2012-03-29

「善導大師と弁栄聖者」

『あつし@草莽 日記』はユニークなブログで、
善導大師の項目など、勉強させていただいています。


先日、「雑感 善導大師と弁栄上人」 という記事が掲載されました。

私は善導大師を論じる知識は持ち合わせていませんが、
この記事は、大変示唆に富むものでした。

趣旨は、次のようなことです。

「弁栄上人こそ、善導大師の精神を正当に引き継いでいる方である。」

その理由は次の二点である。

一つは、
善導大師の「観念法門」には、観仏、見仏が明記されているが、
日本の浄土教では長年無視されがちな傾向にあった。
善導大師のこの精神に立ち還り、宣揚されたのが弁栄上人であった。

今一つは、
仏教の原点である「諸悪莫作 衆善奉行 自浄其意 是諸仏教」を生きられた
善導大師の潔癖で清潔な倫理観。
弁栄上人もこの点を勧められた。

この二つの指摘は、全くそのとおりだと思います。

後者も、現代の浄土教系では、重視されてこなかったように思われます。

弁栄聖者の最大の特徴点は、

「大ミオヤによる霊化」

を強調された点にあったと思われます。


さらに私が興味を惹かれるのは、
この重要な二点を指摘された著者が、
「日課念仏」を継続されていることです。

従来、念仏による「救済面」が強調されてきたように思いますが、
弁栄聖者は、今まであまり注目されてこなかった、
念仏による「智慧面」にも光を当てられました。


私の印象ですが、
弁栄聖者の修行論としては、むしろ、善導大師との共通点を感じます。


九州に中川察道上人という弁栄聖者のお弟子がおられましたが、
察道上人が聖者に最初に会われた時の印象が、とても興味深い。

「この方は、善導大師の再来である。」

という直観をお持ちになったとのことです。

「法然上人の再来」なら、分かるのですが、
善導大師と思われたことが妙に気になり、記憶に残っています。

中川察道上人は、大変機根の優れていた方で、
弁栄聖者から、「(お別時中)三日間で心の眼が開かれる」と言われ、
その後、大ミオヤの更なるお育てをいただかれ、
「慧眼」、「法眼」が開かれた方と伝えられ、
優れた歌も残されています。

この逸話は、全く学問的ではないのですが、
弁栄聖者にまつわる、妙に気になり記憶に残る逸話の一つです。
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2011-10-07

「仏身円満無背相・・・(仏身円満にして無背の相なり・・)」(善導大師)


「仏身円満無背相(仏身円満にして無背の相なり)
十方来人皆対面(十方より来る人、皆対面す)」
(善導大師「般舟讃」)


弁栄聖者が「如来光明礼拝儀」で説かれる

「如来の在さざる処なきが故に今現に此処に在ますことを信じて
一心に恭礼し奉つる」


と同じこと。

浅草寺のご本尊は観音様ですが、
本堂外陣の賽銭箱の両側にある書聨には、
この善導大師の金言が書かれています。

ちなみに観音様のお頭には仏様を頂かれていますが、
それは観音様が「念弥陀三昧」でいらっしゃることであると弁栄聖者は言われた。


また、神の遍在性と正面性の問題を究明したのは、

15世紀に活躍した ローマ・カトリック教会の枢機卿であったニコラウス・クザーヌス。

『神を観ることについて』では、この点を中心に非常にありがたく説かれています。

クザーヌスの思想を日本に最初に紹介されたのが、
知る人ぞ知る”書の達人”にして大学者であった念仏行者山本空外上人。

テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

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syou_en

Author:syou_en
山崎弁栄(べんねい)聖者(1859~1920)に出遇って初めて、各宗派宗教で説かれている教義、宗教体験が、腑に落ちました。

比較宗教、比較思想に一貫して関心を持ち続けています。

宗教には関心はあるけど、特定の宗派に凝ることには躊躇する。
そういう方も結構いらっしゃるかと思います。

そのような方は是非、弁栄聖者にふれてみてください。


(注)ツイッター(@syou_en)もあります。

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