2015-07-08

唐沢山阿弥陀寺を巡る、弁栄聖者と田中木叉上人の逸話


大正八年八月十八日から一週間、
信州唐沢山阿弥陀寺の第一回の別時念仏会が、
弁栄聖者御指導のもと開催された時の印象深い逸話。


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田中木叉上人がお世話役だったため、
駅で、弁栄聖者の御到着を(確か、本をお読みにながら)お待ちになっていました。

ようやく、聖者が御到着され、木叉上人のご様子を覧になり、

(弁栄聖者)「何をしていたか。」
(木叉上人)「お上人様をお待ちしておりました。」
(弁栄聖者)「お天道様が照っている。何故、それを御姿と見て、お念仏をしていなかったのか。」

と、聖者は木叉上人をお叱りになったそうです。

木叉上人が聖者に初めてお逢いになったのは、
大正七年のことでしたので、
お念仏を始められてから、まだ一年ほどしか経たない頃のこと。

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弾誓上人の精神を受け継がれた徳本上人の、あの特徴的な御名号石。
     
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弁栄聖者が、庫裡の広間におられた時、
田中木叉上人は、縁側から眺める諏訪湖の美しさに見とれて、

「お上人様、弾誓上人は余りに景色が良いので
ここにお寺をお開きになったのでしょうね」

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と、ついうっかり申し上げますと、聖者は、

「いいえ、日想観と水想観に適した土地ですから、
弾誓上人はここにお寺を開かれたのです。」

とお答えになられました。

木叉上人は、肉眼に映じた美しい風景のみに魅せられた自身を反省されたそうです。

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「弾誓上人の御加持水」

実に、清らかな聖水!

「聖地と聖水は、不可分の関係にある」と確信しました。

「水想観に適した土地」

決して比喩ではないと、実感できると思います。

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弁栄聖者御遷化の後、田中木叉上人が導師として、
唐沢山別時念仏会をご指導されるようになった時のこと。

「弁栄聖者の護念がある。
聖者が今現に此処に在しますことが信じられない者は、
即刻、山から下りるように!」


と、厳しくもあり、また、弁栄聖者への誠心を吐露されたことがあったそうです。


唐沢山阿弥陀寺を巡る弁栄聖者の印象深い逸話といえば、
柴武三氏との逸話は外すことはできません。

とても興味深く、示唆にも富んでいる貴重な逸話ですので、
次回、記事にしたいと思います。


なお、毎年、
八月上旬には、観智院主催の、
八月中下旬には、光明会主催の、
唐沢山別時念仏会が、それぞれ開催されています。

(注)
唐沢山別時念仏会の特徴的な伝統は、

原則「雑談厳禁」ですので、

くれぐれも、この点をご留意のうえ!
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2013-09-08

「南無智慧光仏  如来智慧の光明に 我等が無明は照されて 仏の知見を開示して 如来の真理悟入るれ」(弁栄聖者作『如来光明礼拝儀』)


前回、記事にしましたが、

弁栄聖者は、『無量寿経』で開示された「阿弥陀仏の本願」の深意に関して、
「智慧光」として、画期的な卓見、解釈をご提示されました。

南無智慧光仏

如来智慧の光明に
我等が無明は照されて
仏の知見を開示して
如来の真理悟入るれ

(「南無十二光仏」弁栄聖者『如来光明礼拝儀』)


ご案内のとおり、
極めて重要な大乗経典である『法華経』に開顕された釈尊の本懐

「我一大事因縁ヲ以テ世ニ出現セシ所以ハ
一切衆生ヲシテ仏知見ヲ開示悟入セシメンガ為也」
です。

弁栄聖者は、大乗仏陀釈尊及び法然上人の最晩年の三昧の内実を、

「自性は十方法界を包めども
中心に厳臨し玉ふ霊的人格の威神と慈愛とを仰ぐもあり。
真空に偏せず妙有に執せず、
中道に在て円かに照らす智慧の光と慈愛の熱とありて、
真善微妙の霊天地に神を栖し遊ばすは、
是れ大乗仏陀釈迦の三昧、又我宗祖の入神の処なりとす。」


と、 『宗祖の皮髄』にお示しになっています。

「空」という言葉から、
「無」、「虚無」といったことを、イメージしやすいかと思いますが、

詩才がおありになった田中木叉上人は、

大ミオヤの「空」的側面を、

〇「すきとおり尽十方はただ光 是ぞ我かもこれ心かも」

〇「斯の心 身の内のみか満天地 見ゆる所に見る心かも」

と、「じひの華つみうた(三) 光にとけて」『光明歌集』に詠まれています。

また、大ミオヤの「妙有」的側面を、

「ああ尊とああ〈 尊とああ尊と 輝き給う大ミオヤ様」

と、「じひの華つみうた(三) 光にとけて」『光明歌集』と詠われています。


「真空(慧眼)即妙有(法眼)」、「即」の状態こそ、仏眼の境涯。

更に、文才豊かな田中木叉上人は、

「真空」と「妙有」の境涯を、「称名三昧」として、
次の如く、実にありがたく、表現されています。

「真空」的側面は、

「身も感ぜず、心もわからず、何も無くなり、
外の物も、内の心もすべて無くなり、いっさい、何もなくなる、
何も無いが、ただ、ハッキリして、カラッと ハッキリしている、
心身とも無くなってところは、死人同様であるが、
ハッキリしているので、死んだのではない、
眠ってしまったのでもない、カラット ハッキリしている、
時間も空間も無い、唯、ハッキリしている、・・・」
と。

煎じ詰めると、私達が心底希求している望みである
三世を貫く「真実の自己」、「不死」に目覚めた境涯

弁栄聖者は、この大ミオヤの「空」的側面を

「清きみ天は朗らかに」『聖きみくに』(『如来光明礼拝儀』所収)

と、詠われています。

「妙有」的側面を、田中木叉上人は、

「この三世十方をつらぬく ハッキリさも勿論ありがたいが、
それだけではなく、更に更に有難いことは
大悲大慈の光明顕赫たる大御親様が現前ましまして下さる時がある
着物に過ぎぬ この身体の命終の時もそうであるが、
命終でない平素の念仏三昧中に現前ましまして
その分、その分に応じて、
大御親様の内容にそなえ給う万徳の一部一部を、
ひれ伏し拝む心に、与え下さる、それが一ばん大切な、ありがたい、
辱けない、もったいない、感応同交の願わしさ
である。」
(藤堂俊章編『田中木叉上人遺文集』)

弁栄聖者は、この大ミオヤの「妙有」的側面を

〇「常世の国現れる」
〇「金の相好妙にして 月のみ顔は円かなり
巍き威儀は厳そかに 万の徳は満みてり」

(「聖きみくに」『如来光明礼拝儀』所収)
と。

田中木叉上人が表現された、

「平素の念仏三昧中に(大悲大慈の光明顕赫たる大御親様が)現前ましまして、
その分、その分に応じて、
大御親様の内容にそなえ給う万徳の一部一部を、
ひれ伏し拝む心に、与え下さる、それが一ばん大切な、ありがたい、
辱けない、もったいない、感応同交の願わしさである。」


の内実を、弁栄聖者は、

「開示悟入」の入の位である「三身四智の仏眼」
その究極である「認識的一切智の境涯」を、
『無量光寿』に、さらっと開顕されています。

「すでに証得したる無量光は尽十方の空間を尽したる霊体と合一したるも、
已後の無量光は、
数量に於て、若くは色法心法一切の万法に於て無量無辺なり。
この無量の法には各其自性の理を有す。
一切の無量の事々物々の真理を悟る事の無量光と云う。
無量は一切万法に名け光明は万法を悟る智慧に名く。
智慧に真理を認識する智と又実行を照す智慧とあり。
この両面に在りて照す処の智慧を云う。
寿とは生活々動の義または実地の行為の義なり。
即ち光明の中に仏行永遠無窮に行うを無量光寿と云う。」
(『弁栄聖者光明体系 無量光寿』)

霊体との形式的同一は、「理の無量光」=「無生忍」の境涯であり、
この境涯を、

「此に於て能事終れりと謂うは甚だ誤謬なり。」とし、

弁栄聖者は、釈尊の甚深なるお悟りである「開示悟入」の入の位
「無生法忍」の境涯である「三身四智の仏眼」、
その究極である「認識的一切智の境涯」=「事の無量光」を、
開顕されました。

弁栄聖者の衆生済度の特徴を、田中木叉上人は、

「破邪なき顕正」

と、言われていますが、

「宗教体験には、深浅がある」ことは、決して忘れてはならない自明の事実である、

と、弁栄聖者を学んでいくと、自然とそう思えてきます。

光明主義、弁栄聖者の信奉者であった、数学者の岡潔博士について、
岡潔博士に、光明主義をご教化された田中木叉上人は、

「岡先生は、「智慧光」から入られるでしょう。」

と言われた、と伝えられています。

数学者岡潔博士が、光明主義、弁栄聖者に帰依され、
光明主義形式のお念仏をされ始められ、
心境の深まりと相即するかの如くに、数学上の画期的な発見をされたのは、

この弁栄聖者に開顕された、

相対自然界と絶対心霊界の根本仏、
両界の法則を規定されている大ミオヤの実在


を抜きには、理解することが困難ではないでしょうか。

最後に記しますのは、数学者岡潔博士が感銘を受けられた笹本戒浄上人の甚深なる三昧証入上の至言。


〇「自然数の一を知るためには、無生法忍を得なければならない。(笹本戒浄上人)」(「独創とは何か」『岡潔 日本の心』)

〇「数学は、一とは何かを全く知らないのである。」(岡潔)


※ 「無生法忍」とは、「大自然(物心両面の自然)の理法を悟るという悟りの位」であり、
「相対・絶対両界の根本仏としての報身のいっさいの理法と合一した境界」

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2013-06-16

「大体「見仏三昧」というのが生意気の言葉です。」(冨川茂筆記 『田中木叉上人 御法話聴書』)(注)田中木叉上人とは、『弁栄聖者光明体系』の編纂に、御生涯を捧げられた方。


冨川茂氏と重住茂氏筆記『田中木叉上人 御法話聴書』は、
まさに奇書で、こんな本をよくぞ残して下さったと、
感謝にたえません。

ところが、この御法話集には、時々ドキッとする言葉に出遭います。

今回ご紹介する御法話も、そんな言葉の一つです。

「見仏三昧」とは、
弁栄聖者がこの顕正のために、この世にお生まれになった、
と言っても過言ではないほどの最重要事です。

したがいまして、この木叉上人の言葉を字義どおりに受け取りますと、
手痛い火傷を負う危険があるように思われます。

しかしまた同時に、極めて重要なご指南ともなっているようにも思われます。

「見仏」という言葉に、抵抗を覚える方、
また、「仏を見る」ことが果してそんなに重要なことなのか、
と疑問を覚える方、ピンとこない方がいらっしゃるのは、むしろ、当然かと思われます。

「見仏」の「見」とは、別の表現では、「遇」と表現され、「値遇仏」と。

現代の私達の生活は、視覚優位となっていますので、
「見」という言葉から直ぐに、視覚系の事柄を連想する傾向があると思われます。

ところが、「見仏」とは、視覚系の仏を「見る」ことだけに限定されず、
五感(視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚)及び意識をも包超する事象です。

まず、この認識が大切かと思います。

次に、「仏眼を開かれた」田中木叉上人が、

「見仏三昧」という表現をそもそも「生意気の言葉」です。

と言われた真意の解明です。

ここでも、「見仏」という表現に注意する必要があります。

「見る」とは、「私」がある「対象」を「見る」こと。

この私達の肉眼による常識が、誤解を生ぜしめるそもそもの元凶なのです。

ドイツ神秘主義を代表するマイスターエックハルトは、

「私が神を見る眼は、神が私を見る眼と同じである」

と言っているようです。

「見仏というからおかしい。
お遇い申す(値遇仏)その親様が、アナタの方から現れて下さる。」


この田中木叉上人の御法話は、さりげない表現ですが、
仏教、いや、宗教上、極めて重要なご指摘かと思われます。

弁栄聖者は、『般舟三昧経』をことのほか、最重要視されました。

「仏の威神力を持ち、仏の三昧力を持ち、本功徳力を持つ。
この三事を用うるが故に仏を見ることを得。」
と。

ここで、重要なことは、

私の「空」化が、前提となっており、
「三昧」の成就「見仏」不可分の事象であり、
それらが、仏(神)の働きに依っている、という点です。

「見仏三昧」を、私の行に拠って、私が三昧を開くと捉えていたとしたら、
それは、曲解も甚だしく、
田中木叉上人が痛烈に批判されたとおり、
そもそも「生意気」な態度そのもの。

「見仏」は、五眼での法眼と仏眼に依り認識可能と言われていますが、
法眼では、法界の真相の全面認識は不可能
如来からの「他受用」の状態で、
しかも、「慢心の元」が断たれていない状態

法眼と言われる極めて高い境涯にも、「退転の危険」があるというのです。

弁栄聖者、笹本戒浄上人、田中木叉上人など、仏眼を体得さた仏、大菩薩は、

体験上から、「見仏三昧」の深浅を詳らかに認識され、正確に判釈され、

「見仏三昧」に依る終局目的である「霊格の形成」を目指されました。

「「聖意(みむね)の現われを祈る」これが弁栄聖者が特に教えて下され、
我々が挙々服膺(けんけんふくよう)しなければいかん事である。」
(冨川茂筆記 『田中木叉上人 御法話聴書』)



最後に、一言。

「指方立相」は、凡夫へのご指南と言われてきていますが、
弁栄聖者ご指南の「三昧仏様」を拝む「念仏三昧」を、
従来どおりに理解すると、誤ります。

「念仏三昧」とは、凡夫、声聞、縁覚、菩薩、仏を問わず、
成仏に不可欠な修行法
というのが、
弁栄聖者が認識された法界の真相

その根拠は、仏身論に依ります

弁栄聖者は、三身四智の仏眼の御境涯から、
「成仏の在り方」を、次のように詠われています。

「人仏牟尼は一向(ひたすら)に 本仏弥陀を憶念し
 本仏弥陀の霊徳は 牟尼の身意に顕現す
 入我我入は神秘にて 三密正に冥合し
 甚深不思議の感応は 是れ斯教の秘奥なり」
(弁栄聖者「仏々相念の讃」の一部)

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2013-04-14

「成り行きの奥に導く慈悲のみ手 よかれあしかれ やがて良くなる」(田中木叉上人作詞「じひの華つみうた」『光明歌集』)

田中木叉上人の御法話の魅力は、
宗教的な内容の話しを抜きにしても、
「有益な実生活の智慧が頂ける」ことが挙げられるかと思われます。

木叉上人は、御法話の中で、
栂尾の明恵(みょうえ)上人の逸話を話されたことがありました。

明恵上人とは、鎌倉時代に活躍された「華厳宗中興の祖」。
また、法然上人を『摧邪輪』等で批判されたことでも知られる名僧。

明恵上人御在世中に、鹿がお寺の庭を荒らしたので、
どうしたらよいかと、明恵上人に弟子が相談された時、

明恵上人は、「鹿を撃て」とその弟子に命じました。

それを聞いた弟子は、明恵上人にはあるまじき無慈悲なこと、
とその真意が理解しがたく、明恵上人に尋ねました。

もちろん、実際に鹿を撃って殺生せよ、と命じたわけではありません。

「鹿に向けて銃を発することにより、
鹿は人間を恐れ、人間の傍に現われなくなる。
今回は寺の庭だからよかったものの、
今度、村の畑に現われたら、村人に生け捕りにされ、殺されてしまうだろう。
それを防ぐために、「鹿を撃て」と命じたのである。」

と明恵上人は、そのお弟子に諭されたそうです。

田中木叉上人は、

「光をつけてものを見よ。ものみなすべて意味がある。」

とよく説かれ、

人生に不可欠な智慧として、先見の明、判断の明の他に、

「透見の明」を強調されました。

「事実」には、「現実と真実」の二面があり、

「現実」のもう一つ奥の真相を見抜く眼力が、「透見の明」である、と。

仏教では「因果応報、自業自得」を説きますが、

実際には、「因」→「縁」→「果」と、
「縁」が大きな働きを果たしており
これらの関係は、実際には、重々無尽の連鎖となっており、
単純な一対一対応の「因果関係」では解明不可能で、
むしろ、「目的論的」に考えた方がより有益な場合が多い
ようにも思われます。

弁栄聖者の衆生済度の在り方、田中木叉上人の御法話を読んでいますと、
一般の読者にも根強い支持のある「河合隼雄」氏が想い出されることが多いです。

これは偶然ではなく、必然なのだと思います。

河合隼雄氏は、ご案内のとおり、
日本への「ユング心理学」の紹介者にして、
また、日本に心理療法を普及させた大功労者。

どちらも、「机上の学問」ではなく、
実践活動として「自己実現」に取り組んでいたことが通底しているからです。

河合隼雄氏の、日本人として、心理療法における唯一の師は、明恵上人であり、
『明恵 夢を生きる』という示唆に富む著書を著わしています。

以前、 弁栄聖者と明恵上人」について記事にしました ので、
ご興味のある方は、お読みください。

私は、弁栄教学の理解には、井筒俊彦氏の著作が、
弁栄聖者の衆生済度の在り方の理解には、河合隼雄氏の著作が有益である、
と常々感じてきました。

なお、弁栄聖者にも若い頃から注目されこられた気鋭の評論家若松英輔氏は、
近著『井筒俊彦ー叡知の哲学』の中で、
河合隼雄氏と井筒俊彦氏との関係、「思想家としての河合隼雄」に着目されています。

河合氏は、心理臨床の実践の中で、

重々無尽の不可思議な「縁」の醸成過程とその果たす役割、つまり、

「布置(コンステレーション)」と「共時性」

の現象とその意義に、早くから気付き、しかも、

「主体者の意識の在り様が、極めて重要な役割を果たしていること」

に直に気づかれ、それらを、心理臨床の実践活動に生かしてこられ、

更に興味深いことに、晩年には、井筒俊彦氏との出会いにより、
ご自身の心理療法観の確立に、多大な影響を受けています。

もちろん、河合氏は、心理臨床家であり、宗教家ではないので、
絶対者である神や仏は、説きませんが、
その実践活動は、宗教的と言ってよい側面が濃厚であるようにも思われます。

絶対者である神や仏は、

「縁」をとおして、衆生に働きかける。

これが、「墓場まで持っていかれた」河合隼雄氏の歳晩年の思想の「核心」であり、

河合氏が最晩年関心を寄せていた華厳で説かれる「事々無礙法界」の深層であり、真相であろうかと。

また、河合隼雄氏の叡智、洞察は、
通常流布している「自己実現」とは「自我実現」の場合がほとんどで、
「自己実現」と「自我実現」を区別し、
「自己実現」は、「自我」にとってはマイナスという形で突き付けられる場合が多いと。

したがって、「自己実現」においては、その事態の「意味を考える」ことが不可避となり、
その際、「因果論的思考」よりも、「目的論的思考」がより重要になると。

先にご紹介しました田中木叉上人の御教えを、ここでまた、再掲します。

「光をつけてものを見よ。ものみなすべて意味がある。」

「現実」のもう一つ奥の真相を見抜く眼力が、「透見の明」と。

この捉え方は、心理臨床、宗教を問わず、
人生を生きる処世観としても、とても有益な思考法かと思われます。


また、田中木叉上人は、御法話の中で、

失意泰然(たいぜん) 得意澹然(たんぜん)
有事暫然(ざんぜん) 無事澄然(ちょうぜん)


と、味わい深い生活の智慧、処世訓でもある『六然訓』の一部を引用されています。

参考文献冨川茂筆記『田中木叉上人 御法話聴書』・重住茂筆記『田中木叉上人 御法話聴書』、
田中木叉上人作詞『光明歌集』

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2013-04-06

「竹には節がある。人間万事、時に節あり。時節を待つ事が大切である。(田中木叉上人)」(『田中木叉上人 御法話聴書』冨川茂筆記)

田中木叉上人の御法話は、行学両面における広さ深さは言うに及ばず、
日常生活への配慮、また、人情の機微に精通された智慧が、
本からも感じられ、大変感銘を受けます。

いわゆる「説教臭さ」とは、ほとんど無縁です。

木叉上人は、大変厳しい一面がありましたが、
また、慈悲と智慧にも溢れ、
御在世当時、信者から大変尊崇されていた大導師でもあったようです。

木叉上人が聖者に邂逅された時の逸話は、以前記事にしましたが、


今回は、正直、記事にすることを躊躇しましたが、
聖者ご在世中、つまり、今から百年ほど前のこと、
大変示唆に富む逸話でもありますので、
記事にしました。

その宗教が教団、つまり、人間集団になれば、
通常の日常生活で起こりうることは、
大小の差はあれ、宗教教団といえども、起こりうることかと思われます。

弁栄聖者ご在世当時、
信者同志の間で、世間的にはもちろん教団内においても、
非難されかねない事態が起こったそうです。

その事態を知った信者が会を心配して、
田中木叉上人にその者に注意するように強く要請しました。

思い余った木叉上人は、
「注意をしたものでしょうか」と弁栄聖者にお尋ねになりました。

前回の記事では、聖者のお金を使い込んだ者に対し、
「警察に届け出るように」
との聖者の意外なご指示に関する逸話でしたが、

今回の事態に対して弁栄聖者は、

「注意をするな」と、これまた逆の意味で、意外なご指示でした。

木叉上人は、こんなことは倫理的に許されることではない、
弁栄聖者の真意が量り難いと思い、
念のために、聖者に再確認されると、

「いやそうではない。
如来様が付いていて下さるから、詣って念仏さえしておれば

と、聖者から大説法をたまわったそうです。

前回も記しましたが、
もちろん、これも、三身四智の聖者
弁栄聖者の了々たる「大円鏡智」と豊かな「妙観察智」による衆生済度の働きであり、

この逸話も、一般化できないことであるとは思います。

また、これは、親鸞聖人が注意された「本願ぼこり」
つまり、「弥陀の本願があるので悪いことをしても凡夫は救われる」、
ということではないか、との疑義も生ずるかとも思われます。

「道徳は、救いの条件に非ず、救いの結果なり。」(『田中木叉上人御法話聴書』)

と、木叉上人はご説法されています。

もしも、「克己心」のみで、「道徳完備の人格」が陶冶されるのであれば、
宗教、つまり、神や仏は必要はないとも思われます。

また、木叉上人は、「本願ぼこり」はもちろん「凡夫ぼこり」も戒めておられます。

「凡夫ぼこり」とは、「凡夫を看板にしてなまけることの言い訳」とも。

「私のようなものは、とても・・・というのは、
如来様に対する不遜な態度である。」


それは、謙遜ではなく、如来様の御力を見くびっているのだと。

木叉上人は、目を、
私ではなく如来様に向けるようにいつも注意されていた
ようです。


話を戻し、この事態の後日談を記します。

しばらく後に、

「一日三千礼の懺悔念仏をして」、キッパリと手を切ったそうです。

「もしも、自分が注意をしていたら、
その者はキッパリ来なくなり、(念仏とも会とも)縁が切れてしまう。」

そうすると、このような事態でありうる最悪の事態
ということになってしまったかもしれないと、
田中木叉上人は実感をもって語られています。

また、この逸話の時期は、
木叉上人が弁栄聖者に邂逅してまだ僅かの時期でありましたが、
反省もされ、また、聖者の衆生済度の力量を印象付けられたようでした。

「竹には節がある。人間万事、時に節あり。
時節を待つ事が大切である。(田中木叉上人)」
(『田中木叉上人 御法話聴書』冨川茂筆記)


深い「人間観・人生観」と「宗教体験」をうかがわせる言葉かと思われます。

2013-02-17

「すきとおり尽十方はただ光 是ぞ我かもこれ心かも」(田中木叉上人作詞「じひの華つみうた(三) 光にとけて」『光明歌集』)

「白隠展」(~2013年2月24日 渋谷・東横本店横 Bunkamura ザ・ミュージアム)を観てから、
「禅と念仏」への関心が再燃したようです。

「白隠展」を観ての感想は、こちら。

弁栄聖者の直弟子、信者方の中で、
聖者ご提唱の「光明主義念仏」のみで、
深い悟り「仏眼」を得られ、しかも、まとまった文章等が遺されている方は、
田中木叉上人をおいて他にいません。

(注)「光明主義念仏」といっても、もちろん、念仏に違いがあるわけではありませんが、
念仏を唱える際の「心のかけ方」に違いがあるだけです。
しかし、この「心のかけ方」が、決定的に重要と云われています。
ただ、このことは、弁栄聖者の我見、独創では決してなく、
釈尊、善導大師、法然上人の真精神を、聖者が「開顕された」に過ぎません。

もちろん、聖者の直弟子の中で笹本戒浄上人は、
念仏に拠って「仏眼」を得られましたが、
聖者に出遭われる前に、既に、「見性体験」がありました。

弁栄聖者ご自身もお若い頃、「華厳法界観」を成就されていますので、
ある信者が問われました。

「私たちも弁栄上人のように、華厳の修行をする必要がありますか?」と。

聖者はその疑問に対し、

「いいえ、その必要はありません。念仏のみでよろしいです。」

と、キッパリと自信を持って、お答えになっています。

「すきとおり尽十方はただ光 是ぞ我かもこれ心かも」
(田中木叉上人作詞「じひの華つみうた(三) 光にとけて」『光明歌集』)


この木叉上人のご道詠、
意外に感じられるかもしれませんが、
もちろん、念仏者のものです。

さらに、

「斯の心 身の内のみか満天地 見ゆる所に見る心かも」
(田中木叉上人作詞「じひの華つみうた(三) 光にとけて」『光明歌集』)


とも詠まれています。

禅の悟り「見性体験」=「慧眼」を、
こんなふうに詠まれると、何か伝わるものがありませんか。

もちろん、「仏を念(縁)ずる」念仏ですから、
「慧眼」の他、心霊差別現象を認識する「法眼」も開かせていただけます。

「ああ尊とああ〈 尊とああ尊と 輝き給う大ミオヤ様」
(田中木叉上人作詞「じひの華つみうた(三) 光にとけて」『光明歌集』)


笹本戒浄上人は、

「白隠禅師は晩年は念仏をされていました。
そこまでいく禅者は宗教的天才に限ります。」


とご指摘されました。

前回記事にした後、多少補足する必要があると思いました。

「仏眼は慧眼と法眼とを統一し双照す。」
(「成所作智」『弁栄聖者光明体系 無辺光』 )


「慧眼」も「法眼」も、まだ道中、
「慧眼と法眼とは、背面相翻の状態」、
時を異にして交互にお育てを被っている状態で、
大ミオヤの部分的真理認識の段階。


禅などのように、霊相等を否定してもそれが自ずと顕現してくるのは、
その現象が「魔」などでは決してなく、

「慧眼満位になると自ずと法眼が開ける。」

これが、厳然たる「心霊差別現象を規定している大ミオヤの法則」です。

「見性体験」=「慧眼」といっても、
本当は、真実は、自力で開けるものではなく、
「如来平等性智」に依って、開かせていただいているのですが、
自力の観念が強過ぎるため、この事実になかなか気付けない状態。

神・仏の実態、真実は、
言わずもがなですが、「人間の信念に左右されるものでは決してない」
神仏観が、宗教、宗派等により異なるのは、
「人間の側の、神仏認識の深浅に依る」


と断言してよいように思われます。

弁栄聖者の実地体験に依りますと、
「仏眼の境涯」にも、更に無尽の深さがあると云うのです。

田中木叉上人は、「慧眼」形式面での合一では得られない、
「法眼」、「仏眼」による内容面での融合の実態のほんのさわりを、
分かりやすく文章に遺してくださいました。

「この三世十方をつらぬく ハッキリさも勿論ありがたいが、
それだけではなく、更に更に有難いことは、
大悲大慈の光明顕赫たる大御親様が現前ましまして下さる時がある、
着物に過ぎぬ この身体の命終の時もそうであるが、
命終でない平素の念仏三昧中に現前ましまして、
その分、その分に応じて、
大御親様の内容にそなえ給う万徳の一部一部を、
ひれ伏し拝む心に、与え下さる、それが一ばん大切な、ありがたい、
辱けない、もったいない、感応同交の願わしさである。」
(藤堂俊章編『田中木叉上人遺文集』)


弁栄聖者は、「開示悟入」の入の位である「三身四智の仏眼」
その究極である「認識的一切智の境涯」を、
『無量光寿』に、さらっと開顕されています。

「すでに証得したる無量光は尽十方の空間を尽したる霊体と合一したるも、
已後の無量光は、数量に於て、
若くは色法心法一切の万法に於て無量無辺なり。
この無量の法には各其自性の理を有す。
一切の無量の事々物々の真理を悟るを事の無量光と云う。
無量は一切万法に名け光明は万法を悟る智慧に名く。
智慧に真理を認識する智と又実行を照す智慧とあり。
この両面に在りて照す処の智慧を云う。
寿とは生活々動の義または実地の行為の義なり。
即ち光明の中に仏行永遠無窮に行うを無量光寿と云う。」
(『弁栄聖者光明体系 無量光寿』)


霊体との形式的同一は、「理の無量光」=「無生忍」の境涯であり、

「此に於て能事終れりと謂うは甚だ誤謬なり。」とし、

釈尊の甚深なるお悟りである「開示悟入」の入の位、
「無生法忍」の境涯である「三身四智の仏眼」、
その究極である「認識的一切智の境涯」=「事の無量光」を、
開顕されました。

私が、大悟徹底された念仏者である弁栄聖者に関心があり、
尊崇してやまないのは、
弁栄聖者の「宗教体験、神仏観、神仏認識」の甚深さにあり、
それを著作に遺された方が、ほとんど絶無に近いと思われるからです。

今回は、かなり長くなりましたが、

最後に、弁栄聖者によって直観された、
大乗仏陀釈尊、晩年の法然上人のお悟りの内容が、
『宗祖の皮髄』に記述されておりますので、
それを記して終わりたいと思います。

「自性は十方法界を包めども中心に厳臨し玉ふ霊的人格の威神と慈愛とを仰ぐもあり。
真空に偏せず妙有に執せず、
中道に在て円かに照らす智慧の光と慈愛の熱とありて、
真善微妙の霊天地に神を栖し遊ばすは、
是れ大乗仏陀釈迦の三昧、又我宗祖の入神の処なりとす。」
(山崎弁栄上人述『宗祖の皮髄』)

2013-01-19

「慧眼・法眼のどちらかが頂けても、我が子や店員がこちらの言う事を余程よく聞くようになる。」(冨川茂筆記『田中木叉上人 御法話聴書』)

この言葉の後には、

「・・・愛情を通して、もって行くと、
こちらの言う事をよく聞くようになる。
・・・普通は、相手を道具にしている。
相手に念が通じる。
自分と人とは、日本とアメリカが地底でつながっているように、
つながっている。それが、「同体」です。
相手の喜びをこちらが喜ぶのが「大悲」です。」
(冨川茂筆記『田中木叉上人 御法話聴書』)


と、木叉上人は、ご説法されています。

弁栄聖者は、「同体大悲」に「おもいやり」とルビを振っておられます。

田中木叉上人は「同体大悲(おもいやり)」の実行の前提として、

「慧眼・法眼のどちらかが頂けても、・・・」と前置きされていることは、
見落としてならない決定的に重要な点です。

「おもいやり」は、重要な徳目の一つですが、
私たちの理性的、意志的努力だけでは、
それを全うすることは、原理的に不可能だからです。

何故なら、

私達には、「自他弁別本能」(岡潔博士命名)という、
「根本無明」が自ずと備わっている
からです。

『法華経』に、「一切衆生は、皆我が子なり」という有名な句がありますが、
「同体大悲(おもいやり)」の実行の前提として、
このお悟り、認識を得ていることが必須
です。

「慧眼」・「法眼」の境涯では、
「同体大悲(おもいやり)」を全うすることは、まだ不可能
です。

「根本無明」が、まだ霊化しきれておらず、
「自他弁別本能」が残っているためです。

岡潔博士が、 田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』を読まれて、
一番驚嘆するのは、
弁栄聖者の「無私、私心の無さのその徹底さ」です。

弁栄聖者が、「三身四智の仏眼」のご境涯におられていたことの証左の一つです。

「(弁栄)上人は
「知識(みちびくひと)は月を指す指です。
月さえ見れば指に要はない。
とかく月を忘れて指に眼をつける、月に目をつけねばなりませぬ」と。」
田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』 )


この訓戒は、とても重要なご指南ですが、

また、同時に、忘れてはならない点は、

弁栄聖者に顕現されていた大ミオヤ(親様)の霊的風光です。

以前極めて大事なことですので、記事にもしましたが、
聖者は、ご説法が上手ではありませんでした
 。

つまり、巧みな話術によって、
相手を惹き付けたわけではなかったのだと推察されます。

聖者ご在世中の弟子、信者方は、
その聖者の霊気に触れ、
お慕いし、懐かしみ、畏敬し、また、憧憬したのだと思われます。

「法尊しと云えども、法は人に依りてこそ、伝わる。」

これも、厳然とした真理です。

2013-01-12

忰山紀一著『弁栄上人伝聞記』(別冊螺旋2号・千島学説研究会編)

大変便利な世の中になったと感謝します。

現在の様にネット環境が整備されていなかったならば、
一般には流通しない、このような本に出会うことは、
あるいは無かったかもしれません。

弁栄聖者の信奉者の著作は、もちろん、大変勉強になりますが、
この様な方が書かれた本も、大変参考になります。

弁栄聖者の伝記としては、
田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』が、名著として知られています。

ただし、伝記であるため、当然のこととして、
取捨選択がなされていることは、否めません。

忰山紀一著『弁栄上人伝聞記』には、
今まで知らなかったことが書かれていましたので、
興味深かったです。

田中木叉上人が、弁栄聖者に出遭うことができたのは、
ひとえに、木叉上人の同郷の友人であった大谷仙界上人にあったことは、
木叉上人をご存じの方なら、先刻ご承知のことと思いますし、
私も以前、記事にしたことがございます。

ただし、木叉上人を弁栄聖者に遇わせるための、
大谷仙界上人の命がけによるその説得に、
あの文豪の谷崎潤一郎が関わっていたことは、
知りませんでした。

「田中、お前は馬鹿だ。
その人に見込まれてのことだから、一度逢ったらいいじゃないか。
真に立派な上人であれば帰依したらよい。
そうでなければ、望む学問を続ければよい。
とにかく逢ってみたまえ。」

谷崎潤一郎のとりなしで、その場はおさまった。

と、忰山紀一著『弁栄上人伝聞記』には、記されています。

谷崎潤一郎が、木叉上人と東大の同窓生であり、
木叉上人を「徹ちゃん」(木叉上人の俗名)と呼んでいたことは、
以前お聞きしたことありましたが、
この光明主義形成史上の決定的重要な場に、
谷崎潤一郎が関わっていたことにある種の感慨を覚えます。

また、同時に田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』に書かれていないことを、
どうして、忰山紀一氏はご存じであったのかとの疑問が生じました。

それも、しばらくして、解決しました。

藤堂恭俊著『辨榮聖者』に、
田中木叉上人の追憶談として、記されていました。

この伝記は、今からおよそ五十年ほど前の昭和三十四年に、
「弁栄聖者生誕百年記念出版」
として出されたもので、
現在では、入手が大変困難です。

ですが、この藤堂恭俊著『辨榮聖者』は、
田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』をもちろん参考にしていますが、
こちらの方が読み易いかもしれません。

ちなみに、ネットで調べてみますと、
常識的には考えられない、とんでもない値段が付けられています。

大きな図書館か、浄土宗関係の大学図書館には、
あるかもしれません。

または、運良くお近くに熱心な光明主義の信奉者であり、
七十歳台以上の方で、
その方またはその方の近親者が弁栄聖者に縁の深い方なら、
あるいは、お持ちかもしれません。

ご関心のある方は、是非、あたってみてください。


最後に、大事なことを一言。

忰山紀一著『弁栄上人伝聞記』(別冊螺旋2号・千島学説研究会編)も、
現在品切れのようで、
やはり、大きな図書館には、あるかもしれません。

是非、再版していただきたいと、関係者に希望いたします。

2012-11-28

『田中木叉上人御法話聴書』に記された「弁栄聖者の奇譚」

冨川茂、重住茂筆記の『田中木叉上人御法話聴書』 。

こんな本を、よくぞ書き記しておいていただいた、
という驚嘆すべき御法話集です。

弁栄聖者はもちろんですが、木叉上人のことを知ると、
歴史って何だろう、と首を傾げたくなります。

歴史に埋もれた偉大な方が、まだまだいるに違いない、と思う。


冨川茂筆記『田中木叉上人御法話聴書』をじっくりと読んでいくと、
不思議なことが記されています。

「弁栄聖者の奇譚」を、いくつかご紹介します。

〇「柴武三さんが疑いが晴れなかったときに、
  弁栄聖者から、ほんのちょっと見せて頂いたので、
  理屈も何ももう要らなかった。」

  ※柴武三さんとは、学生の時、聖者最晩年に二年弱随行された方。
   後、弁護士。聖者の奇譚の生き証人のお一人。
   聖者の三身四智の仏眼による働きかけ。
   仏眼の境涯になると、他人にお浄土を垣間見せることができるとのこと。

〇「弁栄聖者がここに寝ていらっしゃって、
  浅草へ見舞に行って、羊羹を貰ってこられた。
  お釈迦様が山にいながら空を飛んでイダイケ夫人の所へ現れ給うた。
  「分身利物の極なけむ。」
  身体を分けて、如来様の済度のお手伝いをする。」

  ※聖者の三身四智の仏眼、妙観察智による意志活動。

〇「「還来穢国」というのは、
  肉身で、赤ちゃんになって、生まれてくるのではない。
  浄土に在って分身して他を導く。」

  ※「方便法身は光明主義の厳密な意味では根本仏の分身として、
    度すべき衆生の住する世界に出現して
    表面的には衆生身として十方三世に活動する諸仏をさす。」
   仏陀禅那弁栄聖者著『光明主義玄義(ワイド増訂版)』


大事なことを思い出しました。

かつて、笹本戒浄上人のお弟子の能見寿作氏は、
こんなことを語っておられたようです。

「仏眼というのは、そう簡単に得られるものではない。
歴史上名高い各宗派のお祖師様方でも、
なかなか仏眼を得られてはいない。
みんな軽々しく口にし過ぎますね。」と。

ところが、弁栄聖者の直弟子達の中には、
何人もの方が、現実に仏眼まで得られていたといいます。

これは、一体何を意味するのでしょうか?

私が真っ先に思い出されるのは、

『法華経』の「従地涌出品第十五」です。

この話は、別の機会に、また。

2012-06-09

「髄も大切だが、皮もおろそかにしてはいかん。「秘髄」と書いて笹本戒浄上人に叱られた。」(冨川茂筆記『田中木叉上人御法話聴書』)

この言葉に続いて、

「皆さんは、弁栄聖者の皮髄と頂けばよい。
皮で救われる人は、皮で救われたらよい。
髄で救われる人は、髄で救われたらよい、
皆に酒・餅を御馳走しようと言っても、そうは行かない。」
(冨川茂筆記『田中木叉上人御法話聴書』)


また、

「「髄」を受けた人が、「皮」を間違いと、そしってはいかん。」

と、田中木叉上人はご忠告されています。

木叉上人は、笹本戒浄上人の御推薦によって、
弁栄聖者の光明体系の御編集にあたられた光明主義の大恩人。

弁栄聖者の伝道の特徴は、

「破邪なき顕正」

であったと言われています。

数学者岡潔博士は、

「全てが不完全が完全に向かう道程である」

と聖者は見ておられたのであろうと。

弁栄聖者は、

「さようで。」
「それがよい。」または、「それでよい。」


と言葉少なに、語りかけておられたようです。

自分の経験上からも、

人は、自身の認識上の誤りには、なかなか気づかず、気づけず、
それどころか、その点を誤りだと強く指摘されると、
頑なになってしまい、聞く構えを閉ざしてしまいがちである。


と。

また、その相手の自尊心を軽視した誤りの強い指摘には、

むしろ、

自分の優位性の主張が無意識裏に働いていることが多いのかもしれません。

確かに誤った認識は、「不幸の元凶」となっていることも多いので、
「どうにかしてあげたい」
との相手への想いが本来の思いやりと思うのですが・・・

「三歳の子供が正宗の名刀をふりまわしても自他ともに傷つくる」
(田中木叉著『日本の光(弁栄上人伝)』)


と弁栄聖者は、戒められています。

正に、弁栄聖者の御教えは切れ味鋭い名刀でもあります。


私は、昔から、「神、仏の正確な認識を得たい」との想いが強かったので、

この記事を書きながら、これらの御教えを、改めて訓戒としたいと思いました。
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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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