の考えがようやくまとまりかけています。

弁栄聖者、笹本戒浄上人、田中木叉上人など、
深い仏眼を体得された方々の御発言の示唆に依ります。

これらの方々は皆、

衆生済度の対象を、生きている間のこの地球上にのみに限定していません。

つまり、「仏の睡眠欲」とは、
生物的制約を受けたこの肉体の死により、
別の天体、別次元での身を受けるための欲求
なのでは。

と推察しています。


最後に、ご参考までに、
三昧発得された方々の死後についての逸話をご紹介します。

ある時、戒浄上人は御自身の死の時期を予期され、

「私は近いうちに死ぬかもしれません。
しかし死ぬことはくわばらです。
今度生まれ代って来るのに時間がかかるので、
衆生済度のためには死ぬのはくわばらでございます。」


とある方に言われました。

木叉上人も、

「私の(布教の)仕事はこの体が終わってからが本番です。」

と、それぞれ意味深長なことを言い残されています。

2012-06-10

「世間の人は水の上を歩いたとか、お酒にかえたとか、手にふれて病気をなおしたとか、こういう事を大へんな奇蹟として驚くがそれは大した事ではない、それよりも・・・」(熊野好月著『さえらぬ光に遇いて』)

「・・・それよりも、悪の心を善心に立かえらせる。
これ程大きな奇蹟は外にない」


と常々仰っていらっしゃいました、と。

光明会発展のために女性の果たした役割は大きかったようですが、
いづれこの点に関しても記事を書きたいと思っています。

ところで、好月さんは、弁栄聖者の女性のお弟子で、
弁栄聖者にご随行されていたこともあり、
彼女の聖者観察からとても大切な事を教えていただけます。

「お上人様を特別のお方、不思議なお方と見られておるようでした。
又実際、常人のなし得ない事も何でもないもののように仕てしまわれます。
時々は両手に筆をもち同時に異なった歌を書かれたり、
お米ひと粒に般若心経一巻を書かれたり、
それは人を驚かせる為でなく、如来様のお慈悲を知らせたさに、
口でいうだけではよりつかないので
何とかしてとのやるせない心から方便としてお用いになった


と、好月さんは聖者の御心の深奥を鋭く正確に指摘されていると思われます。

聖者は、

「宗教家は奇蹟を現わさなくてはつまりません。
釈尊のお弟子でも多くの人が釈尊の教理に服して入道したのではなく、
釈尊の奇蹟に驚嘆してお弟子になっております」。

また「予言ができるとか、病気がなおるとか、
そんな奇蹟がなんの価値がありましょう。
凡夫が仏になる。これほど大きい奇蹟がまたとありましょう」。
(田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』)


とも。


「宗教家と奇蹟」

は、世間の大きな関心事だと思いますが、
私はこの聖者に関する逸話で、
この「宗教家と奇蹟」の議論の核心は尽くされていると考えています。

傑出した宗教家とは、

「奇蹟を顕そうとすればそれを顕す御力を持っているが、
それ自体に大した価値は置いておらず、
したがって、それを誇ることはしない。
宗教の真の目的は、衆生の心身の霊化にこそある。」


との認識に基づき、それらが実践出来得る方。


あるいは、
文学と宗教に関心をお持ちの方は、
ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』
あの有名な「大審問官」を思い出されたかもしれません。

「人間が心底望んでいるのは、奇蹟と神秘と教権である」

と大審問官はイエスに詰問し続けますが、
イエスは沈黙のまま、じっと聞き入いるばかり。

ずっと聞き入っていたのち、
突然、イエスは無言のまま老審問官に近づき、

老人のくちびるに静かに接吻した。
それが答えの全てなのだ。


老人はぎくりとなった。なんだか、くちびるがぴくりと動いたようであった。

と、彼は戸口に寄って、さっと戸を開けながら、
囚人に向かい、

「さ、出て行け、二度と来るな、どんなことがあっても」

と言って、放してやった。囚人はしずしずと歩み去った。

「宗教家と奇蹟」を文学的に表現した白眉、傑作中の傑作だと思います。

2012-06-09

「髄も大切だが、皮もおろそかにしてはいかん。「秘髄」と書いて笹本戒浄上人に叱られた。」(冨川茂筆記『田中木叉上人御法話聴書』)

この言葉に続いて、

「皆さんは、弁栄聖者の皮髄と頂けばよい。
皮で救われる人は、皮で救われたらよい。
髄で救われる人は、髄で救われたらよい、
皆に酒・餅を御馳走しようと言っても、そうは行かない。」
(冨川茂筆記『田中木叉上人御法話聴書』)


また、

「「髄」を受けた人が、「皮」を間違いと、そしってはいかん。」

と、田中木叉上人はご忠告されています。

木叉上人は、笹本戒浄上人の御推薦によって、
弁栄聖者の光明体系の御編集にあたられた光明主義の大恩人。

弁栄聖者の伝道の特徴は、

「破邪なき顕正」

であったと言われています。

数学者岡潔博士は、

「全てが不完全が完全に向かう道程である」

と聖者は見ておられたのであろうと。

弁栄聖者は、

「さようで。」
「それがよい。」または、「それでよい。」


と言葉少なに、語りかけておられたようです。

自分の経験上からも、

人は、自身の認識上の誤りには、なかなか気づかず、気づけず、
それどころか、その点を誤りだと強く指摘されると、
頑なになってしまい、聞く構えを閉ざしてしまいがちである。


と。

また、その相手の自尊心を軽視した誤りの強い指摘には、

むしろ、

自分の優位性の主張が無意識裏に働いていることが多いのかもしれません。

確かに誤った認識は、「不幸の元凶」となっていることも多いので、
「どうにかしてあげたい」
との相手への想いが本来の思いやりと思うのですが・・・

「三歳の子供が正宗の名刀をふりまわしても自他ともに傷つくる」
(田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』)


と弁栄聖者は、戒められています。

正に、弁栄聖者の御教えは切れ味鋭い名刀でもあります。


私は、昔から、「神、仏の正確な認識を得たい」との想いが強かったので、

この記事を書きながら、これらの御教えを、改めて訓戒としたいと思いました。

2012-06-06

「石窟(がんだら)に一生さゝげ野に朽ちて 仏きざむにわが名刻まず」(田中木叉上人『じひの華つみうた』)

仏典には、著作者が不明のものが多い。

この事実は、大変示唆深いと思われます。

「大乗経典」の真髄を、如来による「啓示」、

と解釈すれば、

啓示に「私」が入る余地は、無いはずです。

一方で、

「劫初より つくりいとなむ殿堂に われも黄金の釘一つ打つ」

与謝野晶子の「草の夢」所収のよく知られた歌ですが、

この心意気にも惹かれます。


2012-06-03

「伝道とは饒舌に喋ることではない。心の内にはたらくものが相手にはたらくこと。故に弁栄聖者は「伝燈」とも云われた」(田中木叉上人)

「辨栄辨栄というから余程弁のよいお説教師かと思ったら、
これじゃ辨栄じゃない辨無いじゃわィ」


と、聖者のご法話を聞いていた瓢軽の者がこのように言って、
皆を笑わせたことがありました。

参考文献:霊鷲山善光寺編『辨榮上人の思い出』

何とも失礼な聴聞者がいたものだという類いの逸話ですが、
実はこれは貴重な記録で、

弁栄聖者のお言葉は、
訛りがあり、声は小さく、聞き取り難かった


と、聖者を尊崇するお弟子さえも、そのような感想をもらされています。

したがいまして、

当時の信者方の聖者への尊崇の念は、
お世辞にも「説法の巧さ」によるものではない、


と推察されます。

聖者の最晩年のお弟子の一人に、鈴木憲栄上人という方がいました。

大谷仙界上人から、

「弁栄上人は三昧発得の御方、生きた如来様を拝んでおられる」

と聞かれ、聖者に大変興味を持たれました。

ある時、弁栄聖者が名号の掛け軸に礼拝されている姿に接し、
「聖者への信」が自然と芽生えました。

この方は、生きて在します如来様を拝まれていると、
その姿に、直観的に感得されたようです。

「仏作仏行」といわれます。

如来無差別智の一つに「成所作智」がありますが、
「所作を形成する智慧」とも言われています。

芸、武術など身体所作を鍛錬されている者、
特にその練磨された達人の所作が美しいのは、
この「成所作智」の働きによるもので、
その所作に「真善美」、特に「美」を感得するからだと思われます。

無差別智の権威の書として、
『無辺光』を推奨してやまなかった岡潔博士は、

「弁栄聖者の場合は、相手の阿頼耶識に直接働きかけるのであろう。」

との感想を述べられています。

聖者御在世中、信州の多田助一郎氏という在家者が、
聖者に御逢いした後、
その何とも言えぬ「霊的雰囲気」とでもいうべきものに包まれ、
しばらくそれが消えなかったのですが、ある時、それがふと消えた時、
なんとも言えぬ寂しさを覚えられたといいます。

弁栄聖者に出逢われた多くの人たちが、
ある種の「霊的雰囲気」を感得されているようです。


それは、

ある種の「懐かしさ」であり、
暖かさ、親わしさであると同時に、気高き「神聖さ」


でもあったかと思われます。

すでにお気付きかと思われますが、

その特性とは、まさに如来様の特性そのもの

私は、それこそが「生仏」の特性そのものだと確信している者ですが、

私の少ない読書経験、人生経験においてですが、
この様に確信できる御方は、
伝説ではなく、史実と確信できる御方においては、
弁栄聖者以外にはございません。

2012-06-01

「弁栄聖者という方は、なんか、有り難いのですね。」(田中木叉上人)

前回ご紹介しましたように、

友人でもあった大谷仙界上人(当時既に弁栄聖者の弟子)の命がけのお勧めにより、
木叉上人は、大正7年、34歳の時に聖者に初対面されました。

聖者御遷化の2年前。

もし、田中木叉上人が弁栄聖者と出会っていなければ、
聖者の御遺稿編纂、あれほどの伝記は存在しえず、
この不可思議な大ミオヤの御計らいの因縁に、
感謝の念を禁じえません。


弁栄聖者の田中木叉上人への導かれ方は、

「本を読むな、お浄土の事も聞くな、
ただ念仏せよ。
歩き出さねば聞く事も不必要だ。」


と云うものでありました。

今まで自分が勉強してきた様子とは全然違い、

「仏道とは成る程々々そういうものだ」

と木又上人はシンから感じ、念仏をする気になりました。


弁栄聖者から、御本尊としての御画像をいただき、
一週間、御念仏をする事を誓って、
鎌倉海岸のある洞窟に入ってお念仏を始めましたが、
しずくが落ちてくるので、そこを出て、
パンだけを用意して、小屋にこもり念仏が始まりました。

ところが、念仏を称えていても、
何のことはなく、馬鹿馬鹿しくも感じられ、やめようとも思われましたが、
聖者とのお約束もあり、
俺も男だと、「ただ意志の力だけで」お念仏をされていらっしゃいました。

勿論、如来様も想えない、慕わしくもない、砂をかむ思いで一生懸命やっておられますと、

或時は、自分で過去に於てやった種々の悪い行いの
その時のスガタが絵のように見えてきて、
懺悔心が自ずと起こり、涙がボロボロこぼれて来て止まらなかったこともあり、

その他いろいろなことがあり、
又蝋を喰むように只つまらなかったり、

とにかく、一週間のお念仏を頑張ったのですが、
お光明も頂けない、如来様に御逢い出来ない、
何の事もなく、帰京されたそうです。

弁栄聖者という方は、全国を伝道の為廻っていらっしゃったので、
暫くしてから、多聞室でお目にかかることが出来、

聖者がお部屋の中から、

「サアどうぞこちらにお入りなさい」と云って下さるのに、

突然、涙が次から次へと湧いて来て
どうしてもお部屋に入れませんでした。


と述懐されています。


それから、聖者に帰依する身となられてからも、
しばらく、木叉上人は念仏に苦労されました。

その年の暮れに、聖者が木叉上人に差し上げれた「お慈悲のたより」が、

光明会でよく知られた『年頭法語』。

「念々弥陀の恩寵に育まれ、声々大悲の霊養を被る。
十万億土遥かなりと愁ふること勿れ、
法眼開ける処に弥陀現前す。」


その後、
如来様をお慕い申す情に導かれた「憶念口称念仏」
にご精進をされ、

ついに、仏眼を開かれ、大菩薩として衆生済度をされました。

御遷化は、昭和49年ですから、ごく最近の方です。


参考:藤堂俊章編『田中木叉上人遺文集』 


また、ありがたいことに、

冨川茂、重住茂両氏の筆記による『田中木叉上人 御法話聴書』

が残されており、

仏眼による如来認識はいかなるものか、
が平易な言葉で記されており、
大変貴重な書。
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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