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2013-10-27

「ときとき別時の念佛を修して、心をも身をもはげまし、ととのえへすすむべき也。」(法然上人)

或人、法然上人に、

「念仏の時、睡にをかされて、行を怠り侍る事、
いかゞして、この障りを止め侍らん」

と申しければ、

「目の醒めたらんほど、念仏し給へ」

と答へられたりける、いと尊かりけり。


と、徒然草の著者である吉田兼好は、法然上人の御教えに感銘を受けています。

円熟した法然上人の対機説法だと思われますが、

法然上人の御教えには、「人間性に対する洞察力の深さ」「大らかさ」を感じます。


法然上人の念仏は、平生の念仏も常人の域を遥かに超えていましたが、
その法然上人が、次のように訓示しておられます。

「ときとき別時の念佛を修して、心をも身をもはげまし、ととのへすすむべき也。
・・・人の心さまは、いたく目なれ、耳もなれぬれば、
いそいそとすすむ心もなく、あけくれは心いそがしき様にてのみ、疎略になりゆく也。
その心をためなをさんが料に、時々別時の念佛はすべき也。」
(法然上人『七箇條起請文』)



〇平生の念仏
〇別時の念仏
〇臨終の念仏


法然上人は、この三種について、
「それぞれの特徴と効用」を認めておられていました。

「別時の念仏」とは、長期間、日常生活を遮断し、念仏に専念する修し方です。

別時念仏会に参加された方は、
「坐禅の修行」と似ていると思われるかもしれません。

もちろん、弁栄聖者がご提唱された念仏の形式内容の極意は、

「他佛を念じて自佛を作る」であり、

その修し方心の用い方は、

「真正面に在します、オヤ様(如来様、阿弥陀様)を、
愛慕する情に導かれ、いついかなる時にも、常時、念じ奉る」


処にあるように思われます。

弁栄聖者がご提唱された「光明主義の念仏の修し方」の特徴も、
「平生」と「別時」の念仏を車の両輪と捉えておられていた点かと思われます。

スポーツのトレーニングに喩えれば、
「日々の訓練」と「合宿での訓練」といえましょうか。

田中木叉上人は、「別時」念仏と「平生」の念仏との関係を、
時計の「ネジ巻き」と時計の「作動」に喩えておられました。

法然上人は、時代性もあったことでしょう、
「臨終」の念仏も重視されました。

最後の最後、臨終まで、「摂取不捨の利益」を念仏の優れた功徳に見ておられていました。

何故、法然上人は、「臨終」の念仏を重視されたのか。

争いが絶えず、「死」が日常生活と切り離せなかった「鎌倉時代という時代性」「人間性」への鋭く深い洞察
に基づいておられたためかと推察いたします。

「臨終」においては、人は「無後心」になる可能性が大であります。

ちなみに、「無後心」の反対は、
私達の平生の構え、「有後心」、つまり、「まだ、後があるさ」という気の緩み

「無後心」の念仏を、「念死念仏」ともいうようです。


なお、弁栄聖者は、

「摂取不捨の利益」を、「霊育」・「お育て」

と説かれています。


参考文献:藤堂俊章編『念佛三昧の世界 ー忍懲上人著 別時念佛三昧法諺註ー』


長くなりましたので、最後に、「僧俗一体で実施される」別時念仏会について、
見聞によるものも含め、今回は、簡単にご紹介します。

別時念仏会には、数時間、半日、一日という短期間のものから、
聖地唐澤山別時のように一週間という長期間のものまで、
幾つかの形式があります。

別時念仏会の実施場所としては、
念仏の形式、特徴は、まちまちであるようですが、

〇「京都の知恩院」
〇「東京芝の増上寺」
〇「為先会」
〇「光明会に理解のあるお寺等(光明修養会のHP参照)」
〇「兵庫芦屋の光明会本部聖堂」
〇「東京練馬の光明園」
〇「東京芝の観智院・真生同盟」

12月4日当日、前後に、各会場で、弁栄聖者祥月命日別時念仏会が実施されているようです。

その他にも、小集団で実施している所もあるようです。

なお、残念ながら、
現在の浄土宗のお寺が、弁栄聖者を御存じであるとは限らず、
聖者に理解があるとは限りませんので、
その点は、ご注意ください。
念のため。
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テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

2012-09-17

「生けらば念仏の功積り、死ならば浄土へ参りなん。とてもかくてもこの身には、思い患うことぞなきと思いぬれば、死生ともに患い無し」(法然上人「つねに仰せられける詞」)


法然上人の御言葉には、注意を要する必要がある、
と思うことがあります。

この言葉もその一つで、
字義どおりそのままに意味を受け取れば、

「浄土へ参る、つまり、往生は死後のこと」

と受け取るのが自然だと思われます。

しかし、『三昧発得記』に記されているように、
晩年に、法然上人が安住されていた御境涯は果たしてそうでしょうか。

「平生から、生死の境界が超えられている」

としか思えません。

したがって、「死ならば浄土へ参りなん。」とは、

肉体が死した後に、「実在的に浄土が顕現してくる」

と意味を受け取る方が、法然上人の御境涯に沿う解釈かと思われます。

この「平生から、生死の境界を超えた境涯」

これは、私達が心底から望む「理想の一様態」だと思います。


なお、

「生けらば念仏の功つもり」/功をつみではない。
(重住茂筆記『田中木叉上人御法話聴書』)


うっかりすると、
念仏の功を「つんでいる」つもりでいる時があるように思われますが、
「念仏の功つもり」の深意を、さらりとご指摘される慧眼、
さすが、念仏の達人、田中木叉上人だと感嘆いたしました。

2012-03-24

町田宗鳳著『法然・愚に還る喜び 死を超えて生きる』を読む

前回、松岡正剛著『法然の編集力』との出会いを、
町田宗鳳氏とのありがたい縁であったとして、記事を書きました

今回ご紹介する本は、NHK教育テレビ番組「こころの時代」、
ガイドブック「こころの時代『法然を語る』(上・下)」が、
元になっているとのことです。

この本は、ソフトカバーかつ値段も1,260円、
2010年11月の最近の刊行ということで、
町田氏の思想的円熟さを感じます。


私が町田宗鳳氏の法然上人理解の着眼点に最も敬意をいだくのは次の一貫した観点、

「法然を語る人の多くは、
念仏信仰の普及者としての「表」の法然しか見ていません。
彼の実力は、念仏の「裏」にあったのです。
「裏」とは深い宗教体験のことですが、
それこそが法然をして「思想の革命家」ならしめたのです。」


もしも町田氏が普通の学者、法然研究者なら、
このような物言いはしないはずと思います。

町田氏が法然理解に戸惑う難点は、

「法然理解の困難さは、法然の二面性にある」。

と一貫して認識されています。

一見すると、俗に言う

「言ってることとやっていることが異なっている」。

文献学的研究からは、そう言わざるをえない点がある、ということです。

しかも、思いますに、
その点こそが、決定的に法然上人の真髄理解に関わる大問題なのです。

文献学(表)的には、法然上人の一貫した主張は、

「ただ一向に念仏すべし」。

つまり、口称念仏です。

ところが、法然上人には脈脈と流れる深い宗教体験(裏)の世界があります。

裏の世界は霊性豊かな、

口称念仏→(見仏想に住する)憶念口称念仏→見仏三昧

の宗教体験の世界です。

ちなみに、「憶念」とは、お慕い申し、御念じ申すことで、
理知的意志的な「観仏」とは違い、
プラント的な霊的な情的発露です。


これらの観点から、法然上人の御道詠に着眼され
論じられている稀有で異色な法然研究書が、

山崎弁栄述『宗祖の皮髄』。


町田氏の炯眼は、法然上人の次の重要な二点に着眼されています。

〇「声名」、御名を称えること。声、発生という肉体性に着目。

〇「見仏三昧」の宗教体験を重要視する。


ここで興味深いのは、弁栄聖者の高弟たちの中でも特徴があり、

前者に対して、一貫してその重要性に着目されたのが、田中木叉上人。
後者をことの他最重要視されたのが、笹本戒浄上人。

であったと私は受け取っています。

この点については、いずれ考察すべき最重要点ですが、
今回はこの事実の指摘にとどめたいと思います。

私が注目し、深く感銘を受けているのが、法然上人の次の発言です。

「師匠の臨終にそなえて、
弟子たちが三尺の高さの阿弥陀像を上人の寝室に持ち込んで、
この仏を拝みになってくださいと言うと、
上人は何もないところを指して
「この仏以外に、どのような仏がおられるというのか」
とお答えになった。」(『御臨終日記』)

「この十年あまり、念仏修行の効果があったのか、
極楽浄土の光景に加えて、仏や菩薩の姿を、常日ごろからご覧になっていた。
しかし、ご本人のお考えで、
他人にはそのようなことを語られなかったので、
師の生前に人々はそのような事実は少しも知らなかった。
本当は真身の仏を幻視されることは、日常化されていた。」(『御臨終日記』)


ただし、「幻視」という訳は、注意を要するように思われます。


「善導大師、法然上人、徳本行者は、三身四智の仏眼を体得されていた。」

ただし、善導大師と法然上人はその内容を文章には明確には著述されず、
徳本行者は、わずかに御歌に残されている。

弁栄聖者が御自身の御内証から、そう言われたと伝えられています。


「また、弟子たちが、臨終にそなえて、
阿弥陀像と上人の指を五色の紐で結ぶことを申し出ると、
上人はそのようなことは一応のしきたりであって、
必ずしも実行する必要はないとおっしゃった。」(『御臨終日記』)


この法然上人の発言を、法然上人の「合理性」と現代流に受け取ってしまっては、
法然上人の真意をくみ取り損なうと思います。

「必ずしも・・・必要はない」という発言に、
法然上人の人間的洞察力の深さ、円熟した宗教家としての奥深さを感じます。

このことは、「必ずしも」を外して、
鎌倉時代のあの戦乱、飢饉、風習などの時代背景を想像しながら、
それらの文章から伝わる感触の差を味わっていただきますと、
宗教家法然上人の真面目が伝わるように思われます。


この町田宗鳳著『法然・愚に還る喜び 死を超えて生きる』には、
上述の観点の他、
親鸞聖人、道元禅師、日蓮聖人、明恵上人、ユング心理学の能動的想像法、
法然上人の両性具有性、法然上人と女性との関係・・・
などからの考察も盛り込まれ、知的好奇心も刺激します。


法然上人を知る格好の入門書としてお勧めする次第です。


なお、町田宗鳳ホームページはこちらです。

2012-03-20

松岡正剛著『法然の編集力』~町田宗鳳氏へのありがたき縁として


大きな本屋に行って、改めて驚くのは、
法然上人と親鸞聖人に関する本の量の圧倒的な差です。
もちろん、法然上人に関する本の圧倒的少なさです。


書名と著者に魅かれ、松岡正剛著『法然の編集力』を手に取りました。

ぱらぱらと頁をめくっていた時、

「特別対談 松岡正剛×町田宗鳳 3・11と法然」の中の、

町田氏の言葉が目に留まりました。

お恥ずかしながら、
私はそれまで町田氏のことをよく存じ上げていませんでした。

しかし、町田氏の発言に、大変惹きつけられました。

この人は「単なる学者、法然研究者じゃない」と。

法然上人を論じる知識人にはあまり見られぬ視点、
しかも、法然理解に欠くべからざる観点をお持ちの方だと直観しました。

実は、大変申し訳ないことに、直ぐにはこの本を買わずに、
町田宗鳳著『法然対明恵 (講談社選書メチエ)』を早速購入し、読み始めました。

私の直観は正しかった。

この町田宗鳳氏という方は、
今までほとんど注目されてこなかった法然上人の核心に触れている、と。

「特別対談 松岡正剛×町田宗鳳 3・11と法然」で、
町田氏は注目すべき発言をしています。

以下、特に感銘を受けた発言を列挙します。

「宗教のあらゆる要素ー禅と念仏、仏教とキリスト教、
一神教と多神教ーも法然さんにはあると考えた。
この人ひとりを学んだら、
世界のあらゆる宗教のことを論じられると確信したのです。」


「とりわけ法然と関連性があると私が思っているのは、
空海の三密加持です。」


「現在の日本仏教は、浄土、禅、日蓮という系統が表に出ていますから、
やはりイメージを重視する系譜にはないのです。」


「法然の偉大さが語られるとき、
たいていは専修念仏とかイデオロギーのレベルの話になってしまいますが、
じつのところ私はそっちにはあまり関心がない。
彼のイマジネーションを論じることには大きな意義があると思いますよ。」


「彼(法然)には、学問的にやるだけのことはやった、
読書量においてはだれにも負けない、という自負がありました。
もうひとつ、法然は定善観を通じた自信をもっていた。・・・
法然さんは、他人には「この修行はやる必要がない」と言っているけど、
自分は死ぬまで続けている。
そのたびに自分の内面的な自信を塗り替え、活性化していたと思います。」


「念仏に新しい注釈を加えるとしたら、あれは身体行動なんです。」

以上の引用を読んだだけでも、
町田宗鳳氏の炯眼の鋭さ、確かさが感じられることと思います。

さらに若干付け加えるならば、

町田宗鳳著『法然対明恵 (講談社選書メチエ)』において、
法然上人が生涯貫き通された「戒律堅固の在り方」に、
鋭く正確な考察をされています。

また、町田宗鳳著『法然―世紀末の革命者』において、
法然上人の二面性を論じ、

「法然上人の説得力の秘密」を、
法然上人がご生前口外されなかった深い宗教体験(三昧発得)
から捉えています


ただ町田氏は、法然上人の極楽浄土の荘厳の宗教体験を、
「五官」という感覚表現をされていますが、
これは「五官」といっても肉眼の感覚ではなく、
出世間の三昧の眼である法眼、仏眼における「五官」であります、
蛇足ながら。(参考「成所作智の五眼」 『弁栄聖者光明体系 無辺光』

また、町田氏は、法然上人の宗教体験における「実在感」に触れていますが、
町田氏の法然観に深みと確かさを覚える極めて重要な観点です。

「親鸞も、若い時にこそ夢告をしばしば体験しているが、その後、
法然のように能動的想像力による神秘体験をもつことが少なかったのは、
一念の念仏でもよいとする親鸞の立場では、
称名念仏の身体性が十分に発揮されなかったことが考えられる。」


「念仏と持戒が完全一体化して、
彼(法然上人)の宗教生活の骨格をなしていた。」


この指摘も極めて重要であり、
町田氏が「単なる学者、法然研究者でない」と、私に確信させた指摘です。


私は町田宗鳳氏に出遭って間もないのですが、
町田氏に関して是非知りたいと思っている点があります。

それは、町田氏は弁栄聖者をご存じないのであろうか、
という点です。

町田氏の直観、指摘には、
弁栄聖者の宗教体験に直結するまたは共通する観点がある。


と私には思えて仕方ないからです。

なお、町田宗鳳ホームページはこちらです。

2012-03-04

「川の流れも断えなくば 周囲九里を湿おすと ミオヤ離れぬ明け暮れに 聖きに業識入らんとや」(杉田善孝上人)


「念仏は、どこに働くのか?」

もっと率直に言えば、

「念仏は、本当に作用しているのか?」

信仰に入った者が突き当たる深刻な疑惑かと思います。


大ミオヤの慈悲の雨が、私どもの阿頼耶識を湿し続けると、
ついに時節到来し、
大ミオヤがお遇い(見仏)してくださる。

杉田善孝上人のこのお歌、実に味わい深いお歌だと思います。

杉田上人とは、弁栄聖者の高弟笹本戒浄上人のお弟子で、
惜しくも2年前、平成22年1月にご逝去されました。


次にご紹介します法然上人のご説法も、
念仏の支え、励みになり、実にありがたい。


「たとへば、葦の茂き池に、十五夜の月の宿りたるは、
よそには月宿りたりと見えねど、よくよく立ち寄りて見れば、
葦間をわけて宿るなる。
妄念の葦は繁けれど、三心の月は宿るなり。」(法然上人)



法然上人ご自身も大変気に入られていたご説法であったようですが、
私は言葉を変えて、次の歌として愛用しています。

「妄念の葦繁けれど、月宿るなり。」


「念仏為先」(法然上人)


信仰において「信」は、最重要な働きですが、
その「深心(信)」でさえ、
実は大ミオヤの御働きにより、
念仏のうちから自ずと生じてくるようです。

2012-01-04

「月影の・・・(法然上人)」

「月影のいたらぬ里はなけれども ながむる人の心にぞすむ(法然上人)」


「すむ」に深意あり、と弁栄聖者は注意を促された。

聖者の高弟の一人田中木叉上人は、「すむ」に掛けられた深意を、
「霊応身が心に住む」→「心が澄む」→「成仏へと済」んでいくと解釈された。

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Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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