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2012-04-01

「念仏三昧とは不離仏、値遇仏の義なり」(『大品般若経』)

「不離仏、値遇仏」といえば、
鎮西聖光上人の言葉として記憶されている方が多いかもしれません。


龍樹菩薩著『大智度論』は、『大品般若経』の注釈書であり、

「不離仏、値遇仏」

について龍樹菩薩も説かれていると聞いたことがあります。


『般若経』に念仏とは、これいかに?

仏教の知識がある方には、当然の疑問かと思いますが、
『弁栄聖者光明体系 無辺光』に詳述されています。

「禅は、念仏行の内から、必然的に生じてきた。」

この点について現代、行学の面から解明されている第一人者が、
河波昌氏であるように思われます。

ここではこれ以上深入りしませんが、
関心のある方は、是非、河波昌氏の著作及び講演記録をお読みください。


「不離仏、値遇仏」に関しては、

「ただ一向に念仏すべし」

と念仏行の「形式」をお示し下さった法然上人でしたが、

その念仏行の「内容(内実)」は、歌に詠んでおられます。

「我はただ 仏にいつか あふい草 心のつまに かけぬ日ぞなき」(法然上人)

「不離仏」とは、「常時仏を憶念」と言えましょうか。


「真正面に、如来様在します。」

釈尊→善導大師→法然上人(の内実)→弁栄聖者の一貫した念仏修行のご指南で、
善導大師は、金言をもって表現されています。

「仏身円満無背相(仏身円満にして無背の相なり)
十方来人皆対面(十方より来る人、皆対面す)」


この最重要のご指南、しかし、その実践は、なかなか困難です。

私達の意識は通常、 「真正面に仏を念ずる」という念を保持しえず、
一般に、当初は相当意識的な努力を要するように思います。

この点に関して、
笹本戒浄上人と田中木叉上人のご指南がご参考になるように思います。

戒浄上人は、「一日3時間の念仏が必要である」と。

木叉上人は、「(〇〇し)ながら念仏」を勧められました。


木叉上人のお勧めは、せめて「ながら念仏」を、というご指南で、
「念仏しながら、〇〇する」がもちろん理想であります。

こんなことは可能であろうかと疑問に思われる方もあろうかと思います。

弁栄聖者の信奉者でもあり、念仏修行にも熱心であった数学者の岡潔博士は、

「論文の数字、文字に(如来様の)聖容を拝んでいた」

と聞いたことがあります。

また、徳本行者の伝記には、

「徳本は、聖徳太子には及ばないが、
念仏を称えながら、説法くらいはできる。
それをあやしむ者は、念仏が足らんのではないか」


と大説法をされたと記されています。


戒浄上人のご指南も、かなりショックな内容ではないでしょうか。

少し早めの念仏で、三時間で一万遍近く、
しかも、この実践が毎日となると、法然上人が勧められたように、
正に念仏中心の生活でないとかなり厳しいように思います。

もし仮に、常時「念死念仏(この瞬間に死ぬとの想いに徹しての念仏)」
の覚悟を持って念仏を称え続けられれば、
三時間という時間にこだわる必要はないとは思いますが、
この想いの持続はなかなか困難かと思われます。

また、念仏持続の難しさは、科学とは違い、
その効果が直ぐに実感しずらい点にもあるかと思います。

「単なる自分の思い込みに過ぎないのではなかろうか?
念仏は他力といいながら、これでは自力ではないか?」


これが、特に最初のうちの念仏修行における最大の煩悶ではないでしょうか。

「口先で南無阿弥陀仏といえばよい 心なくして申せるものか」(徳本行者)

「まごころはおこりかねても唯称え 称えておればおこるまごころ」(田中木叉上人)

こんな時、これらのお歌はとてもありがたく、励みになると思います。


「不離仏」の想いとは、木叉上人なら、

「如来様がいつも私を想っていることを、常に忘れないこと」

と言われるかもしれません。


戒浄上人、木叉上人のご指南とおりにはなかなか実践できませんが、
その方向に勤めて参りますと、
確かに何かが変わってくるように思います。

日常生活の中で、
「仏と離れていた」ことに、ふと気づく瞬間が生じやすくなる
ように思います。


「上人様あぶのうございます」と、
弁栄聖者のすれすれを走る車に「念(き)」をうばわれたお伴の恒村夫人がお袖を引くと、

「あなたは今、如来様を念(おも)うていますか。」

と、聖者は逆に説法をされました。

聖者からごらんになると、
「如来様から離れることが車にひかれる以上に危険である」
ということなのでしょうか。

また、弁栄聖者は人に念仏を勧めるのに、
ご自身では念仏を熱心に称えているようには見えないのを、
率直に意見した信者に対し、

「弁栄は、昔は一日十万遍、血尿が混じるほど念仏を称えたが、
今の方がよほど念仏している、と。
・・・行住座伏、寝息に至るまで念仏となっていた。」


と、田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』に記されていたことが印象深く記憶に残っています。


まだまだ道遠し、ではありますが。。。


~平成24年度初めの4月1日、想いを新たに。
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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